NYT調査報道でわかった「臓器移植」の闇市場
ニューヨーク・タイムズ・ニュースサービス
2014年9月28日18時10分
オフィラ・ドーリンは、その値段が6ケタ(数十万ドル=数千万円)のことに驚いたが、簡単に腎臓が買えることにもびっくりした。
2年前のこと。腎臓に疾患を抱えるドーリンは、この先何年も人工透析を続けなければならないのかと思うと気がめいっていた。そうした折、イスラエルでは通常なら臓器移植の順番を長々と待たなければならないところを、面倒を省いて腎臓提供者(ドナー)を仲介するという臓器ブローカー(周旋屋)に頼ってみることにした。
ドーリンはまだ36歳だ。ソフトウエアの会社でいいポジションにいたし、いずれ家庭を持ちたいと夢見ていた。
彼女はこの5年間、食事制限をするなどして何とか腎臓疾患を乗り切ろうとしてきた。しかし、病状はじわじわと進むばかり。移植できる腎臓のドナーを探してはみたが、家族にも友人にも適当な人はいなかった。そして、吐き気、極度の疲労感、鬱屈(うっくつ)した思いに悩まされる日々が続く。
人間の臓器を売買するブローカーを見つけるのは、とても難しいことのように思えた。だが、病院に勤務するドーリンの母親が、その病院の周辺を当たってみたら、そう間を置かずして3人の名前が浮上した。その一人が元保険代理人のアビガッド・サンドラーだ。以前から臓器売買の疑いがかかっていた人物である。もう一人はボリス・ウォルフマン。ウクライナからの移民で、サンドラーがめんどうをみていた。そして3人目がヤコブ・ダヤン。不動産の取引やマーケティングで商売する抜け目のないビジネスマンだ。
この男たちは、ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)がグローバルなレベルでの臓器売買について取材する過程でわかったのだが、イスラエルにおける腎臓売買の闇市場を仕切る中心的な面々である。裁判記録や政府の公文書によると、彼らは過去何年間にもわたり、臓器を必要とする患者と外国人のドナーを結び付けてイスラエル国外での移植手術をアレンジすることで巨額のカネを得てきた。
彼らブローカーたちは、合法的にやっており、クライアント(顧客、つまり患者)が臓器を買うのを自分たちが直接仲介しているわけではない、と主張している。しかし実際は、彼らは、国際的な非難や取り締まりの強化をかわすために、臓器マーケット世界中に拡散させて売買ルートの痕跡を消そうとしてきた。
WHO(世界保健機関)の推計によると、移植可能な臓器の供給数は、移植を必要とする数の10分の1以下でしかない。信頼できるデータはないが、専門家筋が言うには、毎年、何千人もの患者が外国で不正な臓器移植手術を受けているとみられる。そのほとんどのケースが、臓器を売る側は経済的に貧しく、医療上のリスクについての情報も十分には得ていないという。
しかし、NYTが2000年以降の主な臓器売買について取材し分析したところによると、臓器売買にはイスラエルの関与が突出している。その理由として、一つに、イスラエルでは臓器を取り出すことが神への冒涜(ぼうとく)とする厳格な宗教上の考え方がある。それゆえ、イスラエルでは臓器摘出率はきわめて低く、臓器を必要とする患者はどこか外国に目を向けることになる。
臓器移植ツーリズム。患者にとっては必死の試みがそうした「ツアー」への参加だ。冒頭のオフィラ・ドーリンや、他の外国人患者が、2009年から2012年までコスタリカへの臓器移植ツアーに加わった。NYTは100人以上にインタビューするとともに多くの関係書類を調べ、コスタリカの首都サンホセの居住地区とイスラエルの最大都市テルアビブに隣接した商業街ラマト・ガンを結ぶネットワークを追跡した。
コスタリカ政府は、何人の外国人がコスタリカで疑わしい臓器移植を受けたか、詳しくは把握していないという。しかしNYTは、イスラエル人6人、ギリシア人3人、アメリカ人2人の計11人がコスタリカ人から提供された腎臓の移植手術を受けるためにサンホセに行ったことを突き止めた。他に2人のイスラエル人が、彼らに臓器を提供するというイスラエル人ドナーを連れてサンホセ入りしていたことも判明した。これはイスラエル本国では認められていない手法である。
