パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

イスラム過激派はなにを誤算したか

日本では大々的には報道しなかったが 欧米諸国では ネットやテレビで中継されて
欧米・アジア・アフリカ・中東日本以外の国では騒然となった。
日本では 虚偽の従軍慰安婦問題を声高に叫ぶ キリスト教を看板にする人々や
パレスティナを支援する人々も一切動かない。 それは彼らの行動が宗教や信義ではなく
古い 夢のようなイデオロギーで動いているからである。
イデオロギーが消えたからこそ イスラム原理主義が台頭しているのだ。

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成27年(2015)1月15日(木曜日)
通巻第4442号
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イスラム過激派はなにを誤算したか
ついに日和見フランスが空母をシリア、イラクのIS空爆に派遣。


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パリの風刺漫画週刊誌「シャルリーエブド」編集部を襲ったイスラム過激派。「アラビア半島のアルカィーダ」が犯行声明を出した。
同調するイスラム過激グループは個別的にナイジェリアで、
イエーメンで、ソマリアで残忍性を伴う自爆テロ、誘拐、破壊活動を拡大競争中だ。誘拐した女性等は性奴隷か、自爆テロ実行者に仕立てている。

フランスの反応は激越だった。
ナチス占領のパリ解放以来、
フランスで100万人をこえるデモ行進や政治集会はなかった。テロ直後、フランス全土で合計370万人が抗議集会と行進に参加した。

フランス議会は97年ぶりに国歌を歌った。民族、
宗教をこえてフランスが団結をみせようとしたのだ。ワインをのんで革命を語るサロン・マルキストを含めて。
オランド大統領は主力空母「シャルル・ドゴール」
の艦上へおもむき、中東海域への空母の派遣を決める。IS(イスラム国)拠点への空爆強化である。

そしていま、フランスで大統領選挙が行われるとすれば、
保守復調の波に乗ったサルコジ前大統領の復活・復権は難しくなり、マリーネ・ルペン率いる「国民戦線が勝利するだろうと言われる。
ルペンは外国人労働者排斥、フランス愛国主義を訴える。

ドイツでも保守の新勢力が台頭した。予測外の事態である。
ドイツではナチスを連想する一切の図書も、
宣伝も禁止されているため民族排外主義的な政治風土は育たないとされた。

ドレスデンに誕生したのは「
西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者」(PEGIDA)。日本のマスコミも、これを「ペギーダ」と伝えた。

毎週、ドレスデンで集会とデモを繰り返している。
ペキーダは直截にイスラム教徒を攻撃せず「憎悪を拡大する宗教家」に反対していると訴えている。
そしてペギーダは、「私たちこそ国民だ」を唱える。
メルケル政権への揶揄である。(メルケル東ドイツ出身で、
当時の東独民主化運動は「私たちこそ国民だ」だった)。

911テロは米国をして「アフガニスタン」「イラク戦争
への引き金を引いた。アメリカ国民は熱狂的に復讐に燃えた。各地で星条旗が高々と掲げられた。

パリ編集部へのテロはフランスの空母派遣、
国会での国歌斉唱という愛国への急傾斜をもたらした。欧州全土に保守政治運動の嵐が吹き始めた。オランダで、イタリアで、ハンガリーで。

中国の反日暴動は日本に安倍政権を奇跡的に誕生させた。
政局を逆転させ、日本の街頭に日の丸が林立するようになった。朝日新聞は過去の出鱈目報道を謝罪した。
防衛力増強に反対の声はあがらず、
戦後七十年忘れられてきた国民精神の復活への兆しが見られる。

南シナ海での中国の侵略的横暴は、アジア諸国を「反中」
で団結させた。
こうした動への反動が、つぎの政治を想定外の方向へ走らせる。




2015年1月15日号。<フランス紙の表紙を出す新聞、出さない新聞。それで「表現の自由」とやらの本気度を見ればいい。簡単>。

勝谷誠彦氏の有料ブログより転載

 4時起床。私がこのささやかな日記という営みを続けられているのは、読者のみなさんからの反響があるからにほかならない。あまたの雑誌などにも書いてきた。しかし、なかなか著者というのは、編集部に寄せられた声に接することはないんですね。編集者で止まってしまうことが多い。そういう意味では、私も怠惰な編集者であってと反省する。
 しかし、この日記は迂闊屋のアドレスを公開しているせいもあって、ダイレクトに反響を頂戴する。ありがたいことだ。朝、それに接して涙することもしばしばであると告白しておく。
 今朝はふたつの反響について言及しようと思う。最初に断っておくが「善し悪し」ではない。どんな意見も私は虚心坦懐にうかがおうとしている。これは私の成り立ちの基本なので、まず理解しておいていただきたい。

