パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

反日運動で 国民に目隠しをしていた韓国、国民も現実、真実に気づいてほしい


韓国客船沈没 朴政権に打撃深刻 韓国各紙「三流国家」「じたばた政府」

産経新聞 421()755分配信
 【珍島(チンド)(韓国南西部)=加藤達也】300人を超す死者・行方不明者を出した韓国・珍島沖の旅客船沈没事故が社会の安全重視を掲げている朴槿恵 (パク・クネ)政権に打撃を与えている。韓国各紙は「韓国は『三流国家』だった」「国民が不信の烙印(らくいん)を押したじたばた政府」などの見出し を掲げた記事を相次いで掲載、政権の対応を批判している。

 韓国紙、朝鮮日報は、「国民は政府関係者の事故対応能力がいかに低レベルかを改めて知った」などとし、朴政権が日本の総務省に近い役割とされる「行政安全省」を国民の安全が最優先との方針から「安全行政省」に変更したにもかかわらず、「このざまだ」と批判した。

 発表内容の相次ぐ訂正も不信を買っている。乗船者数の把握には3日ほどかかり、船内にダイバーがまだ進入できていなかった18日には「船内で捜索を始めた」と発表、数時間後に撤回した。

 韓国メディアによると、政府への不信感を募らせた安否不明者の家族らの一部が、「朴槿恵大統領に責任を問う」として、抗議のためソウルの大統領府(青瓦台)行きを決行。道路を封鎖するなどした警察と対峙(たいじ)する事態となった。

 バスで移動することを阻止されたため、家族らは20日午前1時半ごろ待機所となっている珍島室内体育館を徒歩で出発。騒動を収拾するため鄭原(チョン・ホンウォン)首相が現場に出向き、説得を試みた。

 家族らに取り囲まれる中、首相は「罪人になった気分だ」としながら、「これまで出たすべての(捜索)方法を検討して用いる」と述べると、家族らは「すべて嘘だ」「同じことばかり繰り返している」と反発を強めた。

 鄭首相は今回の事故でソウルと現場を度々往復しており、政府の異例の対応ぶりがうかがえる。

 韓国では大規模災害時の対応や処理などにあたって、時の政権が直接、世論の批判にさらされることが多い。

 1990年代に大統領を務めた金泳三(キム・ヨンサム)氏は、500人以上が死亡したソウル市内の百貨店崩壊事故など在任中に相次いだ大事故の記憶と結びつけられ、韓国民の間での人気は今も低いままとされる。

 折しも、韓国政府は25日からのオバマ米大統領訪韓を控え、ソウル市内での警戒を強め、反政府デモや政治的な騒動に神経をとがらせている。

 朴大統領はオバマ大統領との米韓首脳会談など、重要な外交日程をこなす一方で、事故の対応にも万全を尽くすことが求められている。

=火へんに共

<韓国旅客船沈没>国民を怒らせた政府の未熟な事故処理

中央日報日本語版 418()1720分配信
言葉だけで安全を叫んできた韓国政府のアマチュアのような未熟さが、旅客船セウォル号」沈没惨事で表れた。事故初期から冷静さを失って慌てた。部処間の 壁を取り除いた協業を強調してきた「政府3.0」の精神は見られなかった。公開行政はなく、秘密主義と部処間の責任転嫁が出てきた。落ち着いた対応が必須 の中央災害安全対策本部(中対本)の幹部からして、状況を把握できず右往左往した。

何よりも中対本状況室の管理が徹底されていない。政府ソウル庁舎1階の中対本状況室は、事故が伝えられた16日午前10時15分ほどから生放送のために集 まった数十台の放送局のカメラと取材人に占領された。これを見ていたある安全問題専門家は「状況室は戦争指揮部(War room)のようなところであ り、外部とは遮断して緊迫感の中で動くべきだが、そうではなかった」と指摘した。実際、政府ソウル庁舎3階には別のブリーフィング空間が用意され、消防防 災庁は自然災難が発生する度に状況室とブリーフィングルームを分離して運営してきた。