このネットワークは、イスラエルのブローカー、コスタリカ人の著名な腎臓専門医、タクシー運転手やピザ屋の店員らを勧誘してドナーにする中間業者といった連中で形成されていた。インタビューと関係書類、4人のイスラエル人患者および関係筋への取材から、ブローカーはダヤンだったことが判明した。
コスタリカの捜査当局は1年以上にわたってネットワークを調べた。しかし、イスラエルの警察もコスタリカの警察も、ダヤンあるいは他のイスラエル人ブローカーが臓器移植に関与していたかを捜査したのかどうかについては、はっきりしない。NYTがインタビューした相手は、いずれも自分は移植を受けていないと言っている。
先のオフィラ・ドーリンが「臓器」にたどり着いたルートは、やや回りくどかった。
ドーリンによると、まず彼女の家族がブローカーのアビガッド・サンドラーに接触したところから「腎臓への道」が開けた。サンドラーは、現金で20万ドル(約2千万円)を払ってくれれば依頼人をスリランカへ行かせると説明したという。そこで、ドーリンの同僚が募金に奔走し、足りない分は両親が自宅を抵当に入れてカネを工面してくれた。
両替商の叔父に移植を仲介したブローカーがボリス・ウォルフマンだった。ウォルフマンは手付金として1万ドルを要求し、14万ドルをスリランカに持っていくよう伝えた。現金を持って行くには、最高額面が100ドルの米ドル紙幣でなく、500ユーロ紙幣に換えれば札束は薄くなるとアドバイスしてくれたという。
ところが、タイミングが悪かった。たまたま、その翌日、ウォルフマンがサンドラーやその仲間とともに臓器売買容疑でイスラエル警察に逮捕されてしまった。この一件は、ドーリンの件とは無関係だったが。
それでも、事態はすぐに好転した。ドーリンがある人に窮状を訴えると、彼は自分の父親が5年ほど前にトルコで臓器移植を受けたというのだ。
「なぜもっと早く、私に相談に来なかったのかね」と、その男性が言ったという。
そして、ダヤンと会うことになった。ダヤンは、コスタリカなら17万5千ドル(約1750万円)で移植ができると話したという。ただし、この時、ダヤンはこの金額が腎臓の代金も含むパッケージ料金かどうかについては慎重に明言を避けた。
ドーリンは料金の一部をサンホセの病院に振り込んだ。そして、彼女の移植手術を監督する腎臓専門医のホセ・モーラ・パルマにも代金を渡した。コスタリカのマル秘の裁判記録によると、モーラは腎臓を提供した37歳の失業男性に1万8500ドル(約185万円)相当のカネを払った。
2012年6月、ドーリンは首都サンホセに着いた数時間後、ホテルでモーラと腎臓提供者に会った。その場で、コスタリカの公用語のスペイン語で書かれた誓約書にサインした。ドーリンはスペイン語がわからなかったが、それは臓器の売買はしていないことを誓約する書類だった。
ダヤンはすべてが合法であることを保証すると言っていた。だが、ドーリンは疑わしいと感じた。しかし、だからといって、彼女には他に選択肢があるわけではない。
「私の病状はとても深刻だった」と、ドーリンは振り返る。「しかも悪くなる一方だった。だから、たとえ違法とわかっても、他にできることがあったとは思えない。確かに、みんな欲の皮が突っ張った人たちだけど、私の命を救ってくれたのも彼らだ」
その後の2013年6月18日、コスタリカ警察当局は白衣のモーラ医師を病院内で逮捕した。さらに当局はモーラから押収した記録などをもとに腎臓の売り手を複数特定し、同年10月、臓器を摘出した泌尿器科の医師2人と臓器移植をした外科医一人を逮捕した。
このスキャンダルをきっかけに、コスタリカの議会は2014年3月、臓器売買の規制を強化する法律を通した。この法律は、医師に臓器移植手続きの説明責任を課すとともに、全国レベルでの臓器移植の順番待ちリストの体系化を定めている。
(Kevin Sack)
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