パルデンの会

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「わたしは日本人だった」邪悪に挑戦した「台湾のモーゼ」=李登輝元総統

 

▼▼李登輝・元台湾総統    (台湾民主化の父)逝去▼▼
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宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和2年(2020)7月31日(金曜日)参
       通巻第6606号  
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~アジアの巨星」。邪悪に挑戦した「台湾のモーゼ」=李登輝元総
  「わたしは日本人だった」。「台湾人にうまれた悲哀」と歴史的な名言残して
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 何回もお目にかかった。その情景が様々な感慨とともに瞼に浮かんでくる。
 1996年に台湾初の直接選挙による総統選挙が行われ、中国がミサイルを撃って脅迫を続けていた。筆者は台北にいて、総統選挙を取材していた。

巷は騒然としていた。李登輝は「国民党は外来政権」と比喩したが蒋介石に付いてきた外省人の一部は急ぎ財産を売り払って米国へ逃げた。
町の声は「逃げたい奴はとっと失せろ」だった。

 李登輝は96年ミサイル危機を目の前にしてこう言った。
「何も心配は要らない。わたしには十八の戦略がある」。
この剛胆とも言える総統の発言に本省人の多くは頼もしさを見出し、安堵感を得た。アメリカは親中派クリントン政権だったが、空母を当該海域に派遣し、中国はすごすごと引き揚げていった。

 96年の総統選には民進党から「台湾独立運動のカリスマ」を言われた膨明敏が出馬していた。
多くの本省人は膨明敏支持だった。しかし同時に心情的には李登輝を応援した。結果は李登輝が55%。膨は25%。残りは林洋港(旧国民党強硬派。参謀総長、首相を歴任した赫白村が副総統候補)と陳履安(無属)が出ていたが、旧勢力は惨敗だった。

 この選挙戦で、筆者は初めて李登輝氏の輝きを見た。この人の行くところ、後光が射しているかの如きで、じつは他の候補は霞んでいた。民進党は善戦したと言える。

 前後して日本側が中嶋嶺雄教授と住友電光の亀井正夫氏の呼びかけで毎年一回、台湾と日本を交互に「アジアオープンフォーラム」が開催されていた。私は台中会議から呼ばれるようになり、取材陣に加わった。毎回、李登輝閣下は出席して基調演説をこなし、懇親会にも顔をだされることがあった。
日本側の参加者を総統府に招かれ、ひとりひとりと握手された。筆者は初めて李登輝氏と握手を交わした。手に暖かみがあった。

 李登輝キリスト教を信仰していたが、台湾のキリスト教一神教の風情がまったくなく、台湾の風土と道教的な馬祖信仰の伝統に被さった、独特のキリスト教である。
なかでも長老会派の勢力が強いが、戒厳令の時代、教会が、じつは台湾独立派の集まる秘密集会の場でもあった。


 ▼守旧派と千日の静かなる闘いに李登輝は勝利した

 李登輝の使命感は「台湾のモーゼ」。邪なものに挑戦し、正義を回復する。良いものは良いと評価し、一歩一歩、確実に改革に邁進するという政治信条をもち、蒋経国急死のあと、副総統から昇格したのち、守旧派と千日にわたる凄絶な戦いを続け、ついに戒厳令を撤廃し、蒋介石時代からの終身立法委員を廃止し、総統を民意で選ぶ民選にまでもっていく。
独裁政権だった国民党は大きく動揺し、李登輝を敵視する守旧派あらゆる場面で李登輝を妨害した。

 李登輝は怯まなかった。
さずがに「台湾のモーゼ」を自称し、武士道を日本精神の中核とする信念は無私無欲、そして日本との繋がりを重視し、継続発展させるには、新幹線を日本に強引に発注する決断をなした。その後のメインテナンスで、日本との関係は継続され、深化するという独特の読みがあった。
 日台の民間交流はますます活発になった。

 1999年だった。筆者は竹村健一氏を誘って、李登輝総統への独占インタビューに出かけた。印象深かったのは、同席した「お目付役」の国民党幹部らの渋面である。同席の通訳が早業のように翻訳した紙切れを廻すと「え、こんなことを言っている」「なんとまぁ、こんなことを発言しているゾ」というあきれ顔、渋面、苦渋を浮かべる国民党幹部の顔色と、悠然と自由な会話を愉しむ李登輝総統の対比的な光景を観察しているだけでも愉しかった