政府災難管理のコントロールタワーであり中対本の本部長である姜秉圭(カン・ビョンギュ)安全行政部長官は、事故が発生した16日午前から午後5時40分 までソウル中対本の状況室にいなかった。これに関し姜長官側は「午前10時、忠清南道牙山警察教育院で開かれた幹部候補生卒業式が予定され、事故発生前の 午前8時30分にKTXでソウルをすでに出発した」とし「現地で午前9時25分ごろ、事故の報告を受け、中対本の稼働を指示した後、ヘリコプターで木浦の 海洋警察状況室と事故現場へ向かった」と釈明した。

姜長官は、朴槿恵(パク・クネ)大統領が当日午後5時10分から中対本を訪問するという話を聞いてこの日午後3時10分ごろ、ヘリコプターに乗って急きょ上京したが、10分ほどの差で直接報告できなかった。

姜長官に代わり中対本次長の李京玉(イ・ギョンオク)安全行政部第2次官に対しても、緊急状況への対処が未熟だという批判が出ている。李次官は事故当日の 午前10時30分から7回開かれた中対本のブリーフィングのうち6回を担当した。惨事直後という敏感な時点に「政府の顔」のように放送に登場した。しかし 記者の質問に具体的に答えられず、「確認してから話す」という言葉をを数十回繰り返した。このため現場の記者の間では「中対本の次長が安全行政部第2次官 で合っているのか確認が必要だ」という声まで出てきた。

特に乗船者と行方不明者の集計で一日中混乱し、行方不明者の家族と国民の不安と不満を深めた。最も大きな問題は、救助された人の数を確認なく発表したこと だった。16日午後2時のブリーフィングで李次官は「368人が救助された」と発表した。しかし1次集計を担当する海洋警察が後に「368人救助は集計錯 誤」と伝え、状況が変わった。李次官は午後4時30分のブリーフィングで「368人でなく164人が救助された」と訂正した。
さらにこの日、中対本を訪問した朴大統領が「当初発表された数と後に確認された数に200人余りの差があったが、どうしてこれほど大きな差が生じるのか」 と指摘するほどだった。これに関し安全行政部の当局者は「乗船者と行方不明者・救助者の数を最初に集計した主体は海洋警察であり、中対本はファックスなど で受けて発表した」とし「現場で集計した海洋警察の統計を信じないわけにはいかなかった」と釈明した。

安全行政部が事実上の指令塔として主導する中対本は、海洋警察・海洋水産部とも歩調が合わなかった。当初の16日に事故に関するブリーフィングを誰がする かも明確でなかったという。中対本がすることで整理されたが、行方不明者の名簿が事故発生初日はもちろん、24時間経過しても公開されなかったことに対 し、メディアが問題を提起すると、中対本で活動する安全行政部の幹部は「海洋警察がセウォル号の船会社(清海鎮海運)を通じて名簿を把握して知っているの で、海洋警察に聞けばよい」と述べた。しかし中対本は当時暫定集計した行方不明者と乗船者の名簿をすでに譲り受けていたことが分かった。

責任を回避するための政府と公職者の秘密主義はこれだけではない。船長と航海士を1次調査した結果を尋ねると、中対本の関係者は「捜査中である状況は海洋警察に尋ねるべき」と述べたが、海洋警察はブリーフィングもしなかった。

朴大統領は2012年大統領選挙当時から国民の安全を強調してきた。災難業務主管部処である行政安全部の名前も「安全」を強調するという意味で安全行政部 に改めた。しかし大統領の叫びがむなしく感じられるほど、今回の惨事で政府の対処は「総体的未熟」という批判を免れられない。

チョン・ジボム韓国行政研究院行政管理研究部長は「政府の歴史上、安全を最上位の国政目標に初めて掲げた政府だが、いざ惨事が発生すると多くの弱点が表れた」とし「先制的な災難予防に集中する必要がある」と指摘した。

