人気サッカー選手の発言に激しく反発
突然の炎上……サッカーの英プレミアリーグの強豪チーム、アーセナルに所属するメスト・エジル選手の発言に、中国が激しく反発した事件が注目を集めている。
共同通信社
エジル選手は13日、SNSで新疆ウイグル自治区について「コーランが燃やされた。モスクも閉鎖された。イスラム学校も禁止された。イスラム学者が次々と殺されている」などの文面を投稿し、中国政府による新疆ウイグル自治区統治政策を批判した。
新疆ウイグル自治区では2016年頃からきわめて強圧的な治安対策が実施された。各国メディアの報道によると、独立派やイスラム原理主義の可能性があると見なされた人々は予備的に拘束され、再教育キャンプと呼ばれる収容所に軟禁されているという。その数は100万人を超えるとも伝えられる。またイスラム原理主義の浸透を抑止するために、一部モスクの閉鎖などの強硬手段が用いられているという。エジル選手の書き込みはこうした中国政府の弾圧を批判したものとみられる。
中国側の反応は苛烈だった。中国中央電視台(CCTV)は16日に予定されていたアーセナル戦の放送中止を決めた。中継を予定していた動画配信サイトも同様に放送中止を発表している。
そればかりか、サッカーゲーム「ウイニングイレブン」の中国語版を配信しているネットイースは18日に声明を発表。同社が配信している「ウイニングイレブン」シリーズのスマートフォンゲームからエジル選手を削除すると発表した。エジル選手は世界的なスター選手で、ゲーム内でも高い能力を誇るキャラクターだった。高額課金で強化していた中国人ゲーマーも少なくなかったはずだが、一瞬で消失してしまったようだ。
「中国人民の感情を傷つけた」という決まり文句
類似の“炎上”騒動は10月にも起きたばかりだ。米プロバスケットボールリーグ(NBA)のヒューストン・ロケッツのダリル・モリーGM(ゼネラルマネージャー)が香港デモへの支持を呼びかける投稿をツイッターで発表したところ、NBA中継の一時中止や多くの中国企業がスポンサーをやめると表明するなど大きな騒ぎとなった。
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エジル選手はスタープレイヤーでSNSの影響力も大きいとはいえ、一個人にすぎない。ダリル・モリーGMも同様だ。その発言にこれほど強い反発が起きるのはいったいなぜだろうか?
鍵を握るのは「中国人民の感情を傷つけた」という言葉にある。エジル選手の問題を受け、中国サッカー協会の関係者はメディアの取材に答え、「中国人民の感情を傷つけた」と批判している。またネットイースの声明では「中国サッカーファンの感情を傷つけた」とやはり類似の文言がある。
「中国人民の感情を傷つけた」は、中国で多用される決まり文句だ。海外から批判された時に登場する言葉である。怒っているのは中国政府ではなく、一般の中国国民だ。政府間の対立ならば冷静に交渉することはできるかもしれないが、国民が“自主的”にボイコットなどの抗議活動をはじめても中国政府はとめることはできないという脅しである。
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香港大学中国メディアプロジェクトのDavid Bandurski氏は2016年に「中国人民の感情を傷つけた」という決まり文句が人民日報誌面を飾った回数を統計的に分析した記事を発表している。1959年から2015年にかけて143回登場した。対象国として最多は日本で51回。2位が米国の35回だという。
「中国人民の感情を傷つける」典型的な事例として、「ダライ・ラマ効果」がある。2010年にドイツ人研究者が発表した論文「Paying a Visit: The Dalai Lama Effect on International Trade」で使われた言葉だが、ダライ・ラマ14世と首脳が会見した国は、その後に対中輸出が2年間にわたり平均8.1%減少することを論証している。
愛国心以上の比重を占める恐れ
近年では特定の国ではなく、特定の企業や団体がターゲットにされることも多い。独メディア「ドイチェ・ヴェレ」は10月10日、「近年、“中国人民の感情を傷つけた“国際ブランド」と題した記事を発表している。掲載されているのは以下の事例だ。
前述のNBA、香港デモ参加者が活用する地図アプリを配信していたアップル、従業員が香港デモ支持を表明した香港キャセイパシフィック航空、ファーウェイの孟晩舟CFOを拘束したカナダの代表的アパレルブランド「カナダグース」、中国の反政府活動家である劉暁波氏が2010年にノーベル平和賞を受賞したことによるノルウェー産サーモン、THAAD(終末高高度防衛)ミサイル配備による韓国ロッテ百貨店系列のスーパー、台湾の蔡英文総統が2018年米国で立ち寄った台湾系喫茶店チェーン「85度C」。
この事例を眺めているだけでも、中国人民の感情がいかにたやすく傷つけられるかはおわかりいただけるのではないだろうか。しかもたんに怒っただけではすまない。劉暁波氏のノーベル平和賞受賞後、中国国内でのノルウェー産サーモンの販売額は激減した。消費者のボイコットがあっただけではなく、通関当局が検査を遅らせることで、鮮度が落ちて売り物にならなくなったという話もある。THAAD配備後にはロッテ百貨店系列のスーパーには消防検査など地元当局が頻繁に検査を繰り返し軽微な違反を指摘し、実質的に操業できない状況に追い込んだというケースもあった。
