香港情勢が混迷しています。区議会議員選挙で民主派が圧勝したのに続き、米国が香港での人権尊重や民主主義の確立を支援する「香港人権・民主主義法」が成立しました。民主派が勢いを増す状況に中国はいら立ちを強めています。
遊川和郎・亜細亜大学教授(以下、遊川氏):中国・香港政府は11月24日の区議会選挙で親中派が負けないことを前提に事態を収拾に向かわせる算段をしていたと思います。でも、親中派が大敗したことでその目算が大きく狂い、収拾に向けた計画が宙に浮いてしまったのではないでしょうか。
というと?
遊川氏:中国共産党は10月末の「四中全会(第19期中央委員会第4回全体会議)」で、事態の収拾方法と戦後処理方針を決めたのだと思います。第2次世界大戦における「ヤルタ会談」と同じです。過激な暴力の是非に焦点を当てて区議選を乗り切り、交代論がくすぶる(香港政府トップの)林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に続投させることを決めたのでしょう。一方、戦後処理としては香港の統治が脆弱化していることに対し、行政長官や主要閣僚の任免方法、司法解釈の制度化などに手を付けることに言及しています。
容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案が今回の混乱のきっかけですが、そもそも、なぜ、ここまで問題がこじれたのでしょう。
遊川氏:林鄭氏の最大のミスは6月9日の百万人デモの夜、予定通り12日から「逃亡犯条例」の審議を行うと表明したことです。初動での判断の誤りが、平和的なデモから市民と警察の対立へと発展させ、過激な抗議行動を正当化させることにもなりました。同15日には審議先送りを表明せざるを得なくなったわけで、わずか数日の判断ミスが致命傷でした。
その後の当局のちぐはぐな対応も当事者能力の欠如を感じさせます。林鄭氏は区議会選後の11月25日に「選挙の結果を尊重し、市民の意見に謙虚に耳を傾ける」と声明を出しておきながら、その翌日の記者会見で、「(民主派が求めてきた普通選挙の実現などの)五大要求は再考しない」と正反対のことを言ってしまう。譲歩するなら、このタイミングしかなかったのに。
(抗議活動への参加者が顔を隠すのを禁じる)覆面禁止規則もそうでした。9月26日に市民との対話集会を開いて、市民に寄り添う姿勢を見せたにも関わらず、10月4日に「緊急状況規則条例」を発動して翌5日からの適用を決めました。出すメッセージがちぐはぐで、「衣の下の鎧(よろい)」が見えています。支持率を見て分かる通り、市民からの信頼がありません。
行政長官としてのリーダーシップに欠けると。
遊川氏:もちろん、香港の行政長官は中国政府の意向に沿わなければならないのだから、林鄭氏が自分ですべてを決められないという面はあります。ただ今回はナンバー2以下、本来、行政長官を支えるべき側近が全く機能していませんでした。
中国政府の意向に沿わなければならないのは、過去の行政長官も同じでは?
遊川氏:もともと香港の行政長官に求められていたのは香港市民の声を北京と折衝して実現する役割でした。官僚ではなく政治家の仕事です。ところが中国側が行政長官に求めるのは忠誠心です。中央への忠誠心だけで判断する北京の考え方は、だんだん民意を無視した人選になってきました。そもそも市民が望まない人が行政長官になっているわけです。
1997年に香港が中国に返還された当時、経済力は香港の方が中国よりもずっと高かった。それが2001年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、経済成長を遂げる一方で、香港は自力での成長戦略が描けなくなり、SARS(重症急性呼吸器症候群)後は安易に中国に依存するようになった。中国からすれば、香港を助けてやっているのになぜ、香港に高度な自治を認める必要があるのか、中国が香港から得られるものは何なのだ、ということになります。
もともと返還が決まった1980年代当時、国際社会はいずれ中国が自由で開放された社会に向かうと信じていました。香港が、民主的な社会や市場経済を中国に示すモデルとなる。香港の制度に中国が近づいてくるという発想です。その猶予期間が50年だったわけです。
いわば、市場経済、自由な社会、法の支配という香港のOS(基本ソフト)に、中国もいずれは互換性を持つようになるだろう、という考え方でした。ところが現実は違った。習近平指導部になってからは香港OSの上に監視、検閲、言論統制といった中国アプリを載せようとして不具合が起きており、さらに「一国強化版」という共産党OSとの互換性強化を図っている。それが今の状況です。
共産党の対香港政策の「一国二制度」後半のキーワードは「自治から融合へ」です。これまでは中国でありながら香港の制度(自治)を守るという意味で一国二制度でした。でもこれからはその二制度を一つの制度に融合して一国に収れんしていく、というものです。
そもそも香港に民主主義はいらないと。
遊川氏:習氏はイデオロギー統制が緩かったから旧ソ連は崩壊したとの思いが強い。その教訓を中国に生かさなければならないという危機感を強めています。国内とは異なる制度は統治の脆弱性を増す、という考え方です。
