9月30日投開票の沖縄県知事選は、社民党共産党立憲民主党、国民民主党沖縄社会大衆党の支援を受けた玉城デニー自由党幹事長が39万6632票を獲得し、自民党公明党日本維新の会などが推薦する佐喜真淳氏に8万票以上の差をつけて圧勝した。自民党総裁選で3選を果たしたばかりの安倍晋三首相にとって、与党が全力を注いだ選挙での敗北は今後の政権運営を考えるうえで大きな痛手となったようだ。今回の知事選の舞台裏と安倍政権の今後への影響について、政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏に聞いた。(取材・文/清談社)

弱体化しつつあった「オール沖縄」を
再結束させた翁長前知事の遺志

沖縄知事選で佐喜真氏に圧勝した玉城デニー氏自民党支持者の2割、公明党支持者の3割も玉城氏に投票したことが明らかになった今回の選挙。基地建設を強引に進める安倍政権に対して、沖縄県民が「ノー」を突きつけたかたちだ 写真:小早川渉/アフロ
 4年前の知事選で名護市辺野古への米軍基地建設の反対を掲げて当選した翁長雄志前知事は、社民党共産党自由党沖縄社会大衆党などの政党や、翁長氏と同様に自民党を離党した地方議員、保守系財界人らによって結成された「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議(略称・オール沖縄)」を支持基盤としていた。
 だが最近では、今年2月の名護市長選挙で、辺野古移転に反対する稲嶺進市長(当時)が自公の推す渡具知武豊氏に敗北するなど、「オール沖縄」の弱体化がささやかれていた。10月に知事選挙が迫るなか、今年5月、翁長前知事は膵臓がんで闘病中であることを発表。「オール沖縄」陣営には、さらなる衝撃が走った。
 しかし、翁長前知事は、病を抱えながらも、国に対して最後まで沖縄の立場を訴え続けた。鈴木氏によると、こうした翁長前知事の姿勢が今回の選挙結果に大きな影響を与えたという。
「翁長前知事は病気の公表後も、引退表明や後継者指名をせず、公務に復帰し、亡くなる少し前の7月27日には、翁長氏の前任だった仲井真弘多氏が行った埋め立て承認の撤回を表明するなど、最後まで国と戦う気丈な姿勢を見せていました。結果的に、翁長氏の死去により弔い合戦となったことが『オール沖縄』陣営の団結を促し、士気を高めた面があるでしょう」(鈴木氏、以下同)
 また、翁長前知事が生前、後継者の1人として玉城氏の名前を挙げていた事実も、玉城氏が翁長氏の後継者として有権者に幅広く認識される一助となったようだ。

無党派層の取り込みが
勝敗を決したカギに

 では玉城陣営は、今回の選挙をどのような戦術で戦っていたのか。選挙中、玉城氏の所属する自由党小沢一郎代表や、立憲民主党枝野幸男代表など、野党の国会議員は積極的に沖縄に応援に入っている。だが、玉城氏と並んで街頭に立つことはほとんどなかった。
「玉城氏は、4期国会議員を務めた高い知名度を背景に、無党派層を意識して政党色を薄め、幅広い層の支持を取り込むことに成功しました。支援する野党各党も、その戦術を理解し、それぞれが突出せずに、自党の支持基盤を固めることに徹した選挙をしていました」
 一方、敗れた佐喜真陣営の戦術にはどのような問題点があったのか。鈴木氏によると、自民党公明党は、8月から現地に選対幹部を常駐させる必勝の体制を築き、戸別訪問や企業まわりを中心に徹底した組織選挙を展開していたという。
「佐喜真氏は、基地問題には一切言及せず、『対立から対話へ』を掲げ、表向きは政党色を消すようにしていました。ですが、実質的には与党側は、裏でガチガチの組織選挙を行いました。勝負は無党派層の取り込みでしたが、知名度や、このところの基地問題での政府の強権的な姿勢に対する反感などで、無党派層は玉城氏に流れたと言えそうです」

