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北極狙う中国のソフトアプローチと日本の薄い存在感


(@コペンハーゲン)北極狙う中国のソフトアプローチと日本の薄い存在感

2015年1月20日00時00分

■特派員リポート 石田耕一郎(瀋陽総局)

 レアアース天然ガス、金、鉄鉱石といった豊富な天然資源が眠る北極圏地球温暖化に伴う海氷の減少で、北極海も、欧州とアジアを結ぶ最短航路として注目を集める。世界が狙うこの地域の開発に、中国はどう関与しようとしているのか。中国の戦略を知りたくて、中国人の北極研究者に面会を申し込むと、匿名を条件にこんな答えが返ってきた。「北極開発は、中国にとって、とても『敏感』(センシティブ)な話題。政府も言及を避けている」。別の中国人学者も「北極を巡り、他国は日本の参画を恐れないが、『中国脅威論』は存在する」と中国の戦略については口が重い。

 北極海では、米ロとカナダノルウェーデンマークの沿岸5カ国が主権を唱える。沿岸国でない中国は主権交渉には関与できないが、資源開発などの経済活動は二国間の交渉で決められる。なぜ、北極をめぐって「中国脅威論」が生まれ、中国はどう対応しているのか。中国が最も積極的に働きかけている北欧の2カ国、デンマークアイスランドを例に紹介する。
 中国の北極開発が本格化し始めたのは、2010年前後。09年に中国企業北極圏では初めて、デンマーク自治グリーンランドの鉱山開発に参入した。その後も、グリーンランドの資源掘削を巡り、現地の人口の0・5%を超える中国人労働者派遣の動きが伝えられた。アイスランドでも11年、元中国共産党宣伝部の中国人投資家が、300平方キロメートルの広大な土地を購入する計画が明らかに。さらに、中国政府が、首都レイキャビクで、北欧の小国に似合わぬ大規模な大使館を計画していると注目された。
 アイスランドは06年に米軍基地が撤退。欧州金融危機では、主要な国内銀行の国有化を迫られるなど、国家破綻(はたん)の危機に見舞われた。グリーンランド米軍基地を維持しながらも、デンマークからの独立志向が強く、独立に必要な財政基盤の強化を目指していた。デンマーク金融危機後、失業率が上昇するなど、高福祉国家の維持に経済を好転させる必要があった。共通するのは、他国の財政支援や投資で、財政難を解消したいという強い思いだ。
 アイスランドデンマークも、北大西洋条約機構NATO)に加盟する親米国。だが、2010年前後、欧州各国は金融危機後の自国経済立て直しに忙しく、米国も中東問題に手を取られていた。この間、中国は、国内総生産GDP)で日本を抜いて世界2位の経済大国に躍進。貿易で稼いだ外貨を、対外投資に回すことに積極的だった。その一方、尖閣諸島沖の漁船衝突事件(10年)を受け、世界の供給量の大半を握るレアアースの日本向け輸出を急減させたり、自国民の抑圧を続けるアフリカ独裁政権の支援につながる資源開発を続けたり、経済活動を通じた政治影響力の行使に、批判が集まっていた。

 国際的に評価が高いストックホルム国際平和研究所(スウェーデン)は10年、「氷解する北極海に対する中国の準備」と題した報告書で、中国の北極開発への意欲を指摘。その上で、北極開発への参画をめぐり、中国政府が表向き、いかに慎重な発言に徹しているかを紹介する一方、政府職員や中国人学者が、北極を巡る経済、政治、安全保障が中国にもたらす影響を調べ始めていることを示した。デンマークグリーンランド事情に詳しい北海道大スラブ・ユーラシア研究センターの高橋美野梨さんは、アイスランド北極海に主権を持たず、デンマークとは北極問題への発言力が異なることを踏まえた上で、中国の2カ国への接近をこう評する。「アイスランドは(北極開発参入への)ステップ。デンマークは(北極海に主権を唱える米ロなど5カ国の中で)唯一、北極圏に位置せず、自治領のグリーンランドを通じて北極問題に関与しており、当事者性が薄い。中国はそこに目を付けた。本格参入の意図の現れだ」