香港政府は最近「国家所需、香港所長」という言葉をよく使います。「国の必要とするところを香港は伸ばしていく」という意味です。国家への貢献こそが香港が生存していくには必要、という危機感と言ってもよいでしょう。(隣接する広東省やマカオと一体開発する)「大湾区(ベイエリア)構想」という与えられたチャンスをいかに生かすのか、ということになります。
2018年11月に発した習近平氏のメッセージ
林鄭氏が逃亡犯条例の改正を急いだのも、「自治から融合へ」という流れの中で位置付けられそうです。
遊川氏:きっかけとなった場面があります。
2018年11月に林鄭氏をトップとする香港代表団が中国の改革開放40周年を祝うため、北京を訪れ、習氏と面会しました。そのとき、習氏はこう言ったのです。「急ぐべからず、ゆっくりするべからず(急不得、慢不得)」「明日の次にはまた明日がある。明日という日はなんと多いことか(明日復明日、明日何其多)」
代表団は冷や汗をかきました。いつまでも問題を先送りするんじゃないぞ、というメッセージを読み取ったからです。その問題とは、香港基本法23条。23条では政権転覆などを禁じる国家安全条例の制定を香港政府に義務付けています。03年、当時の董建華行政長官が立法化を試みましたが、市民の猛反発を呼び、断念した経緯があります。このとき反対の声を上げるためにデモに参加した人たちは50万人。董長官は体調不良を理由に05年に任期を残したまま辞任することになりました。
それ以来、歴代の行政長官にとって23条はどうしても避けて通りたい問題となりました。持ち出せば、市民の反発を食らうのは必至だからです。中国国内では習氏の下、15年に国家安全法を成立させ、いよいよ香港にも国家安全条例早期制定の圧力が強まりました。17年7月に就任した林鄭氏も当初は、同条例の制定を避け、香港内では一定の肯定的評価を得ていました。実際、就任後1年間の支持率は歴代長官と比べても遜色なかった。それでも習氏の指示を無視するわけにはいきません。そんなところに、台湾での香港人カップル間の殺人事件(18年2月発生)が転がってきた、ということです。
反腐敗運動に力を入れる習近平指導部にとって、香港が抜け穴となるのは由々しき問題です。香港は容疑者が逃げ込んだり、中国で不正に蓄財した財産を移したりする場所でもあった。逃亡犯条例の改正はこうした抜け穴を塞ぐ意味があった。中央の圧力によるものか林鄭氏の忖度(そんたく)かは不明ですが、事件後、台湾側からの司法協力要請を無視しておきながら1年後に急に逃亡犯条例改正が必要と前のめりになったのは不自然です。
ところが、これは親中派財界人からの懸念と反発を呼びました。中国で反腐敗に巻き込まれて嫌疑をかけられれば、香港から中国に連行されかねない。香港での財産も凍結されるリスクが生じます。今回の反対運動は民主派が声を上げたことで広がりましたが、親中派の財界人にとっても逃亡犯条例改正は最初から歓迎できないことでした。
「充分肯定」の誤算
区議会選にも大敗した今、林鄭氏がカジを取り続けるのは難しそうですが。
遊川氏:問題は習近平国家主席が林鄭氏にお墨付きを与えてしまったことです。区議会選を20日後に控えた11月4日、国際輸入博覧会が開かれていた上海で林鄭氏と会談した習氏は「あなたの仕事ぶりを大変評価している」と言ったのです。中国語では 「充分肯定」。これまでの行政長官の仕事ぶりに対してこうした最大級の賛辞が本当にふさわしいのか。誰の目から見ても疑問でしょう。つまりこの大げさにも見える習氏の言葉には別のメッセージが込められていたと私は思います。
1つは親中派から出ていた林鄭氏更迭論を抑えること。「一致団結しろ」というメッセージです。
もう1つは林鄭氏を確実にコントロール下に置いておくこと。親中派からも辞任を求める声が増す中、林鄭氏の周囲は今や敵だらけ。そんな状況で、林鄭氏が中央の言うことを聞かなくなることだけは避けなければならない。海外メディアにリーク記事がたびたび出るのは危険な兆候です。謀反でも起こしたら大変だ、と習氏は懸念したのです。
謀反を起こさなければ、守ってやる。間違っても寝返るな。習氏は林鄭氏にそう迫ったわけです。
選挙の前に林鄭氏を持ち上げてしまったのは誤算だったのでは。
遊川氏:今となっては、引っ込みの付かない事態になってしまいました。可能性は極めて低かったとはいえ、林鄭氏更迭の選択肢を自ら消して、さらに弱体化した林鄭氏と二人三脚せざるを得なくなってしまったのですから。
混乱収拾のカギとなるはずだった選挙が全く逆の結果になってしまいました。前回選挙での大半の当選ラインは千票台でしたが、今回は3000票以上の戦いです。親中派の票の積み上げには限界がありました。「暴力にノー」という主張に一定の支持が集まると見ていたのでしょうが、結果は惨敗でした。
