ロシアの自作自演か?プーチンの“メンター”娘が爆殺された裏側
去る8月20日、モスクワ郊外を走行中の車が仕掛けられていた爆弾により爆破され、ロシア人女性ジャーナリストが死亡するという事件が発生しました。被害者はプーチン大統領の思想に大きな影響を与えたとされる学者の娘で、彼女が運転していた車は父親が所有するものでした。誰がどのような目的を持って、このような行為に及んだのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、爆死した女性の父であるアレクサンドル・ドゥーギン氏の人物像を紹介。さらにロシアから一方的に犯行への関与を指摘されたウクライナ側の主張を取り上げるとともに、今後の展開を予想しています。
プーチンのメンターの娘が暗殺された件
ヒトラーには、ハウスホーファーというメンターがいました。ドイツの地政学者です。彼は1923年、ヒトラーに「生存圏」という理論を教えました。「生存圏」というのは、「自給自足圏」のことです。そして、「生存圏」を確保するのは「国家の権利だ」というのです。
わかりやすい例で、いいましょう。日本には資源がないですね。だから、資源大国を侵略するのは、「国家の権利だ」というのです。日本の食糧自給率は低いです。だから、農業国を侵略するのは、「国家の権利だ」というのです。
なんともアグレッシブな理論です。しかし、ヒトラーは、ハウスホーファーが教えた生存圏理論に大きな影響を受けました。ちなみに、第2次大戦前戦中の日本の政治家・軍人も大きな影響を受けていました。
地政学は、ハウスホーファーの「危険な教え」のせいで、【禁断の学問】と呼ばれるようになります。
ハウスホーファーは、危険な教えをヒトラーに吹き込んだ男。それでも、「地政学眼」はしっかりしていました。彼は、ヒトラーがソ連侵攻を画策していることを知り、大反対したのです。
ハウスホーファーの考えでは、ドイツとソ連は「ランドパワー連合」を組み、シーパワーのイギリスを撃退すべきだった。もしヒトラーがメンターのいうことを聞いていれば、イギリスは負けたかもしれません。
プーチンのハウスホーファーは
プーチンにも、「メンター」といえる男がいます。アレクサンドル・ドゥーギンです。
ドゥーギンとは、何者でしょうか?ロシアの哲学者、地政学者です。1962年生まれの60歳。プーチンより10歳年下ですが、ずっと年上に見えますね。見た目は、ロシア正教の神父さんのようです。
どんな考えの持ち主なのでしょうか?クレムリン情報ピラミッドのロシア国営スプートニク8月21日を見てみましょう。
ドゥーギン氏は極右の思想家で、ロシアによるクリミア併合をかねてから主張していたほか、ロシアと旧ソ連諸国を融合させた、「ユーラシア国」への発展を主張してきた。ドゥーギン氏は2008年から2014年にわたってモスクワ大学社会学部の教授だった。
ロシアの国営メディアが「極右思想家」と呼んでいるのが興味深いです。
ロシアと旧ソ連諸国を融合させた、「ユーラシア国」への発展を主張
さらっと書いていますが、「かなりヤバイ思想」です。
ウクライナ、ベラルーシ、モルドバ、リトアニア、エストニア、ラトビア、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン。
せっかく1991年にソ連(実態は拡大ロシア)から解放された。ところが、ドゥーギンは、「ロシアと旧ソ連諸国を融合させた、「ユーラシア国」への発展を主張」する。そのドゥーギンがプーチンに大きな影響をもっていることを考えれば、安心して眠れません。
では、ドゥーギンは、どのくらいプーチンに影響力をもっているのでしょうか?BBC8月21日を見てみましょう。
ドゥーギン氏はロシア政府内の正式な肩書を持つわけではないが、プーチン大統領と親しく、思想的に大統領に大きな影響力をもつとされ。このため、帝政ロシア末期に皇帝一家に近く、影響力を持った僧侶グリゴリー・ラスプーチンになぞらえて、「プーチンのラスプーチン」などと呼ばれてきた。
「ロシアは、欧米とは異なる価値観のユーラシアという独自の空間」だという「ネオ・ユーラシア主義」を提唱するドゥーギン氏の国家主義思想が、プーチン氏の世界観に大きく影響したとされており、ウクライナ侵攻を正当化するプーチン氏の理論形成にも関わっているとされる。
ウクライナ侵攻を支持するドゥーギン氏は2015年、ロシアによる2014年のクリミア併合に関与したとして、アメリカの制裁対象に加えられた。
「プーチンのラスプーチン」といいますが、私的には「プーチンのハウスホーファー」ですね。私の知人によると、ドゥーギンはロシアのプロパガンダ政策にも大きな影響を与えているそうです。
ドゥーギンの娘が暗殺された
再び、ロシア国営スプートニクを引用してみましょう。
モスクワ州オジンツォボ地区でトヨタのランドクルーザーが爆破された。この車は極右思想家、アレクサンドル・ドゥーギン氏のもので、犯行に関わった人物らは、ドゥーギン氏の暗殺を目論んでいたと見られている。ただし、車にドゥーギン氏は乗車しておらず、娘のダリヤ・プラトーノワ(旧姓ドゥーギナ)さんが亡くなった。ロシアメディアが報じた。
8月20日、何者かが、ドゥーギンの車に爆弾を仕掛けた。ところが、ドゥーギンはその車に乗らず、娘のダリヤさんが乗った。それで、ドゥーギン本人は死なず、娘のダリヤさんが亡くなった。
ロシアメディアは、「ウクライナがやった!」と決め打ちしています。一方、ウクライナ側は、犯行を否定しています。朝日新聞デジタル8月22日。
思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏(60)の娘で、ジャーナリストのダリヤさん(29)がモスクワ郊外で車の爆発によって死亡した事件について、ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は21日、「ウクライナは当然、この爆発とは関係がない」と関与を否定した。ウクライナのテレビ番組での発言を、国営通信社「ウクルインフォルム」が伝えた。ポドリャク氏は「私たちは犯罪国家であるロシアとは違う。ましてやテロ国家でもない」と強調。
では、ウクライナ側はどう見ているのでしょうか?
事件の背景として、ロシア国民の不安をかき立て、正式な兵の動員を始めやすくするためにロシア側が起こしたとする見立てを紹介した。また、ロシア国内での政治的グループの対立が関係している可能性にも言及したという。
(同上)
「動員を始めやすくする」というのは、何でしょうか?
ウクライナの戦場でロシアの兵士が不足している。それで、一般人を動員したいが、反発が強そうだ。そこで、ロシア政権が「ドゥーギン暗殺を画策した」と。ウクライナへの憎しみを煽って、動員しやすい環境をつくるために。
本当なのかわかりませんし、それほど説得力があるとは思えません。私たちが真相を知ることは、おそらくないでしょう。ロシア国内では、「ウクライナがやった」ことになり、「報復せよ!」という声が大きくなるに違いありません。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年8月22日号より一部抜粋)
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