 中国の北極研究者たちは取材に対し、こうした「脅威論」を打ち消すため、諸外国への説明に追われたことをぼやいた。中国への警戒が広まる中で、当時の温家宝首相は12年、国交締結後40年で初めてアイスランドを訪問。同国の経済再建に対する支援を強調し、「北極地域の平和と安定、持続的な発展を共に進めたい」と意欲を語った。また、当時の胡錦濤国家主席も同年、1950年の国交締結以降で初めてデンマークを訪れ、投資などの経済協力策を話し合った。
 それから2年余り、中国はすでにアイスランドと欧州諸国では初めてとなる自由貿易協定(FTA)を締結。デンマーク随一の繁華街・ストロイエでは、中国で普及する決済用の「銀聯カード」が広く使えるようになっている。デンマークを旅した中国人観光客は13年、15万人を超え、アジア地域では2位の日本人客の2倍近く。
 これまでのところ、中国のアイスランドデンマークに対する外交政策は、「脅威論」を和らげる効果をもたらしたように見える。アフリカや東アジアで見られた強硬的ともとれる手法を取らず、相手国の事情を研究した上で、経済や学術交流を先行させるソフトアプローチを続けているためだ。
 北欧諸国と中国で作る学術研究機構「中国―北欧北極研究センター」に参加し、北欧側の窓口役でもある「北欧アジア研究所」(NIAS)のガイヤ・ヘルゲセン所長は「北欧諸国では、中国に対し、民主主義や人権を大切にしないという思いが強い。一方で、自国の宣伝がうまいという印象もある。旅行者も多く、金を落としてくれる。恐怖感はあるものの、中国への理解と許容は増えている」と対中感情の変化を語る。
 ただ、デンマークも中国との経済協力を謳歌(おうか)しつつ、したたかさものぞかせる。デンマーク女王のマルグレーテ2世は昨年4月、欧米諸国の現職国家元首としては初めて南京大虐殺記念館を参観したが、その日、首都コペンハーゲンでは、恒例の日本関連イベント「桜祭り」が開かれ、多くの市民が和太鼓の演奏や合気道の演舞、カラオケ大会などを楽しんでいた。デンマーク外務省の北極関係者は対中関係について、経済協力が中心だと強調した上で、「デンマークは自国の利益で何が大事かという観点で判断する。(中国の北極問題への意欲を受け)対中政策が変わることはない」と話した。

 コペンハーゲンにあるグリーンランド自治政府事務所のアダム・ヴォーム副所長も「中国はグリーンランドの天然資源に多大な関心を抱いており、グリーンランドへの接近が、商業目的なのか、政治的意図があるのか、議論が続いている」と説明。「中国は、アフリカ進出での反発を踏まえ、グリーンランドでは緩やかな接近に努めているのだろう。グリーンランド政府も他国と同様、制度に沿って中国に対処したい」と語った。グリーンランドでは昨年11月、前首相の汚職問題を受けた総選挙で、与党が議席を減らした。前首相が推進してきた独立論議や対中関係の強化を巡る政策が今後、見直される可能性もある。

 北極開発を巡る中国の積極姿勢に対し、北欧や中国の研究者はそろって「日本の存在感の薄さ」を口にした。日本は13年、北極圏の気候温暖化などを話し合う北極評議会で、中国や韓国と共にオブザーバーの資格を得た。日本外務省の担当者は「日本の進んだ科学技術が認められたため」と話す。だが、アジア問題を専門にするNIASのヘルゲセン所長は「日本は北極問題に遠慮がちで、もっと前面に出てもよい。日本政府の支援で、北欧との交流機関を作り、研究者も増やすべきだ」とさらなる関与に期待する。中国の研究者も「学術会議で、韓国の研究者は見るが、日本人はほとんど見かけない」と残念がる。

 北極開発をめぐっては、日本も中国と同様、北極海に主権を持たない。大量の資源輸入国である点も共通する。民間企業では昨年、商船三井中国企業と合同で、北極海を通行可能な砕氷天然ガスタンカーの製造を決めるなど、すでに協力関係が生まれている。今後、北極沿岸国との資源開発交渉など、政府レベルで中国や韓国と協調できる分野は少なくない。日本政府には大国が絡む北極問題について、小国デンマークにならい、したたかな外交戦略が求められている。
     ◇
 石田耕一郎(いしだ・こういちろう) 瀋陽支局長。1997年入社。大阪、東京の社会部で主に警察や検察などの事件取材を担当。2012年2月から現職。42歳。