通関当局や地方政府まで動いているとなると、人民の名を借りて中国政府が対策を支持しているかに思えるが、実はそうではない。そこに働いている力学は忖度と黙認であり、恐れである。忖度とはなにか。この場合では中国にとっての敵が何かを理解し、命じられる前に自らできる行動で貢献しようという動きを指す。中央政府はそれをやりすぎだと考えれば抑止することができれば、止めるほどではない、あるいは都合がいいと考えれば黙認するわけだ。
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政府部局や企業が忖度するのはなにも強い愛国心に駆られたわけではない。そういう人々もいないわけではないが、愛国心以上の比重を占めるのは恐れである。中国の敵に対してなんらかのアクションを起こさなければ、今度は逆に自分たちが愛国的行動に参加しない漢奸(売国奴)と批判され、外国政府や企業と同様にバッシングの対象とされる可能性があるのだから。
「人民の感情」を鍵として敵をたたいていく。「人民戦争」モデルとも呼ばれるこの構造は中国で長らく保持されてきた。中国経済は大きく成長し、大都市部では先進国以上に近代的な街並みとなった。社会制度や法律の整備も進み、コンテンツ産業などの発展も著しい。モダンな国家へと大きく前進しているわけだが、「人民の感情が傷つけた」との号令がかかると、古くさい姿が甦ってくる。これは外国の政府や企業にとって厄介なだけではなく、漢奸呼ばわりを避けるために身を投じる中国の企業や一般市民にとっても面倒な話となっている。
プロフィール
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を続けている。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐氏との共著、NHK新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。
謎の死を遂げた人も。中国の収容所から続々と届く「悲痛な叫び」
中国の人権弾圧の現状が、思わぬ形で明らかになりました。先日英国で購入されたクリスマスカードに、中国の生産工場で強制的に働かされている外国人受刑者からの「SOSメッセージ」が書かれていたというニュースが報じられ、世界中から非難の声が上がっています。しかし、「中国ではこうした人権侵害は日常的に行われている」とするのは、台湾出身の評論家・黄文雄さん。黄さんはメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』でその証拠を列挙するとともに、ファシズム国家へと変貌を遂げる中国への警戒を呼びかけています。
※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2019年12月25日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【中国】中国収容所から届く悲鳴
● クリスマスカードに「助けて」 英スーパー、中国での生産を停止
今年もクリスマスがやってきました。みなさん、クリスマスはいかがお過ごしでしょうか。せっかくのクリスマスですが、敢えてこの残念なニュースを取り上げました。このメルマガでは何度か中国の人権侵害問題を取り上げてきましたが、クリスマスに再びこのようなニュースに触れたことをとても残念に思います。しかし、中国共産党が一党独裁を敷いている限り、この問題は解決されることはありません。
イギリスのスーパーで購入したクリスマスカードに、中国の生産工場の人がSOSメッセージを書いていたというニュースです。
ロンドンに住む少女が、学校の友人にカードを送ろうとイギリスのチェーンストアのテスコで売っていたクリスマスカートセットを購入。何枚か書いた後、次のカードを開くと、買ったばかりのカードにすでに何か書いてありました。以下報道を引用します。
そのカードに、ブロック体の大文字で、「私たちは中国・上海青浦刑務所の外国人受刑者だ。意思に反して働かされている。私たちを助けてください。人権団体に知らせてください」と書かれてあったという。
さらに、このカードを手にした人に、英国人ジャーナリストのピーター・ハンフリーさんに連絡するよう依頼する文章が記されていた。ハンフリーさんは4年前、上海青浦刑務所に収監されていた。
ハンフリーさんはBBCの取材に対し、2013~2015年に上海で拘束されていた際、最後の9カ月間は今回のカードを書いた受刑者がいるとされる刑務所に収監されていたと説明。
「これは私と同じ時期に収監されていた受刑者仲間で、現在も服役中の人が書いたとものだ」とした。
また、メッセージの内容は多くの受刑者の声を反映したものだとの考えを示し、誰が書いたかわかるが名前は決して明かさないと述べた。
近年、こうした出来事はこれまでも何件かが発覚してニュースになっています。例えば、イギリスの激安ファストファッショブランド「プライマーク」は、二度もこの種のニュースが出ています。
ひとつは、2014年「プライマーク」で購入したズボンからメモが出てきたというもの。そのメモには、「SOS!中国湖北省の強制労働収容所に監禁されている者です。毎日15時間に及ぶ労働を強いられている。ここで縫製されたアパレルは海外に輸出されている」と書かれていたそうです。
● 英人気ファッションブランド、中国の強制労働収容所で製造か
