トランプ政権が中国人留学生のビザを「積極的に」取り消すと誓った背景には、中国共産党(中共)政権が米国の学術界に浸透しようとしていることへの長年の懸念がある。
5月29日、マルコ・ルビオ国務長官は、中共との関係がある者や重要分野を専攻している中国人学生のビザを取り消し始めると発表した。また、ビザの基準を見直し、今後の申請に対する審査も強化するという。
同日、国務省のタミー・ブルース報道官は、米国に滞在するすべての中国人ビザ保持者に対して、審査を強化していると述べた。ただし、どのような基準を用いて審査するのかは明らかにしなかった。
「米国の大学を中共に利用されること、また米国の研究・知的財産・技術を盗用されて軍事力の増強、情報収集、反体制派の弾圧に使われることは、我々は容認しない」とブルース氏は語った。
国務省と国際教育協会の共同報告によれば、2023〜2024年度に米国の教育機関に在籍していた中国人学生の総数は27万7398人だった。
FBIは2019年の通達で、CCPが米国の開かれた学術環境を利用して、経済スパイ活動を行い、自国の科学・経済・軍事的目標を達成しようとしていると警告した。
FBIは、アメリカに滞在する中国人学生や研究者の大多数は、正当な学術目的で来ているとしつつも、科学・工学・数学を専攻する大学院生やポスドク研究者などの一部は「非伝統的な知的財産の収集者」として、中共に利用されていると指摘した。
中国の国営通信社『新華社』によると、2023年末時点で中共の党員は1億人近くに上り、そのうち約280万人が学生だという。
英国のシンクタンク「ヘンリー・ジャクソン協会」のシニアフェローであり、『エポック・タイムズ』紙にも寄稿しているクリストファー・バルディング氏は、ソーシャルメディア「X」で、大学側が繰り返し警告したにもかかわらず、「真の安全保障上の問題」を認識しようとしなかったと指摘した。
バルディング氏は「私たちは、より綿密で徹底した身元調査を行う必要がある。中共幹部の子どもを米国で学ばせるべきではない」と訴えた。
近年、米連邦検察当局は、中国人留学生を被告とする複数の刑事事件を起訴した。以下はその一部である。
米軍施設を標的にした中国人留学生の事例
バージニア州の海軍造船所
5月7日、米移民税関捜査局(ICE)は、バージニア州の海軍造船所を無許可でドローン撮影したとして、有罪判決を受けた中国籍の施鳳雲を国外退去処分とした。問題となったニューポート・ニューズ造船所は、米国の原子力潜水艦や次世代空母「ジェラルド・R・フォード級」の建造を担う重要軍事施設であった。
施はF-1学生ビザで米国に入国し、ミネソタ大学で農業工学の大学院生として在学中に犯行を行った。2024年1月、彼は中国への片道航空便に搭乗しようとしていたサンフランシスコで逮捕され、7か月後、彼はスパイ活動防止法に基づく2件の軽犯罪について有罪を認めた。彼には6か月の禁錮刑と1年間の保護観察処分が言い渡された。

ミシガン州の軍事施設
2024年10月、連邦検察官は、ミシガン大学を卒業後、すでに米国を離れていた中国人5人を起訴したと発表した。このグループは、学生だった2023年に、ミシガン州の人里離れた軍事施設を訪れた際の行動について、捜査官に誤解を与え、携帯電話から写真を削除しようと共謀した疑いが持たれた。
その施設では当時、25州・1地域・4か国から集まった数千人の兵士が夏季訓練を行っていた。ユタ州州兵の最上級曹長に問い詰められた際、5人のうちの1人が「私たちはメディアだ」と答え、その後グループはその場を離れることに同意したと、検察は述べた。
キーウェスト海軍航空基地
2019年、交換留学生だった中国人の趙前力は、フロリダ州キーウェストの米海軍航空基地で、防衛施設の写真を撮影した罪で有罪を認め、連邦刑務所で1年の刑を言い渡された。趙は夏季交換プログラムでの学習後に、ビザの期限を超過して滞在していたことが判明した。
取り調べの中で、趙は中国の大学で軍事訓練を受けていたことを認めたが、その事実はビザ申請書には記載していなかった。趙が通っていた中国北方大学は、共産中国の建国以来50年以上にわたって中国軍と深いつながりがあった。

