パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

民主主義の優等生はだれ? 日本も社会を見まわして???


勝谷誠彦氏の有料ブログより転載

日本国は占領されたせいもあって、
アメリカのカルチャーをそのまま容認するところがある。しかし、こういうことができるかね。しろと言うのではない。私は日本人として嫌である。
 

ネバダ民主党員集会直前/存在感増すヒスパニック/不法移民の子が応援>

 http://mainichi.jp/articles/20160221/ddm/007/030/070000c
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米大統領選で民主党の党員集会が20日に開かれるネバダ州では、ヒラリー・クリントン国務長官(68)とバーニー・サンダース上院議員(74)の支持率が伯仲し、激戦が予想される。現地ではヒスパニック系の不法移民の子どもたちが選挙応援に加わり、存在感を増している。
 「不法移民は日陰の存在。改革のため、
声を上げて影響力を見せたかった」。サンダース陣営でボランティアをしている大学生のカサンドラアルバレスさん(22)の両親はメキシコからの不法移民。2012年の大統領令で合法的に米国滞在資格を得た不法移民の子ども「ドリーマーズ」の一人だ。投票権はないが戸別訪問やソーシャルメディアなどを通じて、サンダース氏の魅力を訴えている。>
 私たちの国では「在日」
に対してある種の感情があることは否定できないでしょう。しかし、アメリカではアッパラパーというか<合法的に米国滞在資格を得た不法移民の子ども>って凄いなあ。そのベースにはまだまだ労働力が足りないという事情がある。ドイツなどが比較的、移民に寛容なのもそういうことだ。しかしそれが、投票権がないにせよ、政治的な影響力を持つということを、私たちはもっと知っておく必要がある。アメリカって、素晴らしい民主主義の国だ」という無条件でのすりこみは危険だということだ。「合衆国」なのである。「衆愚」のテンビンはどちらにころぶかまったくわからない。しかしその結果が、世界最大の軍事力を持つ国の方向を決めるのだ。これはかなり怖いことだと私はずっと思っているのだが「アメリカはねえ」ときっと今日も今からテレビに出てるる「識者」は指摘しない。
 私はいろいろあっても日本国の方がずっと「まとも」
だと考えている。いろいろあるというのは、古くからの日本的な因習があって、嫉妬、イジワル、足の引っ張りあいなどが存在するということだ。面倒くさい。しかし、それによって日本的民主主義が機能している部分もある。民主主義と書くのも嫌だな。ダメなアメリカさんが持ち込んできたのだから。しかし持ち込んだアメリカも日本国でこういう化学変化が起きるとは考えていなかったことだろう。
 だからこそ、大統領選は面白い。「へえ、
アメリカが考える民主主義というのはこういうものなのだ」という視点で「ショウ」として観ていただきたいのである。大マスコミの報道は「アメリカ様がこんな決定を」になっている。「アホがショウやってるわ」とはならない。ワシントン特派員をおつとめてになった偉い解説者の方々を識るとなんでそうなるのかがわかる。偉いのね、よしよし。

 誰かが「もう、いいでしょう。生命維持装置外しますよ」
と言ってやれ。
 

<吉田党首「安倍政治終わらせる足がかり築く」/共産トップが初めて来賓に>

 http://www.sankei.com/politics/news/160220/plt1602200020-n1.html
 <社民党20日、都内で定期党大会を開いた。
吉田忠智党首はあいさつで、今年夏の参院選について「憲法改悪を阻止し、安倍政治を終わらせる足がかりを築く」と述べ、選挙準備を急ぐ考えを示した。>
 ミジメを通りすぎて哀れである。どうやっていまの社民党が、
自民党に勝つの。ビジョンを示していただきたい。これは、お歳なのであまり言いたくない。お元気で何よりだと思う。しかし、この老爺を呼び出す党の神経が知れない。

<村山元首相、シールズを「シリーズ」と言い間違え?/「安倍ごときが勝手に憲法解釈変えて」>

 http://www.sankei.com/politics/news/160220/plt1602200035-n1.html
 <3月に92歳の誕生日を迎える村山富市元首相が20日夜、
都内で開かれた社民党大会関連行事の「社会民主党20周年 交流の夕べ」であいさつし、存在感を示した。村山氏は「平和憲法が守れたらいつ死んでもいい」などと訴えた。>
 この見出しになるということを社民党は恥じた方がいい。つまり、
元首相のコメントの内容に、拾うべき何もなかったということだ私は実は村山富市元首相が嫌いではない。国難の時にこんなヒトが首相だったというのは難儀だなあ、とは思ったが、誠心誠意やっていたのはそうだろう。「勤勉な馬鹿ほどはた迷惑なことはない」というある哲学者の言葉をどうしても思い出すが。だからこそ「情緒」に流れるのを惜しむ。ちから及ばずといえども論理的な闘いの方向を示してこその健全な野党ではないか。そもそも「交流の夕べ」という名称が、終わっている。アホか。

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