記念撮影の高官更迭=家族が猛反発―韓国客船事故

時事通信 421()027分配信
 【珍島時事】韓国南西部・珍島沖で起きた客船沈没事故に関連し、防災を担う安全行政省の宋英哲監査官(局長級)が20日、行方不明者家族のいる前で、記念写真を撮ろうとして怒りを買い、更迭された。事故対策本部関係者が明らかにした。
 関係者や聯合ニュースによると、宋氏は20日午後6時ごろ、遺体が次々と搬送され、行方不明者家族が集まる彭木港を訪問。現地にある家族支援室の前で記 念撮影をしようとした。これに激高した家族らは「われわれは毎日身の細る思いなのに、記念するようなことなのか」と猛反発。安全行政省はすぐに宋氏の更迭 を決めた。
 この後も、怒りが収まらない家族らは、現地入りした李柱栄海洋水産相に対し、「子どもをみんな殺しておいて、いったいここに何しに来た」と大声を上げた。これに対し、李氏は「私が代わりに謝罪する」と表明したという。 

韓国旅客船沈没 朴大統領は「邪魔」 現場行って混乱拡大、菅元首相と同じ…

2014.4.20
 韓国南西部、珍島(チンド)沖で発生した旅客船セウォル号」沈没事故をめぐり、朴槿恵(パク・クネ)大統領をはじめとする政治家らが現場に相次 ぎ詰めかけていることに批判が集まっている。国家の最高責任者が現地に入れば、捜索・救助関係者が受け入れ準備や説明に追われて混乱するのは必至。その姿 は、20113月の東日本大震災発生の翌日に福島第1原発を視察した菅直人元首相と重なる。
 一向に救助が進まない前代未聞の大惨事。韓 国海洋警察は18日夜に沈没した船の乗客数と救助者数を訂正し、死者、不明者の合計が増えて302人に達した。うち29人が19日未明までに遺体で見つか り、さらに同日早朝、ダイバーが船内で3人の遺体を発見したと明らかにした。
 韓国国内が騒然とするなか、朴氏が行方不明者の家族が待機する珍島の体育館を訪れたのは、事故翌日の17日午後。韓国紙・中央日報によると、大統領府幹部が現地の混乱を恐れて反対したが、朴氏は「行くことに決めた」と聞く耳を持たなかったという。
 「大統領が約束しても守られないことがある」
 「嘘付くなこの野郎」
 珍島の体育館で朴氏を待ち受けていたのは、家族の罵倒だった。「こんなところに来ないで早く対策を立てろ」と迫る家族に対し、朴氏は困惑した表情を見せた。
  中央日報16日からの2日間で珍島に入った政治家は50人を超えたと報じた。6月には統一地方選が予定されていることから事故を選挙アピールに利用しよ うとしていると受け止められ、家族からは「捜索・救助作業の邪魔になる」「政治家は写真を撮ってもらいに来た。帰れ」と批判が集まっているという。
 そんな自己中心的な指導者の先例とも言えるのが、わが国の元首相、菅直人氏だ。
  菅氏は東日本大震災が発生した直後の12日早朝に福島第1原発を視察。127月に政府事故調査委員会がまとめた報告書では「最高指揮官の首相が長時間に わたり官邸を離れ、緊急対応に追われていた現地を視察したことは疑問が残る」と批判されており、朴氏も同様の批判にさらされている。
 さら に、事故海域の付近で作戦中だった米軍艦艇が救命用ボートを搭載したヘリコプターを急派したが、韓国軍が受け入れを拒否したことも米軍準機関紙の報道で判 明。18日には国家海洋警察幹部に対し、不明者家族が「日本の捜索支援の申し出を断ったと聞いたが本当か」と問い詰める一幕もあった。
 韓国では大事故が起きるたびに「政治が悪いからこんな大事故が起きた」と政権の責任を追及するのが伝統だ。25日には朴政権発足後初めてオバマ米大統領をソウルに迎えるが、朴氏にとってはそれどころではなくなった。