知的財産の窃盗
張浩
中国人教授の張浩は、2020年に共謀、経済スパイ行為、企業秘密の窃盗で有罪判決を受け、懲役18か月と47万6835ドルの支払いを命じられた。彼は、南カリフォルニア大学の同僚や他4人と共謀し、中国政府の利益のために無線信号フィルター技術を盗もうとした。
張と共謀者の龐偉は、南カリフォルニア大学の博士課程で出会い、2006年に卒業後、マサチューセッツ州とコロラド州の企業で勤務した。検察によれば、共謀はこの年に始まった。彼らは中国の天津大学の関係者と協力して技術窃盗を行った。
鄭兆松
鄭兆松は、2018年にハーバード大学関連のベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンター(BIDMC)に、病理学の訪問大学院生として来た。2019年12月9日、ボストン・ローガン国際空港で、彼の荷物の中から靴下に包まれた21本の生物学的物質入りバイアルが発見された。
鄭は捜査官に対し、それらのバイアルを中国の自分の研究室に持ち帰り、独自に研究して自分の名前で成果を発表するつもりだったと話した。2020年12月に、この窃盗に関連する虚偽陳述の罪を認めた。
2021年1月、鄭はすでに拘留されていた約87日間を服役とみなされ、さらに3年間の保護観察と国外退去処分が言い渡された。

関磊
2020年、FBIはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にJ-1ビザで滞在していた研究者、関磊の調査を開始した。検察によると、関は中国の国防科技大学に「機密の米国ソフトウェアや技術データ」を送った疑いがあった。
関は証拠隠滅の疑いで逮捕され、飛行機で中国に帰国しようとする前に、破損したハードドライブを自宅近くのゴミ箱に捨てたとされる。
しかし政府は訴追を取り下げ、2021年7月に、事件は却下された。
胡海洲
胡海洲は、バージニア大学でバイオミミクリーや流体力学の研究を行うために来米した。2020年8月、シカゴ・オヘア国際空港で、同大学から盗んだとされる高度なコンピューターコードを中国に持ち出そうとした疑いで、営業秘密窃盗とコンピューター侵入の容疑をかけられた。
胡の研究費は中国教育省が運営する中国国家留学基金委員会が負担していた。同委員会は半年ごとに研究報告を求めていたと胡は供述した。
しかし、2020年に、検察は、訴追を取り下げた。

中国民主活動家に対する嫌がらせ
昨年4月、ボストンのバークリー音楽大学の学生だった中国人、呉小雷はサイバーストーキングと脅迫の罪で9か月の刑を受けた。
事件は、ボストンキャンパス近くに「中国人民と共に」「自由を求める」「民主を求める」と書かれた紙が掲示されたことに端を発する。これに対し、呉はInstagramやメール、WeChatで投稿者に脅迫を行った。
呉は同年9月16日に早期釈放され、中国に送還された。米政府が「重要な外交政策上の利益」を理由に、大統領恩赦を行ったためだとされた。
2021年、パデュー大学の大学院生 孔志豪氏が、1989年の天安門事件で亡くなった学生の英雄的行動を称える公開書簡を投稿したことで、中国から来た他の学生に嫌がらせや脅迫を受けた件が報じられた。
事件の報道から1か月足らずで、パデュー大学のミッチ・ダニエルズ学長は、キャンパスコミュニティ宛のメールで「このような威圧行為は許されず、歓迎されない」と声明を出した。孔氏の中国にいる家族も、中国の秘密警察の関係者から脅迫を受けていたとされる。
中国のスパイ疑惑
2011年から2015年まで、クリスティーン・ファン(別名ファンファン)は、カリフォルニア州立大学イーストベイ校に在籍していたと、2020年のAxiosの調査報道が伝えた。この間、彼女は中共のために、将来有望な米政治家と人脈を築くよう指示されて、ファンは中国の主要な情報機関である国家安全省に所属し、サンフランシスコの中国領事館とも緊密に連携していたという。
彼女は、カリフォルニア州を中心に多くの政治家と関係を築き、当時ダブリン市議だった民主党のエリック・スウォルウェル下院議員とも接触していた。
Axiosによると、ファンは中西部の少なくとも2人の市長と恋愛関係や性的関係を持ち、資金調達やネットワーキングを通じて、政治的影響力に接近しようとした。
彼女は大学の中国人学生会の会長を務め、この団体は「中国学生学者連合会(CSSA)」の一部であり、中国政府の「統一戦線工作部」が管理していた。統一戦線は、海外中国人コミュニティへの影響力行使と、親中イメージの浸透を担っていた。

