ギャンブル依存症と犯罪は非常に近しい関係にある。

 世の中のありとあらゆるギャンブルは必ず胴元が得する仕組みになっている。そうでなければ「ギャンブル場運営」という商売が成り立たないから当たり前の話である。もちろんミクロ的な現象としてある特定の人物が賭けに勝って大儲けするようなことも生じるが、その裏には当然それ以上に大きな損失を出す人もいるわけで、こうしたミクロ的な事象は件数が増えれば確率分布に集約されていってマクロ的にはギャンブル場が絶対に得する仕組みになっている。

 中には「本当のギャンブルのプロは、技術で運の世界を脱する」という主張をする人もいるかもしれないが、残念ながらそうした認識は根本的に歪んでいる。技術ではなく確率論に左右されるからこそ「ギャンブル」なのであって、仮にその確率を操ったり歪めたりする方法を用いているとしたら、それは程度にもよるが「いかさま」ということになってしまう。

 つまり、本来ギャンブルは最終的には必ず損をする遊びである。仮に「ギャンブルのプロ」がいるとしたら、それは「ギャンブルが確率に支配されるゲームである」ということを知った上で、自らの財布の範囲で遊ぶ人のことである。

ギャンブル依存症と犯罪の関係

 ギャンブル依存症の罹患者は、こうした本来の「ギャンブルのプロ」が持つべき現実認識がドーパミンの過剰反応などにより阻害されていくのだが、本人は発病に気がつけないため、これまで通り自己管理ができるつもりでいる。その結果、自らの経済的な許容範囲を超えて「ギャンブルをするためにギャンブルをする」ということを繰り返してしまう。結果としてギャンブル依存症の罹患者は長期的には負けが込み、最後は必ず借金の問題を抱えることになる。

 しかしながらギャンブル依存症罹患者は「自力ではギャンブルを辞められない」という状況にあり、またドーパミンの過剰反応は、思考を司る前頭葉に強く影響するため「ギャンブルで作った借金をギャンブルによって返す」という認知のゆがみが起きてくる。そしてそれに気づけず、「借金に借金を重ねる」「ウソをついて他人から金を借りる」などの経済的に持続不可能な手段をもって再びギャンブルに挑み、さらに借金を重ねていく。

 そして、合法的な手段が継続不可能になった時、しばしばギャンブル依存症罹患者は横領や強盗といった犯罪に手を染めてでも再びギャンブルの元手となる資金を確保しようとする。
 これが、ギャンブル依存症が犯罪を招くメカニズムである。

ギャンブル依存を原因とした経済犯罪件数は?

 では、実際のギャンブルと犯罪の関係について詳細を見ていこう。
 まずは経済犯罪について概観する。以下は2014年の主要なギャンブルにまつわる経済事件を金額順にまとめたものである。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/b/6/550/img_b616eba7176bf499a832fc69ab60115064013.png2014年のギャンブルにまつわる主要な経済事件。「ギャンブル依存症問題を考える会」の協力により集計。
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 ギャンブルにまつわる経済事件は、その性質上、企業における横領・着服事件が主となり、表の中で挙げられた事件でも競馬、FX、パチンコなどに横領した資金が使われている。

 警察庁の犯罪統計*1によると、我が国における業務上横領罪の件数は近年認知件数ベースで1000件程度(平成22年:959件、平成23年:939件、平成24年:1029件)、検挙件数ベースで700件程度(平成22年:674件、平成23年:679件、平成24年:701件)となっているが、まずはこのうちどの程度がギャンブル絡みの事件なのかということについて考えていきたい。

 警察庁の統計*1によると、業務上横領事件の35~40%程度(平成22年:38.0%、平成23年:40.5%、平成24年:35.5%)が「遊興費充当」を動機とするものとされている。統計の定義上、ギャンブル依存を動機とする事件もここに含まれるのだが、残念ながら公式統計ではこれ以上の内訳がない。

 そこで推計手法としてやや粗いが、ここでは「多重債務問題の現状と対応に関する調査研究」(国民生活センター)のデータを参考にしてさらなる内訳を推計したい。

 この調査では多重債務者の借入の要因をギャンブル費と遊興費を別にして集計しているのだが、借入に至った理由について、当初段階では13.0%がギャンブル費で8.5%が遊興費、返済困難時では12.0%がギャンブル費で7.7%が遊興費とされており、どちらも両者の割合の比率は概ね3対2と、ギャンブル費が上回っている。