 ひとつめは『素粒子』についてだ。火を吐くような怒りのメールがあるかと思えば「もう、ほっておけばいいんですか」もあった。よくわかります。でもね、誰かが言っておかねばならないものですから。
 さきほども触れたが「朝から泣かせるなよ」もいくつか。こんなどうでもいい文章をお金を頂戴して毎朝読んでいただいていることに、私は日々感謝している。そんな中で、特にこうべを垂れるのは「経済的な理由で解約します」というメールを頂戴する時だ。そんなこと、わざわざ言ってこられなくてもいいのに、と涙が出る。「また、もっと収入が増えたら契約します」とまで言われると…。
 こうして私は日本経済の様子をリアルに見ている。アベノミクス万歳、では決してない。しかし、安倍晋三首相になって「解約数が減った」のは確かなのだ。このことは総理にも直接伝えている。あなたや、あなたはひょっとするとGDPに数字以上に日本経済のリアルメーター…おっと、だから講読を続けろというのではないですよ。わははは。でもね、解約数は減ったけど、講読数はちっとも増えない。いいんです。「日本国におけるインテリはこのくらいが上限か」と思っていますので。どれだけ上から目線や。でもね、ひとりでもお友だちを誘っていただけると、私の自由度がまた高まります。よろしく。
 そんな方から、今朝はたまたま複数でメールを頂戴したのである。「経済的な理由で解約をしようと思っていたけれども、今日(つまりは昨日のね)の日記を読んで、一食を削ってでも読みつづけなくてはいけないと決めた」と。泣いちゃうじゃないですか。これはもう奇跡としか言いようがないのだが、同じような文面をいくつかいただいたのだ。『素粒子』の屑の文章に対して、大和民族しての怒りがそれほど深かったということだ。ありがたいやら、申し訳ないやら。近年ではちょっとまれな反応だった。
 別の「ジャンル」からも。この日記、防人(自衛官もだが、海猿や警察官の方々も含めて)の読者が多いというのは、なんとなくわかるでしょう。とんでもない大幹部が読んでいることはときどき書いているが、現場の方がはるかに多い。こういう方々は本当に控えめで、よほど何か言いたい時にだけメールを下さる。昨日がそうだった。たとえば「いよいよヒトマル戦車で築地に」もちろん冗談ですよ。こういうジョークがは大好きだ。抑制された言葉がかえって、私を感動させた。
 「いつかその時には、朝日新聞が書いていることがいかに間違っているかを、この身体を持って証明するつもりです」とあった。証明しないで下さい。朝日じゃないけど、戦わないにこしたことはない(笑)。諸君の覚悟は、誰よりも私が知っているから。同様なメールをたくさん頂戴した。朝日、オノレが何をやらかしたかわかれよな。くり返す。テロリストに「道具」として使われた少女たちと「一歩前へ」出た英霊の方々を、オノレはいっしょくたにしたんだよ。『素粒子』、おまえ「一歩前へ」出られるか?出るんだろうね、震えながら。大和魂ではなく付和雷同の心でもってね。
 もうひとつの分野に行きましょう。よく読んで下さったいるのが実は航空業界なのだ。ANAへの悪…もとい愛情あるコメントを、あの会社の方々も面白がってくれているが(経営陣、読めよな)航空業界関係者からのメールが実は多い。と書くと「CAとか」と思うでしょう(笑)。これがほとんどない。乗り合わせた時に「先日もご一緒でした」と言われることはある。正直に告白すると、何度か飯を食ったこともあるが、これがね、いちども「次」がないんです。番町のひきこもりジジイをなんとかしていただきたい。
 いや、それは置いておいて、と少し未練も残しつつ…ってジジイは話が尾を引くのよ。なんでこんなにかまってもらえないかね。素敵な女性が、いちどは会ってくれる。しかし、そのあとドン引きなんですよ。マネジャーのT-1君に言わせると「それがあんたの本質なんやから、少し考えたらええんとちゃいますか」なのだ。まあいいや。
 CAは逃げるが、パイロットの方々はなかなかよくメールをくれるのだ。ANAに限らず、よく読んでくれていますね。「私たちの緊張感に通じるものがある」と言ってくれた人もいる、ありがたい。そうしたメンバーからメールが来た。激怒である。
 「私は特攻された方々の遺伝子を受け継いで、自分はぜったいに誰をも亡くならせることなくと願って飛んでいます。それを、少女に爆弾を巻き付けて殺した連中と一緒にされるのは、侮辱以外の何者でもない」。まあ、最大公約数の意見を紹介した。特攻に対しても、パイロットの方々は私たちからはうかがい知れない深い考察をされている。知覧の特攻祈念館を訪れる人々のかなりが、航空関係者であるとご存じだろうか。
 朝日新聞は、そういうまさに日本の空を護ってくださっている方々の気持ちのすべてを叩き潰したのだ。その酬いは必ず来ると覚悟していた方がいい。