(スクリーンショット/SNSより)
密輸事件
中国人の李建華は、学生ビザで米国に滞在していたが、2019年に偽造されたApple製品を、中国から米国に密輸した罪で懲役37か月の判決を受けた。
李(当時44歳)は、2009年から2014年の間に4万点以上の偽造品を他者と共に密輸した。
覆面軍人
叶艳青
中国共産党軍(PLA)の中尉である叶艳青は、J-1ビザ申請時に学生と偽り、軍籍を隠していたとして、2020年にビザ詐欺で起訴された。
連邦訴状によると、彼女は2017年10月から2019年4月まで、ボストン大学の交換留学生として、中国政府の支援を受けて滞在した。滞在中、米軍の情報収集や米国文書の中国送付など、複数の任務を遂行したとされる。
起訴時、叶は中国国内におり、連邦裁判所は2020年1月28日に逮捕状を発行した。

唐娟
2020年、中国の3人の研究者が、J-1ビザ申請で中国軍との関係を偽って申告したとして起訴されたが、およそ1年後に訴追は取り下げられた。
カリフォルニア大学デイビス校医学部の元客員研究員である唐娟は、ビザ申請で中国空軍医科大学の研究者として勤務していたことを隠していたとされる。FBIは公開されている写真で、彼女が中国軍の文職幹部の制服を着用しているのを確認した。
唐娟は、2020年7月に逮捕される前に、サンフランシスコの中国領事館に身を寄せていた。起訴は2021年7月に取り下げられた。

王鑫
2020年6月、王鑫は、ロサンゼルス国際空港で中国に帰国する飛行機に乗る直前に逮捕され、ビザ詐欺で起訴された。
彼はJ-1ビザ申請で、2002年9月から2016年9月まで中国人民解放軍の医学准教授として勤務した事実を虚偽申告していた。ビザ取得後は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で医療研究者として働いた。
裁判所文書によると、税関では、米滞在中も「レベル9」の技術者としてPLAに所属していると述べたが、2018年のビザ申請ではこの事実を隠していたとされる。
2020年に無罪を主張し、2021年に訴追は取り下げられた。
宋琛
宋琛は2018年12月に米国に入国し、スタンフォード大学で客員研究員として勤務を始めた。2020年7月、2018年のビザ申請で2011年6月に中共空軍との関係が終了したと申告していたが、その後も関係を続けていたとしてビザ詐欺で起訴された。
2021年2月には、ビザ詐欺に加え、司法妨害、文書破棄、連邦捜査官への虚偽供述の罪で追起訴されたが、2021年7月に訴追は取り下げられた。