 当時、李登輝のまわりを囲んだブレーンの一人が蔡英文(現総統)だった。彼女が「中国と台湾は別個のくに」という二国論を起草した。
ドイツのラジオ局とのインタビューという形で出した「二国論」に中国は猛烈に反発したが、李登輝は自信を持って対応した。筆者は直後に『諸君!』に「猿でもわかる二国論」と題した文章を寄稿した。

蔡英文女史はその後、立法委員に当選し、いつしか党の重鎮となり、2016年総統選で国民党候補を破った。

 李総統が『台湾の主張』を出版されたときは、論壇の多くに呼びかけて発起人を引き受けて貰い、オークラに1500名が集まった李登輝出版記念会。大盛況だった。


 ▼李登輝氏とはその後も何回かインタビューに出向いた

 その後、台湾へ出かける度に、李登輝氏の台北の自宅、大渓の別荘李登輝氏主宰のシンクタンクは淡水にあったが、そこにも三回か、四回は訪問している。

自宅を訪ねたときは花田紀凱、堤堯、中村彰彦氏が一緒だった。別荘に伺った時はたしか高山正之花岡信昭氏が一緒だった記憶がある。
別荘の地下が書庫となっていて、その大半が日本語の書籍。哲学、思想関係のほかに日高義樹氏の著作もあった。最新の日本事情に詳しい背景がわかった。

シンクタンクへの訪問は最初、ラジオ番組収録のために、ミッキー安川と一緒だったが、このときは急遽入院されたので叶わず、後年、息子のマット安川との特別番組のインタビューの時は会えた。別の機会には、井尻千男片岡鉄哉藤井厳喜氏らが一緒だったこともあった。いずれも筆者が台湾側と交渉し、ツアーを組んだ企画だった。

 東京に来られたときも六本木の国際文化会館で開催された後藤新平賞授賞式では楽屋に訪ねた。日本李登輝友の会の懇親会では拙著への質問があり、氏の隣に呼ばれた。

 李登輝総統との幾つかの会話で、筆者は多くを発見した。
 第一に『武士道解題』をかかれた李登輝氏の武士道理解は『死ぬことと見つけたり』の山本常朝の武士道という悲壮な世界観に立脚するのではなく、新渡戸稲造的なキリスト教的コモンセンスの世界解釈だったこと。
 第二に、三島由紀夫に関しては、おそらく情報不足からか、一度も発言がなかった。
 第三は、李登輝世代は恋文も哲学も日本語でなしたので、大正から昭和初期にかけての日本的情緒、その奥ゆかしさを体現でき、思考の基礎を日本語で組み立てることだった。それも正調日本語である

 或る時は駐日大使(台北経済文化代表処長)のお招きで芝のレスオランに筆者夫妻、阿川弘之夫妻、竹村健一夫妻が招かれ、懇談した。席上、阿川弘之氏が李登輝総統に会いに行くことになった。そのとき阿川氏は「断じて自費で伺います」と元日本海軍将校の基本姿勢を言われたのも印象深い。

 かくして日本李登輝友の会は初代会長を阿川弘之、二代目が小田村四郎、そして現在は渡邊利夫(拓殖大学学術顧問)となって地道な活動を続けてきた。
これからも李登輝総統閣下をカリスマとして、日台友好発展のための中核的組織として継続される。毎年7月30日の命日には追悼行事が組まれることになるだろう。

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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)李登輝元総統の訃報に接して
                      台湾独立建国聯盟日本本部委員長
                          王 明理
 李登輝先生が旅立たれてしまった……。こんな日が来ることは分かっていたはずなのに、いざその時が来てみると、喪失感の大きさにたじろいでいる。
 今の台湾があるのは李登輝先生のお蔭であり、今日の民主的な社会李登輝先生の手腕無くしては有り得なかった。
小さな政策ではなく、大きな哲学に貫かれた国造り。正義感に裏打ちされた政治力。まさに世界史上に残る政治家であり、哲学者であり、いえ、どんな形容も当てはまらないような世界に一人だけの特別な存在であった。
 日本に亡命した私の父(王育徳)と、台湾に残る道を選んだ李登輝先生とは、離れ離れに生きていたが、今から約60年前に無理を押して密かに会って、一つの同じ理想を持ち、お互いがそれに邁進していくことを確かめ合った。
 台湾に民主的な理想郷を作る、台湾人の立派な国を作る。人生を賭けるに惜しくない大きな目標。なんという大きなやり甲斐のある仕事であっただろう。李登輝先生は見事にその使命を果たされた。血を流さずに、一党独裁体制を民主主義に変革したことは燦然と世界史に刻まれるべきことであった。
 人は育ち、民主国家台湾は今や世界中から称賛されるまでになった。きっと、安心して旅立たれたことだろう。国内には優秀な人材がひしめき、頼りがいのある若者が大勢いる。そして、国際的にも台湾の存在感はどんどん高まっている。きっとそれを肌で感じ取られて、幸せを感じながら立派な一生の幕を閉じられたことだろう。
 今、胸に溢れる尊敬と感謝の気持ちはどんな言葉でも表すことができない。
李登輝先生が御自身の全てを注いで下さったことが無にならないように、私たちは怠らず力を合わせて努力していかなければ……。天国からいつでも、また慈愛に満ちた笑顔で見守っていて下さることを信じて。
李登輝先生、長い間お疲れ様でした。本当に有難うございました。
   (台湾の声)
     ○○○○ ○○○○ ○○○○ ○○○○ ○○○○ 

