diamond.jp より引用
新型コロナ感染で、日本はすでに「集団免疫状態」にあるという説の根拠
新型コロナウイルス感染症で日本はすでに、免疫保有者が国民の一定割合に達して収束に向かう「集団免疫」状態になっていると複数の研究者が発表している。
このところ増加の勢いは落ちているが、それでも連日、多数の感染者(PCR検査の陽性者)の発生が発表されているだけに、信じられない人が多いだろう。一体、どういうことなのか。
「集団免疫」状態なら
感染拡大は止まる
奥村康・順天堂大学特任教授によれば、インフルエンザウイルスが原因だったスペイン風邪や香港風邪、コロナウイルスが原因だったSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)など、過去のすべてのウイルス感染症は「集団免疫」によって収束している。
新型コロナウイルスも例外ではない。
集団免疫とは、特定の集団や地域で、特定のウイルスに対する「総合的な免疫力(人が生まれつき持っている自然免疫と、特定のウイルスに感染してできる獲得免疫を合わせたもの)」を持つ人が一定の割合に達し、その人たちが壁になって感染が拡大しなくなった状態を指す。
「総合的な免疫力」については後で説明するが、日本ではすでに感染が拡大しない状態になっていると、奥村教授は言う。
ただ、この状態になっても、高齢化したり基礎疾患を持っていたり、あるいは体調が不調だったりして総合的な免疫力が弱い人は、ウイルスに感染して重篤な肺炎などになり、ごく少数の人は死亡する。
しかし死者の数は感染拡大期に比べてきわめて少なくなる。
「一定の割合」とはどの程度なのか、新型コロナの場合、当初は人口の70%程度と考えられていたが、最近はもっと低いと考える研究者が増えている。
ニューヨークタイムズ(NYT)の取材に10人を超す科学者が「50%以下」と答え、中には「10~20%」と回答した専門家もいたという(注1)。
スウェーデンの公衆衛生庁は「40~45%」としており、宮坂昌之・大阪大学招聘教授は「20%程度」ということもあり得るとしている(注2)。
注1 「一部科学者が集団免疫は5割で十分と考える訳」(NYT=東洋経済オンライン2020年8月27日)
https://toyokeizai.net/articles/-/371565
注2 宮坂昌之『「抗原検査」でスーパースプレッダーを検出せよ』(『文藝春秋』2020年8月号)
1日当たり死者数の急減が根拠
医療資源は重症者の治療に集中
集団免疫が達成されたことを確認するにはどうしたらよいか。
一つは、無作為で抽出した住民を対象に「抗体検査」を実施する方法だ。
人が特定のウイルスに対する免疫を獲得すると、「抗体(免疫グロブリンというタンパク質)」ができるので、血液検査でその有無を調べるものだ。
抗体検査をきちんと実施するには、微小な抗体でも検出する検査機器が必要だ。また、抗体検査で確認できるのは獲得免疫だけなので、自然免疫についても調査する必要があるが、これが難しい(後述するスウェーデンの場合はこの方法をとった)。
そこで奥村教授と、やはり集団免疫を研究している上久保靖彦・京都大学特定教授は新型コロナによる死者数の動きに着目した。
1日当たりの死者数は、感染の拡大とともに増加するが、集団免疫状態になると急減し、その後、低いレベルが続く。
日本の場合、1日当たりの死者は4~5月に急増し、4月22日には91人に達したが、6月になると減少し、6月中旬~7月中旬には1~2人となり、報告なしの日もあった。
従って日本では7月中旬ごろには「集団免疫」状態になっていた可能性が大きいという。
厚生労働省は6月18日、「新型コロナウイルス感染症の陽性者が死亡した場合、厳密な死因を問わず、新型コロナウイルスで死亡した感染者として全数を公表する」ことを都道府県に依頼している。
死者に関する詳しい情報が公表されないため詳細はわからないが、発表された死者に、死因が新型コロナ以外である人が相当数含まれているのは間違いない。
