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ペロシ氏訪台の「本当の意味」がわかっていない日本の防衛費論議  役人は上から下まで中国のハニートラップに引っ掛かっているのか?

ペロシ氏訪台の「本当の意味」がわかっていない日本の防衛費論議

髙橋 洋一
経済学者
嘉悦大学教授
プロフィール
 

理性を失った中国

ペロシ下院議長は8月2日夜、米軍専用機で台湾を訪問した。3日午前11時半すぎから台北の総統府で蔡英文総統と会談した。5日、岸田首相はペロシ氏と朝食会を行った。一方、韓国のユン大統領は、夏休み中を理由にペロシ氏とは会わなかった。

ペロシ下院議長は、米民主党の中でも人権派で対中強硬姿勢で知られている。訪台の背景には、中国が台湾統一を長年主張していることがある。台湾から見れば、これは中国からの武力侵攻を意味する。

もともとペロシ氏は4月訪台の予定であったが、ずれ込んでこの時期になった。11月の中間選挙を睨んで、安易に引き下がれない状況だ。それは秋の共産党大会を控える中国も同じだ。8月1日は中国人民解放軍創設95年の記念日であり、中国としての面子をかけてペロシ訪台を阻止したかった。そのために、最大級の脅しをかけた。

台湾でのペロシ氏 Photo by GettyImages

結果として、中間選挙後に勇退が決定的なペロシ下院議長は、中国の脅しに屈せず訪台した。

中国は報復として、4日から7日にかけて台湾を囲むように6ヵ所で中国人民解放軍が軍事演習を行った。ただしペロシ下院議長は3日午後7時には台湾を離れ、次の訪問地である韓国に向かっており、中国はペロシ下院議長が台湾にいる間には軍事演習を仕組めなかった。今まともに、中国はアメリカと戦う戦力はないだろう。

中国が軍事演習を発表すると、日本を含む主要7ヵ国(G7)外相は非難声明を出した。

これに対し、中国は4日に予定されていた日中外相会談をドタキャンした。さらに4日の軍事演習で、日本のEEZ排他的経済水域)に弾道ミサイル5発を打ち込んだ。中国側の発表では「目標に命中」といっているので、意図的に日本のEEZを狙ったと言わざるを得ない。

これに対し、日本は中国側に電話で抗議したが、5日、中国は在中国の日本大使を呼び出した。6日、日米豪外相は、軍事演習を即刻中止する声明を出した。

一連のやりとりをみると、中国側は明らかに理性を失っている。

こうした緊張は避けるべきなのか。台湾統一といいながら軍事侵攻を厭わない中国に対して誤ったメッセージを送ることは、台湾の安全保障の上で問題である。

その観点からみれば、ペロシ下院議長がもし緊張を回避するために訪台を見送っていれば、誤ったメッセージになっただろう。アメリカは台湾を本気で守るという意図を示すことが、台湾の安定につながるのだ。

ボロボロのNPT体制

もっとも、今回のペロシ下院議長の訪台は、習近平主席の面子を潰した。軍事演習の他にも今後も報復措置を出してくる可能性は否定できない。台湾統一は、中国国内からみれば当然の発想であっても、国際情勢から見れば危険極まりない中国の野望だ。

軍事演習を報道する現地テレビ Photo by GettyImages軍事演習を報道する現地テレビ Photo by GettyImages

こうしたリアルな国際情勢の中で、日本は通常兵器のみならず核までも考えなければいけない。

もちろん、長期的には核のない世界をつくることは重要だ。ただしNPT体制はアメリカ・フランス・イギリス・中国・ロシアの5ヵ国以外の核兵器保有を禁止する条約であるが、その中で核を持つことが認められているロシアが核で威嚇しているのが現状だ。

もはやNPT体制はボロボロだ。少なくとも短期的には機能していない。NPT枠内で核に対抗するには、核共有の議論も避けられない。日本の進むべき道は、(1)NPT堅持、(2)核共有、(3)核に至らない通常戦力での防衛力向上、これら三つをバランスよく議論し進めることしかない。

ペロシ米下院議長ら米議員団がシンガポール、マレーシア、韓国、日本などを訪れた意味は何か。

ペロシ氏は訪台に際してこうツイートしている。

《私たちの代表団の台湾訪問は、台湾の活気に満ちた民主主義を支援するというアメリカの揺るぎないコミットメントを示すものだ。

台湾の指導者との議論は、パートナーへの支援を再確認し、自由でオープンなインド太平洋構想の推進を含む共通の利益を促進させる。》

要するに、アメリカは台湾を見捨てない、安倍元総理が提唱したインド太平洋構想(対中包囲網)を進めるということだ。

ペロシ氏は米議会人であり、形式的には米政府と独立している。しかし今回の訪台では、米軍機で移動し米空母群が事実上護衛しており、米政府の支援がないはずがない。

もちろん米政府は、一つの中国原則を堅持するという。しかしペロシ氏の意見表明は、別の「アメリカ」の意見でもある。米政府が言いにくい時に、米議会を使うのはアメリカの常套手段だ。

