パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

ヤンリーピン本人の出番が 来たようだ、 果たして期待道理なのか?



あれからもう3年が過ぎた、 日本人も中国に対しての見方が変わったはずである。
日中友好なる言葉も 今はもう 嘘と言うことが 日本人には浸透した。
クラナゾ でチベットを前面に出したものの、     やはりヤンリーピン本人の出番が必要だと
理解されたかも。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ヤン・リーピン、ここに極まる。

中国の至宝と称される舞踊家ヤン・リーピンが、

持てるすべてを惜しみなく形にした最高傑作、いよいよ来日!


本作「ヤン・リーピン孔雀」は、2012年に中国で発表されるやいなや、嵐のような話題と評価を集め、ダンサーだけで50人を超す大作ながら、すぐに中国全土のツアーが決定。

 壮大で哲学的な世界観、胸を打つストーリー、豪華な衣裳とセット、迫力ある群舞、また何より、これまで磨き上げてきた技術を惜しみなく注ぎ込んだヤン・リーピンの踊りが絶賛されたのだ。

 もう封印されたと誰もが思っていたヤン・リーピンの孔雀の舞。日本でも『シャングリラ』や『ヤン・リーピンの“クラナゾ”』の中で披露され、観た人の心を鷲掴みにした奇跡の舞が、これまでのどの作品よりもたっぷりと、そしてスケールアップして披露されていることに誰もが驚いた。

 しかもうれしいことに、ソロ、デュエット、トリプル、群舞などあらゆるタイプのヤン・リーピンの舞踊が、かつてないボリュームで堪能できるという豪華さ。彼女は正式には年齢を公表していないが、キャリアを逆算して考えれば50歳をゆうに超えているはずで、本作で見せる圧倒的な体力と神々しい美しさは、常識を大きく外れて驚異的だ。年齢を経て、衰えどころか、むしろ余裕さえ感じさせる見事な舞踊は、今こそが彼女の最盛期ではないかと思わせるほど。

本作は間違いなく、ヤン・リーピンがすべてを注ぎ込んだ集大成である!!

《愛の物語こそが、孔雀にふさわしい。》
 これまで日本で上演されたヤン・リーピンの孔雀の舞は、孔雀の生態を舞踊へと変換し、芸術に高めたものであった。本作では、技術と芸術性の高さはそのままに、移り変わる四季を背景にした深遠なラブストーリーに創り上げた。豊かな自然の中で生命が生まれ、運命的な出会いを経て恋が生まれ、その愛が豊かに育ち反映をもたらす──。おごそかで祝祭的な愛の物語は、ヤン・リーピンが磨き上げてきた孔雀の舞いのテクニックが、存分に発揮される。孔雀の舞にふさわしい題材は、愛の物語なのだ。


 一方でヤン・リーピンは、孔雀の愛がカラスの邪悪な欲望の犠牲になるというストーリーラインも用意している。それも、カラスを一方的な悪者にするのでなく、美しさと愛に強く憧れる孤独で不器用な存在として描き、物語を苦く深遠なものにしたのだ。輝き、喜び、希望、美、清純と共に、渇きや陰影、寂しさや激しさなど、愛の全容を舞踊に込め、全身で踊り尽くす。それによって孔雀の舞は、一層深く観る人の記憶に刻まれるものになった。


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《四季の移り変わりと、生命の循環。》
この作品のストーリーの流れを支える重要な役割を担うのが、四季の流れ。

舞台上で変わってゆく春、夏、秋、冬という季節は、孔雀達の住む森の時間を表し、孔雀達の愛の形が変化していく様子に伴走する。

「ものごとはすべて変化し、命は繰り返します。仏教に輪廻という考え方がありますが、春夏秋冬という季節の変化の中で、それを表現したいと思いました」――ヤン・リーピンそのため、「神」「時間」という役柄も重要なポジションとして登場。

舞踊劇でありながら、哲学的な世界観をイメージ豊かに構築している。