米国が「安全保障上の脅威」とする留学生を日本の大学が受け入れへ 日本のリスクは?
米ホワイトハウスは6月4日、ハーバード大学に関連する国家安全保障上のリスクに対応する新たな大統領布告「ハーバード大学におけるリスクへの対応による国家安全保障の強化」を発表した。今回の布告では、特に中国共産党との関係に焦点が当てられている。
布告およびホワイトハウスの発表資料によると、ハーバード大学は過去10年間で中国から1億5,000万ドル以上の資金提供を受けており、同大学が中国共産党の中堅および高級官僚を多数受け入れてきたことが指摘されている。米下院中国共産党特別委員会の調査によれば、ハーバード大学は中国共産党の準軍事組織のメンバーを繰り返し受け入れ、訓練してきたともされる。
また、ハーバード大学の研究者が中国拠点の研究者と共同で、中国の軍事近代化に資する可能性のある研究を行っていたことも問題視されている。中国共産党の幹部がハーバード大学で研修を受けるプログラムが2000年代から存在し、習近平国家主席の娘も2010年代初頭に同大学に在籍していたと複数の報道が伝えている。
トランプ政権はこうした状況を「ハーバード大学が外国の敵対勢力、特に中国共産党と広範な関係を築いている」と強く批判。中国共産党と関係が深い中国人留学生や、重要分野の研究に従事する学生のビザ取り消しや、ビザ審査の厳格化を進める方針を明らかにした。
さらに、ハーバード大学に対する連邦助成金の凍結や研究委託契約の打ち切りといった経済的措置も実施されており、大学側には外国との共同研究や資金提供の透明性向上、厳格な管理が強く求められている。
今回の布告は、ハーバード大学をはじめとする米国の高等教育機関が中国共産党との関係を通じて国家安全保障上のリスクにさらされているとの認識に基づき、米政府が対策を一層強化する姿勢を鮮明にしたものだ。
大統領布告までの経緯
トランプ政権が6月4日に大統領布告を発表するまでには、いくつかの段階的な経緯があった。
まず、政権は2025年春以降、ハーバード大学に対して厳しい姿勢を強めていた。背景には、大学が「キャンパスの安全確保を怠っている」「外国勢力から多額の資金提供を受けている」「敵対国の関係者を受け入れ共同研究をしている」といった問題意識があった。特に中国共産党との関係や中国人留学生の存在が、国家安全保障上のリスクと見なされた。また、ハーバード大学が「過激な留学生」を放置していることも問題視された。こうした流れの中で、政権は4月から5月にかけて、ハーバード大学への連邦研究資金や助成金の凍結、研究委託契約の打ち切りなど、段階的に圧力を強めていった。
さらに、5月22日には国土安全保障省がハーバード大学の留学生受け入れ認定資格を取り消す通達を出し、全世界の米大使館・領事館に対して留学希望者のビザ面接の新規受付停止を指示した。これに対し、ハーバード大学は法的措置で対抗し、ボストンの連邦地裁が一時的な差し止め命令を出すなど、政権と大学の対立は激化していった。
また、政権は「反ユダヤ主義」や「DEI(多様性・平等性・包括性)」の排除も本音として掲げており、大学の教育内容や人事政策にも介入しようとした。しかし、こうした措置が裁判所によって差し止められる事態も発生したため、トランプ大統領は議会の承認を必要としない大統領布告という形で、改めて中国人を中心とした留学生の入国制限やビザ取り消しなど、より直接的な措置に踏み切った。
このように、ハーバード大学と中国共産党との関係や学内の多様性政策、反ユダヤ主義問題など複数の要素が絡み合い、連邦資金の凍結やビザ制限などの圧力を経て、最終的に6月4日の大統領布告発表に至った。
日本政府・大学の対応
米国の急激な政策転換を受け、日本政府および国内大学は迅速な対応を見せている。あべ俊子文部科学相は5月27日の記者会見で、国内の大学に対し、米国の大学に在籍または留学予定の学生の受け入れや支援策の検討を要請していると述べた。これを受けて、日本学生支援機構(JASSO)は6月6日現在、全国87大学が支援策を決定し、さらに5大学が検討中であると発表した。
代表的な大学としては、東京大学、京都大学、東北大学、北海道大学、九州大学、神戸大学、上智大学、埼玉大学、東京科学大学、東京理科大学などが挙げられる。受け入れ対象については、ほとんどの大学が「米国の大学に在籍し、受け入れ停止などで学業継続が困難となった学生」としており、国籍で限定していない。つまり、日本人留学生だけでなく、米国に留学していた中国人留学生やその他の国籍の学生も対象に含まれている。
日本の安全保障上の懸念
米国が安全保障上の理由でハーバード大学の留学生受け入れ資格を停止したことを受け、日本では学びの継続を支援するため、日本政府と国内大学による受け入れが進められている。
しかし、最大の懸念は、米国が問題視した安全保障上のリスクが日本にも波及する可能性である。米国では、特に中国籍の学生・研究者による機微技術の窃取や軍事転用可能な研究成果の流出、さらにはスパイ行為が深刻な問題として取り上げられてきた。
これらの背景を踏まえ、日本国内でも「米国で排除された学生や研究者を無条件で受け入れることは、同様のリスクを日本が背負うことになる」可能性について、議論の活発化が期待される。