与党が劣勢を挽回しようと悪あがき
ニセの情勢調査が飛び交った

 選挙結果は、事前のメディアの接戦報道とは異なり、玉城氏が圧勝する結果となった。実は、多くのメディアが接戦報道をしたのは、選挙情勢をめぐり、真偽不明のさまざまな情報が飛び交っていたからだという。
「中立的なメディアの世論調査では、当初から知名度のある玉城氏がダブルスコアでリードし、その後も常にリードしていました。ですが与党側は、劣勢を少しでもはね返そうと、メディアに対するリークなども見られましたね」
 実際、与党側は、与党独自の世論調査の結果として、最初が10ポイント差、1週間前が5ポイント差、5日前が3ポイント差、3日前が1ポイント差と、佐喜真氏が玉城氏を徐々に追い上げつつあるかのような数字を意図的に流布させていた。またそれだけに限らず、「出口調査では玉城氏と回答しつつ、実際には佐喜真氏に投票する隠れ佐喜真支持者が多い」という情報までも流されていたという。
 現実には、佐喜真氏の追い上げがあったものの、玉城氏は10%前後のリードを最後まで確保していたようだが、メディアのなかには、こうした情報戦の影響を受けて佐喜真氏の勝利を予測していた社すらあった。
 最終的な出口調査の結果では、自民党支持者の2割、公明党支持者の3割が玉城氏に投票、勝負のカギを握る無党派層も、7割が玉城氏に投票していた。
「やはり、多くの沖縄県民は、基地建設を強引に進める安倍政権の手法に対して、ノーという強い意志を持っていました。かつての自民党には、梶山静六氏などのように、対話を重ねて丁寧に物事を進める議員もいました。ですが、現在の安倍政権は、仲井真前々知事の方針転換以降、潤沢な沖縄振興予算と引き換えに基地容認を強いる、いわば『アメとムチ』でやってきた。これでは今後も沖縄の人たちの幅広い理解を得るのは難しいでしょう」

安倍首相の憲法改正の障害は
創価学会公明党の動き

 総裁選に勝利したばかりの安倍首相にとっては冷や水を浴びせられた選挙となったが、今後、普天間基地の移設はどうなるのか。
「今回の選挙結果を受けて、政権側も、すぐに強硬策に出るのではなく、様子見をすることはありえます。ただ抜本的な解決策や効果的な懐柔策はないでしょうから、政府としては、引き続き粛々と工事を進めていくというスタンスは崩さないでしょう」
 さらに鈴木氏は、今回の敗北が今後の政局にも影響を与えると指摘する。
「安倍政権にとって影響の強い知事選挙は3つ。原発再稼働を抱える新潟県基地問題を抱える沖縄県、農産物の一大産地でTPP問題を抱える北海道。6月の新潟知事選では勝ったとはいえ、今回、沖縄で大敗した影響はとても大きい」
 今回の選挙では、公明党の最大の支持団体である創価学会の学会員が、党の方針に離反し、玉城氏の支持に回る動きがあったが、この動きも与党に衝撃を与えた。
「元々、沖縄の学会のみなさんは平和運動をやってきた。平和というのは学会員の支柱でもあるのです。今後、3選を果たした安倍首相は残り任期で憲法改正をやると声高に言っていますが、9条改正などを進めていくと、学会員から反発が出る可能性は高い。公明党は去年の総選挙に敗れてから、党勢立て直しのために来年の統一地方選参院選で必勝を目指していますが、そんな中で組織が結束するためには憲法改正などには乗れない。公明党幹部も、『参院選まではやれない』と話しています。そうなると安倍首相の憲法改正がついえて政権が一気に求心力を失うこともあり得る。政権にとっては、今後の大きな不安要素です」
 永田町では、追い込まれた安倍政権が、来年の参院選に合わせて衆議院を解散し、ダブル選挙を打つ可能性についてもささやかれている。今回の知事選の敗北が未曽有の長期政権となる安倍政権にどのような影響を与えていくことになるのか。なんにしても沖縄知事選で負けたことが、今後の政権運営に大きなマイナスだったことは間違いないだろう。