韓国旅客船沈没 遺族と生存者家族が病院で衝突…
聯合ニュース 4月21日(月)15時6分配信
韓国南西部、珍島(チンド)沖で発生した旅客船セウォル号沈没事故で死亡した檀園高校の学生の遺族らと、奇跡的に生還し入院治療中の学生の家族らが衝突を起こし、周囲をがっかりさせた。
病院関係者は「病院内に葬儀場と病室が存在するため、そのような争いが広がったようだ」と心配した。
去る20日午前、京畿道(キョンギド)・安山市(アンサンシ)・檀園区(ダンウォンク)コジャン1洞コリョ大学校安山病院本館1階のロビーでは、病院内の葬儀場に遺体が安置されたある遺族と、生存学生の家族間で、衝突が起こった。
遺族Aさんは、患者衣姿で腕に点滴をした学生が保護者と共に横を通ると、「うちの子はいったいどこへ行ったんだ…」と言い放った。予想外の攻撃を受けた 学生の保護者Bさんも激憤し、「うちの子は罪人なのか。なぜうちの子に文句を言うのか」と対立した。2人は病院の保安担当職員に制止され、おおごとにはな らずに済んだ。
19日午後にも、ある行方不明者の家族が同病院に入院中の教諭Cさんのもとを訪れ、「子どもたちのことは放っておいて、ひとり入院しているのか。わたし たちに謝罪でもすべきではないか」と抗議する場面があった。結局、Cさんは別の病院に移り入院したが、深刻な不安感を訴えているという。
病院側はこのような衝突に関して、遺族と生存者家族が同じ場所で顔を合わせることのないように配慮を行う方案を検討している。
安山病院の関係者は「檀園高校がまもなく通常授業を再開すると明らかにしたため、入院中の学生たちも退院手続きをしていくことになる」とし、「遺族たちの心境が心配だが、つらくても考え直し、さらなる傷を増やさないでほしい」と話した。
4月21日14時現在、同病院には5~12階の病棟に生存者(学生)73名と行方不明者の母親1名が入院しており、すぐ横の葬儀場には学生6名の遺体が安置されている。
病院関係者は「病院内に葬儀場と病室が存在するため、そのような争いが広がったようだ」と心配した。
去る20日午前、京畿道(キョンギド)・安山市(アンサンシ)・檀園区(ダンウォンク)コジャン1洞コリョ大学校安山病院本館1階のロビーでは、病院内の葬儀場に遺体が安置されたある遺族と、生存学生の家族間で、衝突が起こった。
遺族Aさんは、患者衣姿で腕に点滴をした学生が保護者と共に横を通ると、「うちの子はいったいどこへ行ったんだ…」と言い放った。予想外の攻撃を受けた 学生の保護者Bさんも激憤し、「うちの子は罪人なのか。なぜうちの子に文句を言うのか」と対立した。2人は病院の保安担当職員に制止され、おおごとにはな らずに済んだ。
19日午後にも、ある行方不明者の家族が同病院に入院中の教諭Cさんのもとを訪れ、「子どもたちのことは放っておいて、ひとり入院しているのか。わたし たちに謝罪でもすべきではないか」と抗議する場面があった。結局、Cさんは別の病院に移り入院したが、深刻な不安感を訴えているという。
病院側はこのような衝突に関して、遺族と生存者家族が同じ場所で顔を合わせることのないように配慮を行う方案を検討している。
安山病院の関係者は「檀園高校がまもなく通常授業を再開すると明らかにしたため、入院中の学生たちも退院手続きをしていくことになる」とし、「遺族たちの心境が心配だが、つらくても考え直し、さらなる傷を増やさないでほしい」と話した。
4月21日14時現在、同病院には5~12階の病棟に生存者(学生)73名と行方不明者の母親1名が入院しており、すぐ横の葬儀場には学生6名の遺体が安置されている。
<Wコラム>「セウォル(歳月)号」と「ありあけ(有明)号」の事故、5年の時差と69年の文化の差
韓国の旅客船「セウォル(歳月)号」の沈没事故が日本のマスコミで連日取り上げられている。韓国のマスコミでは、5年前の2009年に日本の三重県沖合で発生した旅客船「ありあけ(有明)」の事故が再び注目を浴びている。
「ありあけ事故」とは旅客船「ありあけ」の左舷後部が強い波を受け、船に積載されていたコンテナや車などの貨物約2400トンが瞬時に片側に傾き、船がバランスを失って、倒れた事故である。
今回の沈没事故の直後にも「セウォル号」が日本で建造され、中古船舶の状態で韓国に輸出されたと報道されていたが、事故原因が未だハッキリと究明されていないこともあり、日本の「ありあけ事故」に対する関心が高まっているのだ。
現地の韓国側の報道では主に両旅客船の共通点にフォーカスされており、「建造年」、「造船所」、「重量」、「速度」、「傾き方」が兄弟のように酷似していると伝えられている。
