パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

韓国人のハングルへの思い入れ


台湾にいる少数民族高砂、烏龍等)は台湾国民であるが支那人ではない。
日本が統治時代、明治時代から日本語による教育がなされ、公民化が進められた。
現在は 戦後支那の国民党が上陸し、
北京語ー台湾語少数民族後(山の言葉) が標準的に通用されているが、
田舎の山の上の民族ではいまだに書き言葉として日本語が使われているのだ。
もちろん台湾の人で日本語をしゃべる人は多い。 
うちの中で70歳以上の人は日本語教育を受けたか、家族から教えられており、そこから家族的に教育された人もいると聞く。
日本語をしゃべる人は知識人として 戦後国民党が上陸した後 数万人が殺された事は
日本ではほとんど知られていないが 台湾の闇の部分の歴史がある。

しかしそれを乗り越えて 山の民族には 書き言葉として カタカナが 今も使われているのだ。 もちろん言語は少数民族の言葉であるが、かれらは文字を持たなかったのだ。
そのため 日本が統治してして教育した 日本語(カタカナ)を自分たちの文字として
使いようになったのである。 その場合50音で必ずしも彼らの言葉が書き表されたかは
定かではない。 
われわれが英語を ディス イズ ア ペン という風に表記したのであってエル と アールの区別なんぞ難しいところである。

むかし高砂出身の台湾人50名と海外で働いたことがある。
彼らは片言の日本語を話し、理解できた。もちろん台湾語の福建語も話す。かれらの自分たちの家族への手紙には驚いた。 すなわち高砂族の言葉である。
手紙にはびっしりと 「カタカナ」の羅列である。 電報じゃあるまいし。。。。。。。。
これが彼らの 田舎の言語なのであった。

たぶんこれを 見て このハングルの話もあったのであろうが、
日本が韓国を併合した後 朝鮮人に教えたのは 日本語ではなく ハングルであったこと
をこの記事を読む方にいいたい。
韓国では文字があったにもかかわらず併合時は文盲が大部分であった。
読めない、かけない人たちである。
それは支配者階級が 国民を 支配するために 文字を教育しなかったわけである。
公文書は 昔は漢字、近世は漢字とハングルという 文章や書物を ヤンバンという
公務員以上が独占したわけである。

そして 近年になって漢字さえも廃止し、ハングルだけの言葉となったために
現在の韓国人は 戦前の新聞や 古い文献も読めないのが実情である。
それが 慰安婦問題のひとつの原因ともなっていると考える。

そして台湾のこと話したく思い。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。!!

韓国人のハングルへの思い入れ

インドネシア少数民族にハングルを広めようとした一人の女性



ソウル中心部・竜山にある国立中央博物館の隣に10月、国立ハングル博物館がオープンした。地上3階、地下1階で、床面積は約1万1000平方メートル。展示室や子供用の体験コーナー、外国人向け教育スペースなどを備えた立派な施設だ。文化体育観光省のプレスリリースは、「ハングルの文字・文化的価値を広く知らしめ、科学・産業・芸術などさまざまな分野とのコミュニケーションを通じて、ハングルの新たな価値を創出する中心機関になる」と意義を強調している。

ハングルは民族の自負心を象徴する存在に

 ハングルは、朝鮮王朝きっての名君とされる王・世宗(セジョン)が「普通の人々が簡単に学べて使える文字」を作るよう学者たちに命じ、1443年に作られた人工の文字だ。ハングル制定後も公文書は漢文だったが、日本語教育が重視され、韓国語が迫害された植民地時代を経て、ハングルは、民族の自負心を象徴する存在のようになった。日本の敗戦によって植民地支配から解放された後、ハングル重視政策が取られるようになり、近年は、日常生活では漢字を使うことが極端に少なくなっている。

http://wedge.ismedia.jp/mwimgs/2/a/250/img_2ae0f56f318cf99357831bdc29427274284198.jpg韓国の街中に溢れるハングル文字(写真:アフロ)

 唇や舌、のどといった発音器官の形を象形し、性理学(朱子学)と陰陽五行思想に基づいて作られたハングルは、非常にユニークかつ科学的な文字だ。『ハングルの誕生』などの著書を持つ言語学者の野間秀樹氏は、「ハングルの創製と成長は、東アジアにおける知の革命だ。当時の学者たちは、現代の言語学に匹敵する水準の知を駆使した」と評する。

 韓国人は調子に乗って、「ハングルは世界中すべての言語をきちんと表記できる」と豪語したりする。あるいは「世界で最もすぐれた文字だ」と言うこともある。実際には、ハングルで表記できない発音は日本語にも英語にもあるし、文字に「すぐれた」とか「劣っている」などないだろうと思うのだが、これも、序列好きの韓国ならではの発想といえるだろう。

チアチア族にハングルを広めようとした一人の女性

 ハングル博物館のことを聞いて、私は、2年前に取材した女性のことを思い出した。取材はしたものの、新聞記事としてまとめるタイミングを見つけられず、記事にはできなかった人物だ。今回は、その女性について紹介してみたい。韓国人のハングルに向ける情熱の一端をかいま見ることができるからだ。


http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4501