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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和七年(2025年)10月24日(金曜日)弐
通巻第8998号
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中国共産党、四中全会でホントは何が起きていたか
軍事委員会の失脚三名の空席は埋まらず、張昇民が副主任に
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10月20日から非公開で開催されていた中国共産党・第20期中央委員会第4回総会(4中全会)が23日に閉幕した。注目された人事は汚職事件で空席となっていた党中央軍事委員会副主席に張昇民が昇格したと発表があっただけ。軍幹部ならびに元閣僚ら14人を党籍剥奪処分とすることが正式に発表された。
経済政策(第15次5か年計画)は、2035年までに「総合的な国力と国際的影響力を大幅に高め、科学技術の“自立自強”をめざす」と例によって曖昧な文言が並んだ。具体的にはAIなどのハイテク産業の振興を加速し、内需低迷に対しては「消費を力強く振興」と謳われた。直面している未曾有の経済危機に関しての言及はなかった。
粛正された中国人民解放軍・党中央軍事委員会のメンバーにはナンバー3だった何衛東・中央軍事委員会副主席、苗華、台湾方面を管轄する東部戦区司令官だった林向陽らが含まれる。しかも、この人事は最初、国防部から発表されたが、しばらく党からの正式発表がなく、今回の四中全会で承認という異例のかたちになった。
失脚した軍人の殆どが福建閥であり、習近平子飼いの軍人だったから様々な憶測が飛び交った。
第一に軍事システムのトップ七名のうち、三名が不在となり、張昇民がナンバー3の「副主任」に昇格したものの、欠員三名の補充はなかった。
第二に軍トップの機構で習近平閥が不在となった意味は習近平が軍を押さえていない明らかな証拠ではないか、習にリーダーシップ欠如が露呈したのではという分析が多かった。
第三にいずれの失脚理由も「綱紀粛正」「党規則違反」、つまり汚職であり、ポストを『買う』という伝来の習慣が一向に改善されていないことをしめす。
第四に生き残ったナンバー2の張又任侠はすでに老齢であり、太子党(紅二代)ゆえに、習のキッチンキャビネットの一員とも言えるが、あるいは張自身が軍を掌握するためにしかけたというシナリオがあったとする分析もでた。
しかしかのトウ小平も、64天安門事件で軍を仕切らせた楊尚昆を、用済みとなったら失脚させたように、習近平は、この軍騒動が収まれば、張又侠を引退に追い込むのではないか。
さてこれまでの動きを見ていると明王朝末期の崇禎帝を連想する。
賢君として内政に辣腕を振るったとも言われる明王朝第十七代皇帝は、後金の侵攻を受け、華南では李自成の反乱が起きた。崇禎帝は色事にふけらず、倹約を心がけていた。綱紀粛正は緊張を産む一方でモラルが弛緩する。(似ているなぁ)
崇禎帝は部下の動向を監視しなければ落ち着かないほど深い猜疑心の塊で、重臣を次々と誅殺してきた。最後に名将といわれた袁崇煥を誅殺したため、軍は一気にモラル崩壊となった。
在位17年間で誅殺された重臣は総督7名・巡撫11名。その他に罷免、左遷は数えきれず、討伐軍を差し向けると裏切って李自成軍に逃亡する始末だった。
李自成軍は北京を包囲し、諸官は全員が紫禁城からいなくなった。文字通り、宦官の護衛ひとりをのぞいて「誰もいなくなった」のだ。
紫禁城の裏側、景山で首を吊って果てた。明王朝は滅亡した。その李自成とて、順王朝を建国して皇帝を名乗ったが、瞬く裡に清に滅ぼされるのである。
「歴史は繰り返す」
明王朝滅亡の過程を、習王朝衰滅の過程にかさね会わせてみた。
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