もうひとつは、同じく2014年、全く面識のない二人の女性が買ったワンピースに、メッセージ入りのタグがついていたとのニュースです。そのタグには、英語で「FORCED TO WORK, EXHAUSTING HOURS(無理やり働かされている。それも信じられない時間)」「“DEGRADING” SWEATSHOP CONDITIONS(みじめな環境の工場)」と書かれていました。
● 【続報】「助けて!」メッセージについて Primark が調査報告を発表
2012年、アメリカのハロウィーンの飾りからは、遼寧省・馬三家の労働教養所に収容されている孫毅さんからの手紙が出てきました。その内容は、「この商品を購入したあなた様へ、この手紙を世界人権団体にお渡し頂けませんか。中国共産党政権の迫害を受けているここの数千人は永遠にあなたに感謝いたします…」というものでした。
● 止まらぬ良心の囚人への拷問 – 中国収容施設からのSOSレター 差出人が拷問の実態明かす
孫毅さんは、このニュースをきっかけに顔と名前がメディアにさらされたためか、その後インドネシアに逃れた後、謎の死を遂げたそうです。
● 【産経抄】9月20日
最後にご紹介するのは、文字によるメッセージではなく、モノによるメッセージです。
アメリカの人気ファストファッションブランド「ZARA」で購入したワンピースに、ネズミの死骸が縫い込まれていたそうです。その商品を購入した女性は、そのワンピースを着用したことによって広範囲におよぶ湿疹を患ったということです。
● ZARAのワンピースにネズミの死骸が混入
このネズミ事件は、中国の製造工場で働いている人が抗議のために混入させたのではないかとの憶測を呼びました。
冒頭の、イギリス人ジャーナリストであるピーター・ハンフリーさんは、自分が中国の刑務所に収監されていた罪状に対して、全く心当たりがないと言っています。謎の死を遂げた孫毅さんは、法輪功のメンバーだったという理由で収監されました。
中国では、こうした人権侵害が日常的に行われています。以前このメルマガでご紹介したウイグル人問題もそのひとつです。北海道大学の教授が中国で拘束されたことも、最近では話題になりました。彼は幸運にも解放されましたが、日本人は不用心で騙されやすいというイメージがあります。そして、中国での人権侵害は中国が共産党に牛耳られている間は解決しません。くれぐれもお気をつけ下さい。
年末になると、このようなクリスマスカードをはじめ、中華世界の牢屋に収容され迫害された人々の話が外に漏れてきます。かつてはソルジェニーツインがソ連で収容され迫害されたことを記した『収容所群島』や、台湾の『台湾監獄島』という本もありました。
儒教国家と社会主義体制は、「全体主義」が理想ですから、異見や異論を絶対に許さないイデオロギーがあります。私も小中学生の頃は、「密告」を義務づけられ多様性は絶対に許されない社会でした。牢屋は、そうした社会が悪と判断した「犯人」たちで溢れていました。私はそうした人々から牢屋での話を聞く機会が何度かありました。彼らによると、毎日かわるがわる拷問されて、親族でさえ誰か分からなくなるほど顔が腫れ上がるそうです。
万里の長城の壁で囲まれ閉じ込められている中華世界は、私からみたら大きな牢屋です。そこに収容されている人々は、「中華思想」の人だけです。ウイグル人やチベット人は「洗脳(マインドコントロール)」する必要があるので、さらに狭い牢屋に入れられるわけです。
彼らはそこで、いかにして「中国人」になるかについて叩きこまれます。孫文がよく説いていた「同化」政策です。中華数千年の歴史の中で、いわゆる少数民族の存在は「同化力」の問題として中華文明の永遠なる課題です。
中国は「世俗国家」であり、昔から「宗教は人民のアヘン」だと考えられていたため、様々な宗教が迫害されてきました。仏教に対する迫害は「三武一宗の法難」として知られています。
キリスト教徒に対する闘いは「義和団事変(北清事変)」が有名です。イスラム教徒に対する「皆殺し」は、現在まで数十年続いている「洗回」運動と呼ばれています。中国のムスリム集団は中国語で「回族」と呼ばれ、「洗回」はムスリム集団殲滅の意味です。
20世紀以後の中国近現代史について、中国専門の学者でも誤解や曲解することがあります。20世紀前半に中国は「帝国」から「民国」へ、そして「人民共和国」へと国体がかわっていきました。
そして、「中国の振り子」という言葉がありますが、つねに大きく左右に振れ続けるのが中国です。「中華人民共和国」という国名は同じでも、毛沢東の社会主義と鄧小平以後の中国を同じと見る人は多くありません。明らかに左のコミニズムから右のファシズム国家へと変身しています。
そして、習近平の中国はデジタル管理国家化を進めており、右でも左でもない全体主義だけがそのまま残り、先祖帰りの儒教型国家を目指しているようです。一君が万民を統率する、しかも「民」は目を潰された奴隷を示します。儒教型国家とは奴隷社会でもあります。
中国は他国に対しても、威圧的で「中華思想」丸出しの行動が明白に出ています。21世紀の人類は、この「中国問題」を共通の課題として取り組まざるを得ないでしょう。
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※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2019年12月25日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込660円)。