【第335回】 2014年6月25日 山崎 元 [経済評論家・
楽天証券経済研究所客員研究員]
「都議会やじ問題」で考える
セクハラ・リスクの測定と管理
波紋広げる都議会のセクハラ問題
「隠した失敗」の成長法則とは?
東京都議会で質問中の
塩村文夏都議(
みんなの党会派)に対して、「結婚した方がいいんじゃないのか」「産めないのか」などのやじを飛ばした議員がいた問題が、日に日に大きな関心を集めて、ついに23日には
自由民主党の
鈴木章浩都議が、自分が野次を飛ばした事実を認めた。
問題とされたやじは、一般的な基準に照らして明らかに「セクハラ」(
セクシャルハラスメント/性的な嫌がらせ)と認められる内容であり、これをセクハラでないと言い張ることは100%無理だ。
鈴木都議も発言の問題を認めて謝罪したが、果たしてこれはどのくらいの償いが適当な罪なのかは、議論が分かれるところだ。
もっとも今回の鈴木都議は、当初自分の発言の事実を否定しており、問題が大きくなった後に、発言の事実を認めた経緯がある。発言だけが問題だったのではなく、その後の処理にミスがあったことが傷を深めた。
鈴木都議が冷静に先の展開を読めば、あるいは「隠そうとした失敗は、隠せない大きさまで育つ」という「隠した失敗の成長法則」を知っていれば、問題をここまで大きくせずに処理できた可能性があった。
仮定の話だが、問題が起きた当日に、鈴木都議が自らの発言を認め、塩村都議に誠意を持って謝罪すると共に反省の弁を述べていたら、ここまで問題が大きくならなかった公算が大きい。あくまでも被害者である塩村都議が謝罪に納得すればだが、彼女が鈴木都議の謝罪を受け入れて、処分云々といった問題にはならなかった可能性がある。これは、最も穏当な「大人の解決」の1つだったろう。
ただし、この問題の難しい点は、塩村議員に「許すべきだ」とは道義的には誰も言えないし、逆に塩村議員が「許す」と言うなら、そこで問題が収束に向かう公算が大きいことだ。
もっとも、これだけ問題が大きくなってしまうと、「セクハラが重大な問題でないというメッセージを社会に与えかねない」といった配慮や圧力が働くので、塩村都議も簡単に「許す」とは言い難いだろう。
ただし、許されるにしても許されないにしても、塩村氏に徹底的に謝ること以外に鈴木都議の活路はあり得ないし、同時にそれが正しい道でもある。
ともあれ、罪の大きさが被害者の感じ方・考え方に依存して決まるのであって、予め予想したり、コン
トロールしたりできないところに、「セクハラ」の重大性と恐ろしさがある。
当選確率が0.5下がれば4760万円の損失
このセクハラ対価は大きいか、小さいか
単
純化をお許しいただこう。
都議会議員は、報酬が年間1660万円で、その他に政治活動の費用としてひと月60万円(年間720万円)の金銭を受け取ることができる。全てを「収入」と考えることはできないが、年収2380万円相当の職である。
鈴木都議は今のところ、会派は離脱するが都議は辞職しないとしている。
仮に辞職したとすると、残りの任期が約3年なので、7140万円の収入喪失だ。鈴木都議の経済的な事情は存じ上げないが、生活を考えるとすぐに辞めるとは言えないのだろう。
加えて、辞職してもしなくても、次の都議選挙で鈴木氏が当選する確率は大きく下がったと見るべきだろう。今回大きなニュースになったことで、
有権者の記憶にこの問題はしっかり定着したはずだ。次の都議選は3年後だとはいえ、
対立候補がこの問題を持ち出す公算が大きいし、
有権者は一連の経緯を思い出すだろう。
仮にこの問題がなかった場合の鈴木氏の当選確率が、この問題によって0.5下がったとすると、都議の任期の4年に換算年収2380万円をかけて、低下した確率をかけると、4760万円が今回のセクハラ野次問題の直接的な経済的対価となる。