6月以来の混乱を振り返ると、北京に香港の情勢を伝える役割を果たす「中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)」が機能していなかった、というのは客観的に事実でしょう。香港問題は習氏が率いる国家安全委員会傘下の部門のマターになっている、という報道も出ています。落選した親中派議員の恨みは林鄭氏に向かいますが、林鄭氏を当面辞めさせられない以上、批判の矛先はどうしても中連弁に向かうことになります。
高騰する住宅や所得格差の問題などで手を打てば、市民の反感は和らぎませんか。
遊川氏:確かに中国は民生問題をしっかりやれ、と言い始めています。実際に9月以降、財閥系企業が囲い込んでいた土地を政府に提供すると申し出るなど、財閥も批判の矛先が向かないよう手を打ち始めている。
ただし、今、抗議活動をけん引しているのは大学生をはじめ、高学歴の人たちです。そんな政策にはだまされない、と思っている。
香港では、年代が上の世代もそうした若者たちに理解を示しています。自分たちがきちんとした社会を彼らに残せていないから、こうした問題が起きると考えているからです。自分たちよりも若者の方が希望がないのは事実。だから抗議活動を無理にやめろとは言えない。
今回の区議会選で民主派は圧勝しましたが、今回の選挙で具体的な戦果を勝ち取ったのかと言えば何もありません。今回の民意をどう結実させるか、リーダー不在と言われる中、真価を問われます。
一方、中国は政治問題を経済にすり替えて解決しようと考えているかもしれません。でも、もはや政治問題は、政治で解決するしかないのではないでしょうか。対話や譲歩も必要になるということです。ところが今回のように都合の悪い民意が示されると、それは「中央の権威に対する挑戦」と開き直り、民意とは逆の方向に走り出す可能性がある。
香港人権法は誰のための法律か
香港の民意は反映されそうにないわけですか。
遊川氏:中国はもともと「負けない制度作り」が大事だと考えています。今は香港政府の要請に基づいて(中国の国会に相当する)全国人民代表大会の常務委員会が解釈を加えるという司法解釈の仕組みも、香港政府の要請を待たずに自動的に共産党が「解釈」をできるようにしていくことが考えられます。また裁判官など司法を支配下に置けていないのが、不安定な状況を生み出しているとの現状認識があります。司法の独立に共産党が手を伸ばすことは香港の存在意義に致命的な影響を与えます。
一国二制度がますます形骸化します。一国二制度が維持できないと米国が判断すれば、香港に対する優遇策を見直す「香港人権・民主主義法」も成立しました。
遊川氏:中国が香港に高度な自治を認める「一国二制度」が守られている前提で、米国は香港に対して関税やビザ(査証)などを中国とは別に優遇してきました。
香港の自治が損なわれるなら特別扱いをやめるぞ、というのが香港人権法です。特徴の1つは個人が制裁の対象になること。中国や香港の役人が、香港の人権を抑圧したり民主主義を制限したりした場合、米国側がビザの発給を認めなかったり、米国内の資産を凍結したりできるようになる。米国の考え方次第では、中国の指導部までその対象とすることができるかもしれません。香港の活動家が快哉(かいさい)を叫んでいるように、香港政府にとっては手荒なことができにくくなるでしょう。
中国政府や香港政府に対するけん制になる。
遊川氏:ええ。ただし、結局、これは誰のための法律なのかを考える必要があります。香港を助けるためのものなのか、米国の対中カードのための法律なのか。
私は米国の新たな対中カードと位置付けるべきだと考えます。本当に米国が優遇措置を見直さずとも、そうしたリスクがあるというだけですでに香港のビジネスセンターとしての地位は大きく傷ついています。こうした政争の具となることが真に香港のためと言えるでしょうか。
米中対立の構図は、通商摩擦の第1段階、技術覇権を巡る第2段階を経て、中国が絶対に譲らない「核心的利益」に米国が踏み込む第3段階に入ったとみるべきでしょう。
新疆ウイグル自治区でイスラム教徒のウイグル族を弾圧していることを示す中国当局の内部文書が明らかになりましたが、ウイグルも中国にとっては絶対に譲れない核心的利益です。米中の通商摩擦は現時点では、交渉の主導権を米国が握り、中国が振り回されているように見えます。
中国は難しい立場に置かれている。
遊川氏:中国側は、12年に日本政府が沖縄県・尖閣諸島を国有化したとき以来のエキサイトした声明や抗議の文書を並べています。そして中国外務省は12月2日、米軍の艦船が香港に寄港するのを当面禁止すると発表しました。米国の非政府組織(NGO)を制裁対象にする方針も明らかにしています。
ですが、日本に対するレアアース禁輸のような急所を突いた報復措置とは言えません。NGOについても、香港で活動する目障りなNGOを何とかしたいという自己都合です。いずれもインパクトに欠け、報復という強い言葉のニュアンスには当たりません。時間稼ぎをしながら貿易協議という目の前に迫った問題の妥結を優先させる可能性があります。大きく拳を振り上げたまま、貿易協議と香港人権法の実際の施行具合を見ながら次の対応を考えているのかもしれません。
市民のデモは会社を休んで色々なところで起きています。
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