両旅客船とも水深が浅い沖合で90度近く傾いたことや、乗客とコンテナ貨物を一緒に乗せる船舶ということ、同じ造船所で建造されたなどの共通点がある。 「セウォル号」が韓国に渡る前まで、「ありあけ」を運航していた日本のフェリー会社が「セウォル号」を運航していた縁もある。
確かに、事故直後の膨大な関連情報が錯綜している今の韓国側にとってみれば興味深い事実かもしれない。「セウォル号」の生存者救助作業が難航している分、共通点の多い日本の「ありあけ事故」から何らかの手がかりを掴みたいところだろう。
現地の専門家からも、「最初に傾いた原因は違っていても沈没時の展開過程は似ている」という声が上がっている。
「セウォル号」や「ありあけ」のように、船舶のスピードを向上させるため船体を細長の流線型にした旅客船は、バランスを崩す確率が高くなるようだ。国土交通省は、事故防止対策検討委員会で、船舶内の貨物を固定させる改善策を発表していた。
韓国の「セウォル号」を運営・管理する関係者たちに、このような日本の情報が伝わったのかは確かではない。
「セウォル号」と「ありあけ」の両旅客船のスペックや事故の物理的なプロセスにおける共通点は興味深いところではあるが、韓国のマスコミとしては、ただ共 通点を並べて報道するだけではいけない。日本の「ありあけ」事故から見習うべきところを明確にピックアップして関係各位に植えつけるべきではなかろうか。
「ありあけ事故」では、トラブル発生後も落ち着いてマニュアル通り対応した船長と、速やかに救助にかけつけた海上保安庁の活躍で人命被害は発生しなかった。最後まで船を守った船長を含む1等航海士ら6人も、救命ボートを降ろして海に飛び込み全員救助されている。
船は似ていたようだが、乗務員の正確なマニュアル遂行能力と救助組織の熟練度においては、日韓両国で大きな違いがあったのだ。両旅客船の「共通点」よりも、むしろ「相違点」を報道したほうが、韓国における事故の再発防止には役立つはず。
韓国は、昨年の7月に起きたソウル発アシアナ旅客機の着陸失敗事故(死者3名)から何を学んだのだろうか。当時も同社の事後対応が批判され、同社の社長は 「全ての運行責任は機長にある。」とのコメントまで発言していた。今回の「セウォル号」でも、船長の無責任な行動とプロ意識の欠如や無知な避難指示によっ て多くの尊い命が奪われた。
150年前、欧米の「文明」は日本でアジア化しはじめた。100年前、日本の植民地政策の一部としてその 「文明」は韓国に渡った。そして、69年前、日本の植民地から独立した韓国は、日本を目標とし、日本から学んで、日本をモデルとして、その「文明」を発展 させてきた。そして、近年の韓国の「文明」は日本と競争できるレベルまでとなった。その過程の韓国で、日本の「文化」は、「植民地清算」のモットーで、徹 底的にタブーにされてきた。
日本から韓国に渡った「セウォル号」と日本に残った「ありあけ」は、この69年間の日本と韓国の「文明」を象徴しているかも知れない。しかし、「セウォル号」の運営と「ありあけ」の運用の差は大きい。同じ「文明」を運用する「文化」の違いは大きかった。
事故を研究する多数の研究者は言う。事故は数多い偶然や必然が重なって発生するそうだ。現在の情報だけで判断すると、「セウォル号事故」も数々の偶然と必 然が重なっている。船長の休暇、代行船長の引き継ぎ不足、天気の不安、出航の遅れ、航路変更、船の構造変更、過剰な積載量、提出書類の偽り、操舵のミス、 強い海流、装備の異常、不完全な修理、事故後の乗務員の責任放棄、平素の安全教育の不足、関係機関の遅い対応、などがあった。ここまでの複合的な原因があ るのならば、今の韓国の「文明」には本当に「文化」の問題があるはずだ。
今の韓国の「文明」を運用する「文化」を、儒教の伝統を含め、韓国の伝統文化から探すか、あるいは同じ文明の運用実績をもつ日本の文化から探すか、それは韓国の選択である。
但し、韓国の人々の安全と幸せな生活のために、世界一グレードの高い日本の安全意識やプロ根性、運用システムなどを「文化」として受け入れられた時、韓国は独立後に自ら作り上げてきた「植民地の呪縛」から自由になるはずだ。
「ありあけ事故」とは旅客船「ありあけ」の左舷後部が強い波を受け、船に積載されていたコンテナや車などの貨物約2400トンが瞬時に片側に傾き、船がバランスを失って、倒れた事故である。
今回の沈没事故の直後にも「セウォル号」が日本で建造され、中古船舶の状態で韓国に輸出されたと報道されていたが、事故原因が未だハッキリと究明されていないこともあり、日本の「ありあけ事故」に対する関心が高まっているのだ。