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宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和2年(2020)7月31日(金曜日)弐
       通巻第6605号  
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((( 読書特集 )))
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加瀬英明ケント・ギルバート『新しいナショナリズムの時代がやって来た!』(勉誠出版
室谷克実『韓国のデマ戦法』(産経セレクト)
湯浅 博『アフターコロナ 日本の宿命』(ワック) 
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  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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 なぜ韓国人はあれほど嫌いな日本に大挙して観光にくるのか
  ゆがんだ思考回路がショートすると常識の数倍の非常識行動をとる

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室谷克実『韓国のデマ戦法』(産経セレクト)
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 悪韓論、嫌韓論、韓監論、韓国批判の先頭ランナー、室谷氏の最新作は、凄まじい内容である。
 しかし韓国人への嫌悪感はやや希薄で、全編が抱腹絶倒。哀れな韓国人というより、哀れすぎる韓国という奇妙な存在。激情と興奮と恨みがこきまざった、通常の思考回路では判断できない、頓珍漢は発想が得意芸の国民性を発揮してしまう。
 国策が反日という文在寅政権。ほかにやることないの?
ましてや安倍晋三首相が慰安婦に土下座する像を植物園に設置して「あれは日本の首相ではない」とにやにや笑いながら嘯いている。
 嘘とデマと風説に酔っぱらう。韓国の若者は米国が駄目なら、フィリピンでもサモアでも、ともかく外国に留学しないといけないという見栄のための強迫観念に取り憑かれており、兵役もあるから初任給にありつけるのは平均30歳になる。
 泥棒をしても、お前が泥ボーと叫ぶ、逆ギレの民。中国人は、もすこしユーモラスで、泥棒の現行犯でも、品物が勝手に俺のポケットに入ってきたと、理屈にならないことをのたまう。韓国は違うのだ。つねに逆ギレして恩人に罪をなすりつける性癖がある。
 韓流が、国策による韓国のイメージを高める作戦だったことは、完全にばれた。それでも日本人の若者のなかには、「ものを考えない人」がいて、韓流ドラマに嵌り、俳優達のポスターを集めている手合いがいる。ま、どこの国にも莫迦がいるものだ。
 外華内貧というのは、ようするに見栄を張る日常を送り、大手に就職しても、45歳で肩たたきに遭遇すれば、以後はラーメン屋の屋台を引いて、ほとんどが失敗する。なんと韓国がスエェーデンよりも、高齢者の自殺は世界一という。
 これらの性格的歪みがレーダー照射事件やGSOMIA廃棄に繋がる。真相は嘘の体質と見栄っ張り、つねに反日という歪みからきている。理性でものを考える習性がない、こういう韓国人と、おとなりという地理的な宿命から付き合わざるをえない。だから日本人も可哀想である。
 トランプはあきれ果てて板門店金正恩と三度目の会見をしたときも、文在寅を同席させなかった。
 大韓航空は倒産寸前、アシアナはほかの企業の管理下にはいり、日本旅行どころではなくなった。LCCは前途絶望的。明るい展望はなにひとつない。
 なぜあれほど夥しい韓国人が『大嫌いな筈の国』に観光に来るのかといえば、韓国より物価が安いからだ。
 韓国系のホテルに宿泊し、韓国系のレストランで食事をし、外国人観光客のなかで、もっとカネを落とさないのが韓国人観光客だ。コロナで激減したが、ほっとした日本のインバウンド業界、悲鳴を挙げているのは在日韓国系のインバウンド業者だけではないかという
 おまけに韓国では99%の若者は結婚しない。というより出来ないのだ。したがって出生率は日本より低く0・9%台。文政権はばらまき政策を敢行し、財政赤字天文学的にふくらみ続け、それでも国民は極左従北政権を支持している。
 この破天荒な歪み、いったいどうやって落とし前をつけるのだろうか。
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