パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

韓国が「イスラム国」に気をもむ事情




韓国が「イスラム国」に気をもむ事情  2015/1/29 7:00

日本経済新聞 電子版

電子報道部次長 山口真典

 「日本人の人質事件は、イスラム国の脅威が対岸の火事ではないことを物語っている」(韓国中央日報の26日付社説)。中東の過激派「イスラム国」を名乗る組織の動向に、お隣の韓国内でも高い関心が集まっている。その背景には、ストレスの強い韓国社会への不安と不満がくすぶっている。

関連記事
・1月26日 日本経済新聞朝刊7面「『イスラム国』有志連合にくさび 拡散するイスラム過激派」
・1月23日 中央日報「結局、我々が『一匹狼』を生み出した」
・1月18日 共同通信「韓国人が『イスラム国』参加か」
■18歳男性の失踪事件
 イスラム国への関心が韓国内で高まった直接のきっかけは、人質事件の直前に起こった韓国人男性の失踪事件だった。韓国メディアによれば、トルコへ入国した18歳の韓国人男性「キム氏」が、1月中旬にシリア国境近くで行方不明になった。
 自宅のコンピューターなどを分析すると、キム氏はイスラム国の関連サイトに頻繁にアクセス。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などを通じて現地の関係者と連絡を取ってイスラム国に参加する方法を問い合わせていたことが判明した。
 失踪が明らかになると、韓国内でイスラム国と接触しようとする若者が続出した。このため韓国の放送通信審議委員会は、戦闘員募集などネット上の掲示物を閲覧できないようにする措置を決めた。

 キム氏は中学校を中退し、自宅に引きこもっていたとされる。フェイスブックには出国前に「この国と家族から離れて新しい人生を送りたい」と書き込んでいたとも報じられた。その後、韓国のネット上では「部屋に閉じこもる我が子がイスラム国に抱き込まれるのでは」と懸念する親たちの書き込みが相次いだという。

山口真典(やまくち・まさのり) 90年日本経済新聞社入社。政治部、アジア部、ソウル支局長などを経て、電子報道部次長。専門分野は朝鮮半島を中心としたアジア情勢。著書に「北朝鮮経済のカラクリ」。

 昨年11月のこのコラムで紹介したが、韓国の若者の多くはどんなに努力しても明るい未来を描けない、という不安とストレスにさらされている。幼い頃から夜遅くまで塾に通って激しい受験競争を経験し、たとえ有名大学に入っても希望する企業に就職できる保証はない。大企業でも30代後半になると、多くの人が「名誉退職」と呼ばれる肩たたきの不安にさいなまれる。

 こうした現実から逃れるため、SNSやゲームに没頭しネット依存症に陥る若者が増えて、深刻な社会問題となっている。ある友人は子息のネット依存症を治療するため、数年間休職してネットがない環境を確保できる海外に移り住んだ。朝鮮日報のコラムでは、イスラム国に魅せられる若者に関して「過激な思想に惑わされない健全な社会を韓国が形成しているという自信が持てない」と嘆く。

■中東に2万5000人

 若者の海外志向が強いことも、こうした社会の閉塞感が影響している。韓国外務省の「在外同胞現況」によると、海外に住む韓国人の総数は直近の2013年度調査で約701万人。約5000万人という人口規模から考えると割合はかなり高い。このうち中東地域は約2万5000人だが、07年の約6400人と比較すると6年間で4倍近くに急増した。

 もちろん、この数字は韓国企業が積極的に直接投資をしていることの証左でもある。特に中東はインフラ整備や石油化学などの分野で積極的に投資を拡大した地域であり、各国の駐在員も増えた。

 それに伴って韓国料理店やクリーニング店など、韓国人相手の商売を営むために海外に移る人も増えている。「このままでは自分も子供も将来に希望が持てない」という動機で、家族と共に海外に働き口を求めた知人も少なくない。彼らは祖国を嫌っているわけではないが、競争の激しい社会への疎外感を異口同音に語っていた。

 中央日報によると03年から14年2月までの約11年間、アフリカを含む中東地域で拉致事件に巻き込まれた韓国人は65人に上る。04年にはイラクで男性がイスラム武装勢力に殺害され、07年にはキリスト教会のボランティア23人がアフガニスタンで拉致され、うち2人が犠牲となった。こうした事件が発生するたびに、韓国メディアは大々的に報じて、世論は海外同胞の安否に気をもんできた。

 韓国メディアの記者は、今回の日本人の人質事件も「過去の経験があるから、隣国の事件でも人ごととは思えない雰囲気がある」と分析する。さらに「韓国の世論は日本政府がどんな決定をするかにも注目している」と付け加えた。韓国では昨年春の旅客船セウォル号」沈没事件をきっかけに、政府の危機管理対応が強い批判にさらされている。「対岸の火事ではない」には、こんな意味も含まれている。