日本が集団免疫状態に達していると判断した奥村教授と上久保教授は、7月27日に都内で記者会見し、このことを発表した。
会見で、上久保教授は、主な欧州諸国の「死者曲線」(人口100万人当たりの死者数の動きをグラフにしたもの)を示し、これらの国ではいずれも、死者数が高い水準に達した後、急減していると説明した(死者の数や急減の時期は国により異なる)。
集団免疫に達しているのは日本だけではないとみているわけだ。
日本で7月から8月にかけて感染者(PCR検査の陽性者)が急増したが、それは検査数が増加した結果、陽性者が増加しただけのことだという。また陽性者の多くは総合的な免疫力によって無症状か軽症状で済んでいる。
新型コロナウイルスへの対応方法は、感染拡大期と集団免役期では180度異なる。
集団免疫状態であれば、不要不急の外出や県外旅行の自粛、集会の人数制限、マスク着用や社会的距離の確保などは、原則として必要ないと奥村教授は言う。
政府が勧める「新しい生活様式」にとらわれる必要はなく、経済活動は徐々に元に戻していけばよい。
PCR検査で陽性と判定された人は、症状に応じて対応する。重症や中等症の人は入院し、軽症や無症状の人はしばらくの間、症状が悪化しないか注意しながら暮らす。
軽症者や無症状の人は体内にあるウイルスの量が少ないので、外出しても他人にうつす可能性はきわめて低いと考えられる。
従って入院者を限定し、医療資源を重症者の治療に集中すれば、医療の逼迫(ひっぱく)も起こらないはずだ。
パルデンの会で 説明図を添付
「総合的な免疫力」は
人を守る3重のバリア
ここで「総合的な免疫力」とはどのようなものかを説明しよう。
宮坂教授によれば、人が病原体などの異物から身を守る「生体防御」は3重のバリア(防壁)から成っている。
第1は、異物が侵入してきたら、皮膚や粘膜とそこに存在する殺菌物資が阻止したり、死滅させたりする「物理的・化学的バリア」だ。
そこを突破してきた異物には、白血球の一種の「マクロファージ」やリンパ球の一種の「NK(ナチュラル・キラー)細胞」が立ち向かう。これが第2のバリアで、第1と第2を合わせて「自然免疫」と呼ぶ。
自然免疫は、あらゆる異物に対して直ちに反応する。
2つのバリアを潜り抜けてきた異物を攻撃するのが、第3のバリアである「獲得免疫(適応免疫)」だ。
これには、リンパ球の一種の「B細胞」が「抗体」をつくって攻撃する「体液性免疫」と、リンパ球の一種の「キラーT細胞」が攻撃する「細胞性免疫」がある。
これらの獲得免疫は特定の病原体などに対して強い攻撃力を持つが、発動するまでに2日~1週間の時間がかかる。また1度経験した病原体は記憶しており、2度目の侵入には素早く反応する。この原理を応用したのがワクチンだ。
つまり、NK細胞・抗体・キラーT細胞などを合わせたものが「総合的な免疫力=体の抵抗力」なのだ。
そして最近の研究で、NK細胞やキラーT細胞は学習することがわかってきた。
普通の風邪の原因になるコロナウイルスに過去に感染していると、これらの細胞は新型コロナウイルスに対しても力を発揮する。これは「交差免疫」と呼ばれる。
ただ、抗体には、(1)ウイルスを不活化し、細胞への感染を防ぐ「善玉抗体」、(2)ウイルスの感染を促進する「悪玉抗体」、(3)不活化も感染促進もしない「役なし抗体」があるから注意が必要だ。
抗体が増えても、(2)の悪玉抗体が増えた場合は症状が悪化し、「抗体依存性感染増強現象(ADE)」になることもある。
免疫力の強さは人により異なり、同じ人でも体調によって異なる。新型コロナウイルスに対しても自然免疫だけで排除できる人もいるし、獲得免疫が出動しても排除できず、重篤な肺炎などになる人も、少数だがいる。
自然免疫は体調がよいとフルに働くと、宮坂教授は言う。(1)早起きして朝日を浴び、体内時計を狂わせない、(2)ラジオ体操やウオーキングで血流を上げる、(3)ストレスをできる限りなくす、などが有効だ。
スウェーデンは「達成」を発表
日本政府、自治体も調査急げ
