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臓器狩り──中国・民衆法廷 第7回  偽りのドナー数

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臓器狩り──中国・民衆法廷

第7回

偽りのドナー数

 

臓器収奪の研究者と統計学者の証言

 2019年11月、中国発表のドナー数に対して統計学的に一石投じる文書が発表された。「死体臓器提供に関する公式データの解析により、疑問視される中国の臓器移植改革の信頼性」と題する研究記事(英語原文)は、BMC Medical Ethicsという医療倫理雑誌に掲載された。共産党犠牲者追悼基金の中国専門特別研究員マシュー・ロバートソン氏と統計学者のレイモンド・ハインド博士、そして連載コラム第6回で紹介したジェイコヴ・ラヴィー医師の三人の共著である。ちなみに、ロバートソン氏は現在、オーストラリア国立大学の政治国際関係科の博士課程で中国臓器収奪を研究中。感情を交えることなく、中国の臓器収奪問題を客観的に分析するロバートソン氏の証言や著書は注目に値する。

 2019年4月の第二回公聴会でローバートソン氏とハインド博士がオンラインで証言している。公聴会の時点ではまだ査読中であったため、この証言も2019年11月の発表以前はオンラインで公開されていなかった。しかし、一部の専門家に草稿が回覧されていたようで、連載コラム第3回で触れたように、国際移植学会の幹部も2019年2月に目を通している。

中国・民衆法廷の第二回公聴会(2019年4月)の様子。China Tribunal提供中国・民衆法廷の第二回公聴会(2019年4月)の様子。China Tribunal提供

二次方程式の放物線

 この研究では、2010年から2018年の死体臓器提供に関するデータの法医学的な解析が行われた。コンピュータ化されたCOTRS(中国臓器割当供給システム)、中国赤十字のデータを用いて、証拠を操作した形跡はないかをテストしていった。さらに統合性をテストする目的で5つの省のデータも用いられた。

 COTRSとは中央で管轄された公式数字であり、2013年9月1日に中国臓器提供移植委員会が全ての臓器源をこのCOTRSに登録するように義務付けている。ご参考までに、中国臓器提供移植委員会の理事・議長は、連載コラム第5回で取り上げた黄潔夫。

 口頭証言によると、COTRSのデータ解析過程でデータの推移がy=ax2+bx+cの一般二次方程式に極めて近似していることをハインド博士が発見。各地域から集計されたはずの臓器提供者数が滑らかな放物線を描く二次方程式になる理由はない。次に赤十字のデータを分析する。

2017年2月に黄潔夫医師により提出されたCOTRS発表の数値を最良適合曲線でつないで現れた放物線。黒がドナー数、赤が腎臓、緑が肝臓。(ロバートソンらによる研究記事のp.7 Fig 1より)2017年2月に黄潔夫医師により提出されたCOTRS発表の数値を最良適合曲線でつないで現れた放物線。黒がドナー数、赤が腎臓、緑が肝臓。(ロバートソンらによる研究記事のp.7 Fig 1より)

 ここで留意したい証言は、中国赤十字のドナー数はホームページに不定期に更新され、以前の数字が消去されているということ。数日、あるいは数週間、もしくは1ヶ月に1度などの割合で不定期に更新されるため、調査者が赤十字のホームページを2日に一度アクセスしてデータを入手した。こうしなければ、過去の傾向は把握できなかった。すでにこの時点で透明性に欠けている。

 その後の分析でさらに、bもcも不要で、単一変数の二次方程式y= ax2がCOTRSの数値決定に用いられたと推定された。赤十字のデータもCOTRSのデータとほぼ一致していたことから、二次方程式の存在が裏付けされる。また、データに異常値が出現する時期と比率の修正時が一致することから、事前に定められた結果を維持するために指示に従って手作業でデータが操られたと示唆する。

 「なぜ数式が用いられたのか? 」つまり、なぜ上向き曲線を手書きで作らなかったのか? という質問に対しては、様々な(虚偽のものも含む)データを異なる機関が同時に扱う際、数式があればシステム内での整合性が維持でき、ネット上でドナー数を発表する際のガイドラインになるのだろうと説明している。

 三人の研究は、データ作成手順の逆行分析であり、基礎データもなく作成した者の承認もないが、他のデータ分析と組み合わせることで、データ操作のパターンが浮かび上がってきたとロバートソン氏は証言している。国際移植学会の幹部に対して同研究記事の内容を否定したカルブフライシュ博士の決定係数R2に関するコメント(連載コラム第3回)に対しては、特定部分の分析だけを見たもので、この研究記事は個別に切り離して理解できるものではない、と指摘する。

 「データが虚偽である」という論述の不確実性に関しては、データが本物だったら、臓器調達機関の開設、臓器コーディネーターの研修、ドナーからの承諾全てを、二次方程式にほぼ近い率で実行したことになり、最初の年にOPO(臓器調達機関)が2つ必要で、翌年は5つ、と増加させていく必要があるが、そのような状況は見受けられないと説明している。

中国の医療改革?