さらに、この問題がなければあったはずの鈴木議員の政治的将来性の毀損など、金銭換算しにくい代償もある。
では、直接の対価だけで数千万円単位というセクハラ野次の代償は高いかと言われると、これは「なんとも言えない」。民間会社でも、セクハラが極めて高く付くことがあるからだ。
筆者は実際、こんな話を聞いた
民間企業のセクハラ「3つのケース」
筆者が知る、民間企業でのセクハラ問題の例を3つ挙げよう。いずれも筆者が当事者ではないし、主として伝聞に基づく話だが、問題の本質を変えない程度に事実とは異なる設定にしてある。
その一。ある
外資系金融グループの運用会社の日本法人での話だ。ある部署の部長A(男性/当時40代)は、部下の女性Bさん(当時30代)に好意を寄せていたが、女性Bさんは仕事に行き詰まっており、その原因の多くが部長Aにあると思っていて、A氏のことを快く思っていなかった。
部長Aは、残業で遅くなった後などに、部下のBさんを何度か2人での飲食に誘い、Bさんはこれに応じていたが、ある日Bさんは本社のセクハラ問題の通報窓口に、「職務上の地位を利用して自分を飲食に付き合わせている」と通報した。
ほどなくA氏は、本社から来た担当者から事情聴取を受け、本社でのセクハラ問題研修に3日間参加すべしとの処分が下り、この問題はグループ企業内で公開された。
A氏は研修に参加したが、その後間もなく退職し、別の会社に職を求めた。その後にA氏が得た職とサラリーまで筆者は把握していないが、数千万円単位の経済的代償が発生したことは、ほぼ間違いない。
A部長は、どのようなケースがセクハラになり得るかを知らなかったか、あるいは自分が好意を寄せているので、部下のBさんも悪くは思わないだろうと油断したのだろう。傾向として、
外資系の企業は旧来よりセクハラ問題には極めて厳しい。
セクハラ総務部長を守るために
訴えた女性社員を解雇した外資系
その二。同じく
外資系の会社で、有名なテク
ノロジー企業の日本法人での話だ。営業部署に所属するCさん(女性/30代)は、夜遅く帰る際にオフィスのエレベーターの中でたまたま2人きりになった総務部長Dに抱きつかれた。
Cさんは、この問題を東京の人事部に届け出て問題の解決を待った。
人事部から話を聞いた東京支社の幹部は、D氏を酒に誘ってそれとなく事情聴取を試みたが、幹部氏は「抱きついた事実はあったらしい」との心証を得た。
しかし、幹部たちが協議した結果、D氏は総務部長として使える人物なので、居なくなると具合が悪いとの意見が多かった。
その後、Cさんが所属する営業部署の課長3人が手分けして、Cさんの出社・退社、昼休みの取得時間を1ヵ月記録した。Cさんの部署は営業の部署なので、顧客の接待なども多く、朝はメンバー全てが定時よりも遅く出社する傾向があり、昼休みも
就業規則の時間とは異なる時間に柔軟に取っていた。Cさんは、いずれについても平均的なメンバーと同様に行動していた。
1ヵ月後、Cさんは出社・退社時間と昼休み取得時間のデータを突きつけられて、「勤務態度不良」を理由に解雇された。
D部長の行為は、単にセクハラを超えて、強制わいせつに近いものだった可能性があるが、セクハラが厳罰であるこの会社にあって、東京支社の幹部が下した結論は、Cさんにとって極めて不公平なものだった。筆者はこの話を、上司の命令によってCさんの出社・退社及び昼休みの時間を記録していた3人の課長の1人から聞いた。
このケースからあえて教訓を引き出すなら、セクハラは訴える側にも覚悟が必要な大問題であり、また訴える際は1つのチャネルだけでは握りつぶされる可能性があるということだ。それにしても、Cさんはお気の毒だ。
抱きついて来た女性部下に嵌められた!