 返済が困難になりながらもギャンブルや遊興を続けるのは、依存症状が出ていると考えられるので、上述の業務上横領罪の動機とされる「遊興費充当」について、ギャンブル費と(ギャンブル以外の)遊興費の内訳比率をここでは仮に3対2と考えることとしたい。

 過去3年間の業務上横領罪の動機のうち遊興費充当に該当するものは平均38.0%なので、それに5分の3を乗じた22.8%程度をギャンブル費充当が目的の横領・着服事件とする。この22.8%という数字を過去3年間の業務上横領件数の平均976件と掛け合わせた「223件」を我が国で起きているギャンブル依存症を原因とする横領・着服と考えることにしたい。

ギャンブル依存が原因の経済犯罪の規模

 この平均的なギャンブル依存症を原因とした業務上横領の件数「223件」に、1件当たりの平均金額を乗じると、我が国のギャンブル依存症を原因とする横領・着服の規模が分かることになる。

 しかし、ギャンブル依存を原因とする横領・着服事件は金額のバラつきの幅が大きいという特徴がある。近年では、大王製紙の経営者であった井川意高氏が2010年4月から2011年9月までの総額で100億円を超える金を不正に引き出し、マカオシンガポールのカジノに使い込んだことが話題となったが、他にも2014年にはNEC系の子会社の社員が15億円、2015年には北越製紙の社員が25億円弱のギャンブル依存症を動機とした巨額の横領・着服事件を犯している。

 他方、パチンコなどの借金を原因とした数百万円規模の小規模な事件も多い。これを「平均金額」という観点で分析するとその性質が上手く反映されない可能性がある。

 例えば2010~2012年に金額も含めて報道があったギャンブルを原因とする32件の業務上横領犯罪の総額をカウントすると141億円程度となるが、そのうちの100億円弱は大王製紙の事件によるものである。この場合、大王製紙の案件を入れて平均を算定すると1件当たり4.4億円程度になるが、これを除くと平均1.3億円程度となり3億円以上も差が出てしまう。

 このようにギャンブル依存を原因とする経済犯罪の平均金額は、しばしば起こる巨額横領事件の有無・その規模に左右されてしまう。そこで、ここでは巨額な横領事件が判明しなかった2009年10月~2010年9月の期間を対象に詳細な調査を行った日本公認不正検査士協会の「横領等社内不正データ単年度分析」のデータを参考にすることにしたい。同調査では平均的な横領・着服事件の損害額の平均を4836万円としている。

 この値を先ほどの年間のギャンブル依存を原因とする横領・着服事件の件数である223件と掛け合わせると、我が国におけるギャンブル依存を原因とした経済犯罪の規模は、4836万円×223件で107.8億円弱ということになる
 ただし、実際のところギャンブル依存を原因とする数十億円規模の巨額横領事件は2年に1度程度の頻度で発覚しているので、この値には相当な下方バイアスがかかっていると考えられる

ギャンブル依存を原因とする凶悪犯罪

 当然、ギャンブル依存を原因とする犯罪は、経済犯罪に限るものでなく、強盗、殺人、児童虐待などの凶悪犯罪も見られる。例えば平成24年の強盗事件は2474件だがそのうち681件は遊興費充当目的とされる。仮に先ほどと同じように、このうちの5分の3程度がギャンブル依存によるものと考えると、400件程度の強盗の原因になったものと考えられる。

 実際に報道ベースで確認できる限りでも、以上の通り2012年中に6件のギャンブル依存絡みの殺人・殺人未遂および児童遺棄による放置死の事故が確認できる。

 なお、犯罪統計によると2012年の保護責任者遺棄責任致死罪の件数は4件なので、パチンコの熱中を原因とした上記2件でその半分を占めることになる。これはこの年に限ったことではなく、パチンコの熱中を原因とした児童遺棄は年間1~2件程度の毎年のように報じられている。

 ギャンブル依存症という病気は「自己責任」という言葉では片づけられないものである。以上で見てきたように、
〇(少なく見積もっても)毎年100億円以上の経済犯罪
〇 400件程度の強盗事件
〇 年間数件の児童遺棄事件
 などを引き起こす原因となっている。

 我が国においてギャンブル依存症問題は長らくほとんど対策を取られることなく放置され続けてきたわけだが、改めて、パチンコの射幸性抑制、予防教育の推進、学生・多重債務者等のギャンブルの制限、治療費の支援など総合的な対応策の在り方を見直すべき時が来ているのではないだろうか。

 本記事は「ギャンブル依存症問題を考える会」の全面協力のもと作成した。