 民衆法廷では、この研究記事をどのように捉えているのだろうか?『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文)には「中国の公式移植データの信憑性」というセクション(p.115~117 段落390〜403)が設けられており、この研究記事の意義を段階的に解説している。下記に要約する。

 2014年12月4日、黄潔夫医師は、2015年1月1日より死刑囚からの移植臓器の医療を完全に停止すると発表した。2015年3月11日には中国人民政治協商会議(CPPCC)の記者会見の席で、包括的で透明性のある自発的臓器提供制度を確立し「恥ずかしい過去とおさらばし、臓器移植の新たな希望ある章に足を踏み入れる」と公言した(p.115 段落391)。(Chinese Medical Journal 『中国での臓器移植の新時代』2016年8月20日 英文記事

2017年、中華人民共和国は、臓器提供登録者数は約37万5千人、実際のドナー数は5146人としている。同年、米国では臓器提供登録者数は1億4千人で、実際の移植に貢献したドナーは1万824人。ドナー数/登録者数の比率は米国では0.008%であり、中国はその140倍の1.4%である。(p.111 段落369, p.115 段落392)

 2010年と2016年のCOTRSのデータを比較すると、自発的な死体臓器提供者数は34人から4080人の1万2千%増。移植された腎臓と肝臓の数は63個から10481個の1万6636%増。(p.116 段落394) 

 中国の移植制度の医療改革を裏付けるために、これらの途方もない数字が公表されていたというわけだ。

データ解析の信頼性

 『裁定』にある「中国の公式移植データの信憑性」のセクションはさらに続ける。ロバートソン氏らによる法医学的な解析によると、以下の特徴などからデータは二次方程式に合わせるために人為的に操作されたことが強く示唆される。(p.116 段落395)

  1. COTRSの臓器提供登録者数の年ごとの増加は二次方程式にあてはまり、中国赤十字の中央データと「完璧ではないが」一致する。5つの省のデータセットからは、矛盾し、異常で、ありそうもない作られたデータが見つかっており、中央からの割当量に合わせるために操作された可能性を示唆している。
  2. COTRSの2017年と2018年の数字を、単純な二次方程式の放物線に取り込んだところ、ほぼ完璧にあてはまった。予測できない人の死亡、輸送の問題、レシピエントとの適合、システムの進展状況、その他の要因を考慮すると、臓器提供者数が二次方程式にあてはまる可能性はほとんどない。
  3. 他の50カ国のデータと比較したが、同様の二次方程式にあてはまるものは見つからなかった。

 この研究記事は重要な統計学的論述を示すものだが、専門性が高いため、判事団はデービッド・スピーゲルホルター教授に研究記事の見直しを依頼した。スピーゲルホルター教授はケンブリッジ大学を退職後、現在は同大学の数理科学センター「リスクと証拠のコミュニケーションのためのウィントンセンター」の責任者として、医療専門家、患者、弁護士、裁判官、メディア、政策立案者による統計的な証拠の利用法を向上させることに取り組んでいる。同時にリスク・コミュニケーションに関して政府や機関に忠告し、メディアでも統計問題に関するコメントを出している。

 同教授はロバートソン氏らの解析方法に同意。分析をやり直したところ全く同じ結果が出たと報告。また、このようなデータが単純な二次方程式にあてはまる可能性は極めて薄いとしている(コメントの原文)。

 以上から判事団はCOTRSのデータは信頼できないという研究記事の議論を受け入れる。(段落396~400)

「偽造データ」の意味するもの

 中国の公式データが偽りであると踏まえた上で、中国の自発的な臓器提供制度への移行を、かなりの国際機関が支援し多くの努力がなされたことを鑑みると、この偽りのデータはあらゆるレベルでの(中国に対する)信頼を損なうものであると『裁定』は明示する。移植手術への「信頼」を維持するためには、透明性のある医療倫理に基づく手続きの必要性を強調している。(段落399)

 そして中国がこのようにデータを操作するのであれば、デービッド・マタス氏、テービッド・キルガー氏、イーサン・ガットマン氏が様々な方法で集めた証拠、そして移植件数が年間6万件から9万件であるという彼らの推定値を、判事団は躊躇なく受け入れると展開している。2017年に中国が発表した実際のドナー数5146人では到底支えることのできない移植件数であり、中国側の資料にはない臓器源の存在があるはずだとして『裁定』内のこのセクションは結ばれている。(段落401)

 上記三氏の調査報告については、次回のコラムで取り上げる。

参照:
◎ローバートソン氏とハインド博士(証言者番号44)
◎口頭証言のまとめ(邦訳
◎口頭証言の録画(英語のみ
◎研究記事(英語原文
◎「中国・民衆法廷 裁定」(英語原文
◎公式英文サイト ChinaTribunal
コラムニスト
鶴田ゆかり
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
 
 
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