女性は希望の部署へ、上司は懲戒免職に
その三。国内系の会社もセクハラに厳しくなった。ある大手広告代理店の子会社のケースだ。
本社から出向してこの子会社で働いていた女性社員Eさん(30代)は、本社の花形部署に復帰することを願っていたが、人事異動で子会社内の別の部署に移った。ある日Eさんは、徹夜仕事の後に新しい部署の部長Fに「相談がある」ともちかけて、2人は会社の近所の深夜営業を行っている飲食店で話し込んだ。その際Eさんは、涙を流して、F部長に抱きついたと伝わっている。
3日後、F部長は本社に呼び出され、Eさんにセクハラを働いたことを問い詰められた。F部長は「それは誤解だ」と説明できたつもりでいたが、数日後、F部長には懲戒免職の処分が下った。懲戒なので退職金はない。
Eさんは、この問題をマスコミに流す用意をする傍ら(親会社は大変
知名度の高い会社なので、ニュース価値がある)、問題を親会社の法務担当の弁護士とも相談していた。その後、「セクハラの被害者で可哀想なEさん」は、親会社の希望する部署の1つに異動した。
この子会社の別の部署に勤める社員からの伝聞なので、正確性を欠く点があるかもしれないが、どうやらEさんはセクハラの被害者になって、希望の人事異動をかなえてもらうことを目的として、本件を仕組んだようだ。
F部長はEさんに嵌められたと言えそうだが、結果から見てF部長には警戒心が不足していた。
外資系、国内系を問わず、セクハラ問題が相手を陥れる手段に使われることがあるので、隙をつくらぬように気をつけておきたい。
今回の
鈴木章浩都議のケースばかりでなく、民間会社にあってもセクハラは文字通り「大問題」なのだ。これは誇張でも皮肉でもない。率直に言って時代は変化しており、つい10年前なら許されたような言動が、今はサッカーでいうとレッドカード(1枚で退場)に該当する。
セクハラ・リスクを遠ざけるために
ビジネスパーソンが気をつけるべきこと
まず、異性の部下ないし会社の中で自分が影響力を持つ相手と、「2人っきり」の状況をつくらないことだ。自分は親切にしているつもりでも、相手が快く思っていないことはよくある。「他人から見て」仕事上の立場を利用してデートを強要したと思われる可能性を、排除しなければならない。
たとえば、男性の上司が女性の部下に日頃の仕事のお礼として食事をご馳走したいと思った場合、複数の部下と一緒にご馳走するか、誰か友人を一緒に連れてきてくれないかと頼むくらいの用心深さが必要だ。
次に、特定の性を前提とした言葉を封印することだ。口論になっても、女性に対して「ババア」「オバサン」などの言葉を浴びせるのはもっての外だし、容姿、年齢、結婚などの話題は徹底的に避けよう。逆に、女性の側から男性に対して、「男らしくない」と言うのもいけない理屈である。
日頃から会社の同僚は、男女や年齢の上下を問わず「さん」付けで名字を呼ぶことを、習慣にしておくのがいい。
オフィスでの話題も、男女の別や個人によって受け取り方が異なる。たとえば「下ネタ」は避けるべきだ。水着の女性の写真が入った卓上カレンダーを使うようなことも、避けるべきだ。
また、やや先取りして付け加えると、個人の身体的な特徴などをからかうことも、今後セクハラ同様の禁止事項になる公算が大きい。「ハゲ」「チビ」「デブ」などと他人を身体的な特徴で罵る癖のある人は、今からこれらを封印するように気をつける必要がある。
職場にあって熱くなりやすい性格の人は、セクハラや身体的特徴の言及に該当しない言葉で口論や喧嘩ができるように、日頃から話し方を考えておく必要がある。喧嘩の最中に、セクハラに該当する言葉を使ったりすると、一時の喧嘩に勝って後から職を失うような事態に陥りかねない。
今日のオフィスにあっては、テレビで話すのと同等、時にはそれ以上に慎重な言葉選びが必要だと言える。窮屈と言えば窮屈かもしれないが、慣れの問題だ。この問題については、自分を甘やかすのは危険だ。