現地の韓国側の報道では主に両旅客船の共通点にフォーカスされており、「建造年」、「造船所」、「重量」、「速度」、「傾き方」が兄弟のように酷似していると伝えられている。
両旅客船とも水深が浅い沖合で90度近く傾いたことや、乗客とコンテナ貨物を一緒に乗せる船舶ということ、同じ造船所で建造されたなどの共通点がある。 「セウォル号」が韓国に渡る前まで、「ありあけ」を運航していた日本のフェリー会社が「セウォル号」を運航していた縁もある。
確かに、事故直後の膨大な関連情報が錯綜している今の韓国側にとってみれば興味深い事実かもしれない。「セウォル号」の生存者救助作業が難航している分、共通点の多い日本の「ありあけ事故」から何らかの手がかりを掴みたいところだろう。
現地の専門家からも、「最初に傾いた原因は違っていても沈没時の展開過程は似ている」という声が上がっている。
「セウォル号」や「ありあけ」のように、船舶のスピードを向上させるため船体を細長の流線型にした旅客船は、バランスを崩す確率が高くなるようだ。国土交通省は、事故防止対策検討委員会で、船舶内の貨物を固定させる改善策を発表していた。
韓国の「セウォル号」を運営・管理する関係者たちに、このような日本の情報が伝わったのかは確かではない。
「セウォル号」と「ありあけ」の両旅客船のスペックや事故の物理的なプロセスにおける共通点は興味深いところではあるが、韓国のマスコミとしては、ただ共 通点を並べて報道するだけではいけない。日本の「ありあけ」事故から見習うべきところを明確にピックアップして関係各位に植えつけるべきではなかろうか。
「ありあけ事故」では、トラブル発生後も落ち着いてマニュアル通り対応した船長と、速やかに救助にかけつけた海上保安庁の活躍で人命被害は発生しなかった。最後まで船を守った船長を含む1等航海士ら6人も、救命ボートを降ろして海に飛び込み全員救助されている。
船は似ていたようだが、乗務員の正確なマニュアル遂行能力と救助組織の熟練度においては、日韓両国で大きな違いがあったのだ。両旅客船の「共通点」よりも、むしろ「相違点」を報道したほうが、韓国における事故の再発防止には役立つはず。
韓国は、昨年の7月に起きたソウル発アシアナ旅客機の着陸失敗事故(死者3名)から何を学んだのだろうか。当時も同社の事後対応が批判され、同社の社長は 「全ての運行責任は機長にある。」とのコメントまで発言していた。今回の「セウォル号」でも、船長の無責任な行動とプロ意識の欠如や無知な避難指示によっ て多くの尊い命が奪われた。
150年前、欧米の「文明」は日本でアジア化しはじめた。100年前、日本の植民地政策の一部としてその 「文明」は韓国に渡った。そして、69年前、日本の植民地から独立した韓国は、日本を目標とし、日本から学んで、日本をモデルとして、その「文明」を発展 させてきた。そして、近年の韓国の「文明」は日本と競争できるレベルまでとなった。その過程の韓国で、日本の「文化」は、「植民地清算」のモットーで、徹 底的にタブーにされてきた。
日本から韓国に渡った「セウォル号」と日本に残った「ありあけ」は、この69年間の日本と韓国の「文明」を象徴しているかも知れない。しかし、「セウォル号」の運営と「ありあけ」の運用の差は大きい。同じ「文明」を運用する「文化」の違いは大きかった。
事故を研究する多数の研究者は言う。事故は数多い偶然や必然が重なって発生するそうだ。現在の情報だけで判断すると、「セウォル号事故」も数々の偶然と必 然が重なっている。船長の休暇、代行船長の引き継ぎ不足、天気の不安、出航の遅れ、航路変更、船の構造変更、過剰な積載量、提出書類の偽り、操舵のミス、 強い海流、装備の異常、不完全な修理、事故後の乗務員の責任放棄、平素の安全教育の不足、関係機関の遅い対応、などがあった。ここまでの複合的な原因があ るのならば、今の韓国の「文明」には本当に「文化」の問題があるはずだ。
今の韓国の「文明」を運用する「文化」を、儒教の伝統を含め、韓国の伝統文化から探すか、あるいは同じ文明の運用実績をもつ日本の文化から探すか、それは韓国の選択である。
但し、韓国の人々の安全と幸せな生活のために、世界一グレードの高い日本の安全意識やプロ根性、運用システムなどを「文化」として受け入れられた時、韓国は独立後に自ら作り上げてきた「植民地の呪縛」から自由になるはずだ。
珍島の旅客船沈没と日韓文化の違い
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