目を世界に転ずると、アメリカ、ブラジル、イタリア、ルクセンブルク、スウェーデンなど多くの国々で、1日当たりの死者数がある時期を境に急減していることを確認できる(死者数や急減の時期は国によって異なる)。
奥村教授らの考えによれば、これらの国々では集団免疫が達成されている可能性が大きい。
このうち政府が集団免役の達成を明言したのが、スウェーデンだ。
同国の公衆衛生庁は7月17日の記者会見で、首都ストックホルム市では住民の抗体獲得率が17.5~20%に達し、これにキラーT細胞などを介した免疫を合わせると40%近くが免疫を獲得したと判断でき、集団免疫をほぼ達成したと推定できると発表した(注3、注4)。
同国の新型コロナによる死者(1日当たり)の動きを見ると、4月には40人を超える日もあったが、5月、6月と減少し、7月以降は数人以下の日がほとんどで、報告なしの日もある(注5)。
同国が集団免疫を達成していることは、死者数の動きからも確認できるわけだ。
集団免疫達成の発表から1カ月余り、人々の暮らしはどう変わっただろうか。ストックホルム市在住の宮川絢子医師(カロリンスカ大学病院泌尿器外科)にメールで尋ねた。
新型コロナに対しスウェーデンは、他の欧米諸国のような「ロックダウン(都市封鎖)」は実施しなかった。
具体的には、「高齢者施設の訪問と50人以上の集会の禁止」および「飲食店で客同士の距離をとる制限」だけを法律で定め、「可能な限りのリモートワーク」「不要不急の旅行の自粛」「社会的距離の確保」などは「勧告」ということで、実施するかどうかは国民の自主的な選択に委ねる方法をとった。
宮川医師によれば、禁止されていた50人以上の集会は10月から500人以上になるなど規制が緩和され始めた。住民たちはためらいなく外出するようになり、街はにぎわいを取り戻しつつある。
バカンスシーズンなので、人々は自由に国内を旅行している。例年なら国外でバカンスを過ごす家族が多いが、今年は国外へ出かける家族はほとんどいないようだ。
海外渡航は控えるべきとした勧告は、欧州連合(EU)圏内の一部の国に対しては解除され、国境を越えた移動が再開されたが、スウェーデン国内では感染の再拡大はいまのところ見られないという。
宮川医師は「(100万人当たりの死者数がスウェーデンより2桁も少ない)日本の人たちが、スウェーデンよりはるかに不安に思っているのはなぜかなと思ってしまう」「スウェーデンには徹底した情報の透明性やトップのブレないリーダーシップがあり、それらが政府への信頼につながっている」などと話している。
日本で新型コロナウイルスはいまなお感染が拡大中なのか、それとも集団免疫状態になったのか、政府も東京都や大阪府などの自治体も、急いで調査すべきだろう。
注3 宮川絢子『スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」』前・後編(『メディカルトリビューン』2020年8月5日、6日)。
https://diamond.jp/articles/-/244438
https://medical-tribune.co.jp/rensai/2020/0805531103/
https://medical-tribune.co.jp/rensai/2020/0806531104/?fbclid=IwAR2M70KDMGvvsozVSC3QouJ0lKjxfYHS8gpfA5-Yaa7cw6ozfWSYCb5XSYA
注4 泉美木蘭『政策がナチュラルに無秩序な日本で、スウェーデンのコロナ対策を素直に見てみる』(幻冬舎plus2020年8月5日)。
https://www.gentosha.jp/article/16250/?fbclid=IwAR2xiYPH9EQr-jfS8qpNsxQk0sQ7Tg1OdJ6HtPsy9oz7AEpwMebUy2dpdGQ
注5 武者リサーチ『ストラテジーブレティン』(258号)に図表が載っている。
http://c.bme.jp/18/1961/352/
(ジャーナリスト 岡田幹治)