中国の重大なヘマ

ペロシ氏の訪台での別のステートメントでは《この地域と世界の民主主義に対する民主主義の防衛を支援し続けているため、アメリカの台湾国民との連帯はこれまで以上に重要になっている》としている。

要するに、アメリカは民主主義陣営のために闘うというわけだ。

アメリカは、世界各地で民主主義のタネを蒔いてきた。ところが、民主主義国になって経済発展したのは、極東アジアの日本、韓国、台湾くらいしかない。アメリカの成功例ともいうべきこれらの国を見捨てたら、アメリカの存在意義にも関わるだろう。もちろん防衛は、まず自国が防衛努力することが前提であるが、その上でアメリカは助けるコミットメントを明らかにしたのだ。

これに対し、中国は猛反発している。台湾を「海上封鎖」するのかと見間違うくらいの6ヵ所での軍事演習は、ペロシ氏訪台が中国の痛いところをついたことの裏返しでもある。日本のEEZ排他的経済水域)に弾道ミサイルを落とすなど暴挙であるが、中国はこうした国際秩序無視を平気で行う国だ。中国は、日本のEEZはあり得ないと暴言を吐いた。

中国の弾道ミサイルが日本のEEZ内落下という中国の暴挙は世界中に知れることとなったので、中国は重大なヘマをしたといってもいい。実際、日米豪はこれで結束した。

台湾でのペロシ氏 Photo by GettyImages

中国は台湾統一という名目で、民主主義国の台湾への侵攻を野望を隠さない。中国が民主主義を専制主義で蹂躙するのは、香港の例を見てもわかる。民主主義の雄であるアメリカがかなり本気になってきたともいえる。

台湾は戦後共産主義国の中国と別の道で、豊かな民主主義国となった。しかし、中国は民主主義を潰して台湾を自国の一部だと主張する。この主張に世界のどれだけの人が賛同するのだろうか。

ところが、国内は相変わらずのんびりしている。終戦から77年が経過し、日本周辺の安全保障環境は緊迫度を高めている。防衛費の増強については安倍元首相が「防衛国債」を主張していたが、その意義は何か。

 

財務省がまた騙している

日経新聞《建設国債、海保対象も自衛隊認めず 財源論再考の契機》という興味深い記事があった。

米欧が用いる北大西洋条約機構NATO)基準なら海上保安庁への予算は防衛費との位置づけになるので、今の防衛費のGDP比は0.95%だが、NATO基準であれば1.24%になるという。これは、よく財務省が持ち出す話で、すでにGDP比は1%を超えているのでそれほど増やすことないとの説明に使われる。

滑稽だったのは、同じ財務省の言い分だ。海保の船は建設国債対象だが、海自の船は建設国債対象でないとの話が掲載されていた。そのロジックは、海保の船は持続して使える年数が比較的長いが、海自の船は有事の際攻撃を受けるから長く使用できないからだという。

Phpoto by GettyImages

さすがにこれに対し、小野寺五典元防衛相は「防衛予算は国債にはなじまないという話だが、海保の船は建設国債でつくる。もう少し普通に考えたほうがいい」と批判している。

いずれにしても、財務省は、都合よくNATO基準や耐用年数を使って、マスコミや一般人を騙くらかしている。

筆者が種明かしをしよう。まず、建設国債特例国債と分けるのは先進国では日本だけという事実を押さえておきたい。海外でもかなり昔はそうした区分のあった国もなくはないが、債務の区分に意味がないので50年ほど前から廃止されている。欧米では耐用年数により建設国債対象か否かという議論はそもそもないのだ。

財政状況をみたいなら、建設国債特例国債など全ての国債について統合政府での資産を控除したネットベースでみて、資産負債の総合管理の中で負債管理を行う。ここで、耐用年数の長短は資産価値の動向に多少関係するだけなので、各種の政府意思決定にはマイナーなものだ。

防衛費は、隣国や世界情勢により決まってくる。防衛費が隣国などとアンバランスになるほど戦争確率が高まるので、その意味で隣国や世界情勢次第で、防衛費が決まるのが一般的だ。それを税収か国債で賄っている。

日本を取り巻く状況をみると、中国のみならず、ロシア、北朝鮮核兵器保有国が三つもある。しかも、これらの国は非民主主義国だ。かつて本コラムで紹介したが、哲学者カントが喝破したように、日本の事情に関わらず戦争確率は高くならざるを得ない。日本の安全保障上、NATO基準であっても、GDP比3%以上が必要でもおかしくない。それでも世界で30位程度のポジションだ。

この観点から「防衛国債」をみると、抑止力がある防衛費の達成のためには最善の手法だ。会計的にみると、戦争時には資産の毀損があるが、それは他の政府資産と同じだ。平時には「抑止力」となって戦争確率を減少させる。つまり、平和への投資ともいえるので、財政悪化リスクは少ない一方、安全保障上のメリット大だ。