 「反響」についてもうひとつ。これは虚心坦懐にちょっと驚いた。フランスの『シャルリー・エブド』への攻撃についてだ。最新のニュースを復習しておこう。
 <風刺か侮辱か/シャルリー紙最新号の表紙にイスラム預言者
 http://www.cnn.co.jp/business/35058944.html
 <仏週刊紙シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者ムハンマドを描いた次号の表紙を公開したことに対し、国内外の専門家やイスラム教徒の間で賛否両論が巻き起こっている。
 シャルリー紙は風刺画家ら12人が犠牲となった銃撃事件後、初めて発行する最新号の表紙を12日に公開。同紙への連帯の象徴となった「私はシャルリー」の標語をムハンマドに持たせ、「すべては許される」との見出しをつけた。>
 これは、ギリギリのいい選択だったと私は思うが、その基準については後に述べる。
 まず私は、この紙面を公開しないという日本国の大マスコミに対して、痛烈な批判をしたい。今朝の朝日新聞の卑劣さはどうだ。週間紙を半端に抜いているシーンを出している。いかにも朝日新聞的な卑劣さである。ちゃんと表紙出せよ。
 <風刺画再び、仏紙発売 売り切れ続出、500万部に増刷へ/「侮辱」イスラム反発>

 http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150115000332.html
 だからあ、シャルリーは500万部増刷するくらいの覚悟があるんでしょうよ。毎日「軍靴の響きが聞こえてくる」の「大」朝日が、ここで応援しないでどうするのよ。『シャルリー・エブド』の紙面を一面に掲げてこその「大朝日」ではないのかね。言論の自由、守れ、守れ。何か間違ったこと言っていますかねえ、朝日新聞さん。
 情け無い。しかしほとんどの日本国の大マスコミも情け無い。シャルリーをちゃんと掲載して、イスラムの落ちこぼれ屑にに襲撃されるくらいのことをやってみろよ。私たち(迷惑だろうが花田紀旋師匠をボスとして)はいつも「襲われねえのかなあ。そしたら少し次号は売れるけどなあ」と言いあっていた。ここだけの話(笑)。
 『シャルリー』はね、福島原発の事故のあと、日本人を揶揄するマンガを載せて、私もここで怒りましたよ。でもそんなものは、もう水に流す。同じマンガ人生として、何でもやってくれ。私にとって、今回の出来事は許しがたいのだ。あとそんなに長く生きようとは思っていない。「義に殉ずる」とは今のような時だと思っている。フランスの漫画家たちよ、ともに闘おう。

 このリアリティは凄いなあ。同時期に事件記者をしていた人間として。
 <地下鉄サリン、緊迫の73分・交信テープ公開>
 http://www.yomiuri.co.jp/national/20150114-OYT1T50090.html
 <警視庁は14日、1995年3月のオウム真理教による地下鉄サリン事件の発生直後、同庁通信指令本部と、現場に駆け付けた警察官との無線交信の記録を初めて公開した。
 次々と倒れる乗客と、新聞紙に包まれた謎の液体。約73分に及ぶ交信記録からは、情報が錯綜さくそうする中、現場の緊迫した様子が浮かび上がった。死者13人、負傷者6000人超に上った事件直後の様子が、発生から約20年を経て明らかになった。>
 なかなか内容はたいしたものだ。しかし、この記事のツッコミどころはどこでしょうか。いえいえ、読売新聞が悪いわけではない。たまたま読売がタダでたくさん読ませてくれるからで、朝日は制限つきだし、ビンボー毎日は完全制御だ。毎日さん、ビンボーがビンボーを呼ぶんだよ。
 では解説をしよう。キーワードはここですね。<発生から約20年を経て明らかになった。>おそらく他紙でもほぼ同じ記述。あとで話すように「クラブ活動」ですからね。
 あのね、じゃあ、そのあいだ、あんたらは何をしてたの?20年前に記者クラブで垂れ流された情報だけを書いて、そこから20年間眠っていたと告白しているわけじゃない。恥を知れ。その間にさまざまなジャーナーストがさまざまな記事を書いてきた。それらをひとつとして検証したか?していないよね。クラブ活動での警察との関係が悪くなるからね。もちろん。
 私はこの時、ビミョーなポジションにいた。阪神淡路大震災が1月17日にあって、私は現場を250CCのバイクで走りまっわった。その帰途、東京駅で『マルコポーロ』の廃刊を聞いた。とんでもない間違いをおかしたとはいえ、師匠の花田紀凱師匠が解任されるというのは、私に許しがたいことだった。うちうちの関係もいろいろと聞いた。「闘ってやる」と決めた。フツーのサラリーマンならそこでいっぱいいっぱいで、なおかつ阪神淡路大震災という当時としては前代未聞の国難を抱えているのである。そんな時に起きた「オウムのサリン事件」だった。だからこそ、奴らは起こしたと思っているのだが。
 4本目くらいになりますかね。最初のタイトルはとりあえず『ドネツク』と決めている。4本目くらいに『霞が関』があってもいいかもなあ、と思いつつも実は違う(笑)。私はあの事件は「クーデター」だと思った。そのことをすぐに小説にしようと思って、小さな出版社に持ち込んだこともある。しかし、私は小説にするだけの力はなかった。いま、ようやく、それに近い力を得ることができつつある。こんなもんなんでしょうねえ、人生って。
 あの時、持ち込んだ出版社はぜんぶ、もうない。「そんなもん売れないよ」と言った社長に、今回は売ってやろうと思う。いや、彼が悪いのではない。ものごとには、タイミングというものがあるのだ。


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