なぜ一言「百条委員会のメンバーへの誹謗中傷はやめましょう」と言わなかったのか。元兵庫県議死亡“事件”で問われる斎藤知事の抑止力
1月18日、斎藤兵庫県知事のパワハラ疑惑を巡る百条委員会のメンバーを務めていた元兵庫県議が自宅から救急搬送され、病院で死亡が確認されました。各種報道によると、元県議はネット上のいわれなき誹謗中傷に苦しんでいたといいます。このような事態を回避する手立てはなかったのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、リーダーである斎藤知事の言葉の重たさに注目し、「SNS上の言葉の暴走」に歯止めをかけられた可能性を指摘しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:暴走する言葉と「リーダーの言葉の力」
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
元兵庫県議を自死に追い込む。暴走する言葉と「リーダーの言葉の力」
なんとも言葉にし難い“事件”(あえて事件と言わせてください)が、また起きてしまいました。
兵庫県の斎藤知事のパワハラの疑いなどを告発する文書をめぐり、設置された百条委員会のメンバーだった元兵庫県議会議員の男性が亡くなりました。自死とみられています。
報道によると男性は、昨年11月の知事選に斎藤元彦知事が再出馬したあと、インターネット上でのひぼう中傷などを理由に議員を辞職。家族にも被害が及んでいて「家族を守るため」だったそうです。
しかし、その後も誹謗中傷は続き、去年11月以降、男性の名前がタイトルに含まれている動画は少なくとも120本投稿されていて、再生回数が最も多かったのは「県警から事情聴取を受けていて、元局長の告発や自殺などに関与している可能性が高い」などといった根拠ない主張が含まれる動画で、150万回近く再生されていました。
19日に訃報が伝えられた後もなお続いていて、Xには「兵庫県警から任意の取り調べを受けていた。こんなことなら逮捕してあげた方がよかったのに」との投稿が400万回閲覧されていたそうです。
兵庫県警トップが、20日の県議会警察常任委員会で「逮捕が間近だった」などとするSNSの情報を「事実無根で、明白な虚偽がSNSで拡散されていることは極めて遺憾」などと述べています。
いったいなぜ、こんなデタラメな情報が出回ったのか。斎藤県政をめぐる“事件“は、何人の犠牲者を出せば終わるのでしょうか。合点のいかないことばかりです。
そもそもこの問題は、本メルマガのVol.388でも取り上げたとおり、昨年3月12日に元県民局長だった男性職員が「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為について」と題する告発文を一部報道機関に送付し、その事実を知った斎藤知事が「犯人探し」を県幹部らとはじめたことに起因しています。
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知事側は「元幹部職員の関与の可能性」が浮上した後、元幹部職員の公用メールから文書が送られていたことを突き止めました。
ここで終われば、まだ救いはありました。が、なんと県側は元幹部職員を6回にもわたって聴取を行い、3月25日には元幹部職員のパソコンを押収したのです。パソコンには告発文のデータが残されており、県側は27日、元幹部の定年退職(3月末予定)を取り消し、役職を解任します。
4月4日に元幹部職員は「公益通報制度」を利用して件の窓口に通報し、担当部署が手続きを開始。そして7月、元幹部職員が亡くなるという、最悪の事態に発展しました。
斎藤知事が行使しなかったリーダーにしか手にできない力
なぜ、最初から「公益通報制度」を使わなかったのか?という声もありますが、これはごく自然なこと。問題が表に出ないまま、握りつぶされてしまうリスクが多分にあるからです。だからこそ「内部告発」という手段に出るしかないのです。
一方で、県議会が設置した百条委員会は、すべての県庁職員にアンケート調査を行い、8月中旬には中間経過を発表し、兵庫県議と弁護士で構成する「準備会」が真偽を調査する第三者機関を設置。今年3月上旬をメドに報告書を取りまとめるとしていました。
知事に再選された直後の20日に開催された百条委員会には、知事会を理由に斎藤知事は欠席。25日には斎藤氏を除く県幹部ら3人に対し、公益通報に関する対応や告発文書に記された疑惑を総括的に尋問するなど、報告書作成にむけて調査は続いていました。
つまり、問題の本質は何一つ解明されていないのに、関係者が命を断つ“事件“が続いているのです。
さまざまなことが今回、報じられています。私自身、いろいろと思うことはあるし、怒りも感じているし、なんとも言えない不気味さもかんじています。
ただ一つだけ言えるのは、11月の選挙戦の時から、SNS上を言葉の暴力が横行し、知事選後はさらにエスカレートしたわけです。これを止めることをできたのはただ1人。斎藤知事です。
再選された際、選挙期間中にSNSでひぼう中傷などが飛びかっていたことを問われ「もともと、能登半島地震のときの真偽不明の情報など、災害時に間違えた情報が流布することは問題だという認識だ」と述べた上で、「ことし7月に有識者会議を立ち上げて、議論していくという方向で検討を進めてきた。有識者会議の議論を見据え、準備できれば条例案を提出すると思う。県民の暮らしを守るため意義がある」とし、条例の制定を検討していく考えを示しましたが、県議などに対する誹謗中傷に触れることはなかった。
20日に県庁で報道陣の取材に応じたときも、「SNSなどによる誹謗中傷はしてはならない」「多くの国民や県民が冷静な使い方をすることが大事」「SNSは理性的に運用されることが大事」と繰り返すだけでした。
「災害時に間違えた情報が流布する」のは確かに問題です。しかし、自分の周りで起きている誹謗中傷にもっと目を向けてくれれば、救われた人がたくさんいたのではないでしょうか。言葉の暴走に歯止めをかけもできたと思うのです。
リーダーである知事の言葉は重たいものです。一人一人に訴える力は、リーダーしか手にできない「武器」でもあります。知事がたったひとこと「百条委員会のメンバーへの誹謗中傷はやめましょう」と言うだけもいいし、「どんな事情であれSNSの誹謗中傷を許さない!」と訴えるだけでもいい。それだけの言葉を力という武器を知事は持っているのです。それだけの権力を持つ立場にいらっしゃるだけに、残念でなりません。