ウクライナの倉庫に出荷できない小麦の山、農家の目に涙 食料危機の懸念
国連は18日、ロシアによるウクライナ侵攻のため、今後何カ月かのうちに世界的な食料不足が発生する恐れがあると警告した。
ウクライナの農家ユーリ・ヤロヴチュクさんの倉庫には、出荷できない小麦の山ができている。ロシアの軍事行動のため、黒海に面するオデーサの港などから作物を国外に輸出できないからだ。「絶望的な気持ちだ」と、ヤロヴチュクさんは目に涙を浮かべる。
ウクライナは戦争前まで大量のひまわり油や、トウモロコシや小麦などの穀物を輸出していた。それが今では、港湾周辺にロシアが機雷を敷設したことから、貨物船が操業できなくなっている。その影響で小麦などの世界的な供給量が減り、代替品の価格が高騰している。国連によると、世界の食料価格は昨年同期比で3割近く上がっている。
アントニオ・グテーレス国連事務総長は18日、今回の紛争で「何千万人もが栄養不良、大規模な飢餓、飢饉(ききん)に直面し、食料難に陥る恐れがある」と述べた。
そして、「皆が協力すれば、私たちの世界には今、十分な食料がある。しかし、この問題を今すぐ解決しない限り、今後数カ月のうちに世界的な食料不足の恐ろしさに直面することになる」と付け加えた。
また事務総長は、ウクライナが生産する食料と、ロシアとベラルーシが作る肥料が国際市場に再び供給されなければ、食料危機の効果的な解決はないと警告した。
ロシア軍に大打撃、停戦交渉も左右する「蛇島奪還作戦」をウクライナが実施か
東京ディズニーランドの半分以下の小島
ロシア・ウクライナ紛争も3カ月が経過、ウクライナ東部・ドンバス地方では依然激しい攻防戦が繰り広げられているものの、開戦当初と比べれば戦線は全般的に膠着状態にあると言っていいだろう。
こうした中、「ウクライナのゼレンスキー大統領は近くロシア軍が占拠中の蛇(スネーク)島の奪還に踏み切るのでは」との観測がなされている。
ウクライナにとって外貨の稼ぎ頭である穀物、特に小麦の輸出ルートの回復は最重要課題で、それには島が脅威になること、またロシアとの停戦交渉を見越して、有利な立ち位置を確保しておくことの2点をゼレンスキー氏は考えているはず、という憶測である。加えて奪還を可能にする“新兵器”が欧米から続々と到着している点も見逃せない。
ところで「蛇島」とは耳慣れないが、正式には「ズミイヌイ島」と呼び、れっきとしたウクライナ領である。同国最南端、ルーマニアとの国境をなすドナウ河の河口から東約35kmの沖に浮かび、面積0.18km2、周囲2km足らず、標高約40mの小島で、広さは東京ディズニーランド(約0.5km2)の半分以下だ。
一方ロシア側から見ると、2014年に一方的に占拠・併合したウクライナ領クリミア半島から180kmも離れている。とにかく補給ルートの確保が大変だろう。
実はロシアが2022年2月24日にウクライナに全面侵攻した際に、真っ先に制圧したのがこの蛇島だった。ウクライナの黒海沿岸地域を素早く押さえて海との連絡を絶ち、ゼレンスキー政権を軍事・経済的に締め上げようと画策。その橋頭保(前進拠点)としてロシア側はこの島に目をつけたのである。
当時島にはウクライナ国境警備隊員13名が駐留していたが、島に迫ったロシアの長距離対空ミサイル(SAM)搭載の巡洋艦「モスクワ」の降伏勧告に「くたばれ!」と一蹴、一時彼らは全員戦死との悲報が伝わるが、後に捕虜になるものの全員無事だった。この様子を描いた記念切手をウクライナが発行し世界の話題となっている。また、降伏を強いた「モスクワ」は同年4月、ウクライナ国産の地対艦ミサイル(SSM)「ネプチューン」の攻撃で撃沈されている。
島駐留のロシア軍の人数は不明だが、島の大きさや補給の困難さを勘案すると100人前後ではと推測される。すでに射程12kmのSA-15自走式短距離SAMを数基と防空用レーダーを配備したとの報道もあるが、一方でSA-15の何基かがすでにウクライナ軍の空爆で破壊されたと見られる。
「前進拠点」が一転して「孤立無援」に
また前述のように「海に浮かぶSAM基地」と期待した「モスクワ」がまさかのSSM攻撃により海没。このためロシア側が構想した「ウクライナ南部上陸作戦」も絶望的になった。同艦は長距離SAMと高性能対空レーダーがウリで、上陸作戦を援護するため、接近するウクライナの航空機やSSMを迎撃する重責を担っていた。
だが「モスクワ」を喪失したままで上陸作戦を強行するのはあまりにも無謀で、ネプチューンの射程内(約300km)に入ることは危険すぎる。結局ロシア艦船はウクライナ沿岸から遥か遠方に下がらなければならず、ネプチューンの射程内にある蛇島への補給も覚束なくなっていく。「モスクワ」亡き後は、ウクライナ軍用機による島への攻撃は活発化し、補給のため島への接近を図ったロシア軍のヘリコプターや揚陸艦艇が次々に撃墜・撃沈されているようだ。
「モスクワ」と同性能の艦艇が黒海艦隊には他になかった点もロシア側には痛かった。しかも、他のミサイル巡洋艦を黒海に急派したくてもできない。第2次大戦以前に締結した「モントルー条約」があるからで、黒海で紛争が発生した場合、黒海と地中海を結ぶボスポラス・ダーダネルス両海峡を、いかなる軍艦も原則的に通れないと国際的に決められている。
ドナウ河を使った穀物輸送、「目の上のコブ」を排除
紛争勃発直後は首都キーウすら陥落しかねない状態だったため、南端の小島の奪還を後回しにしていたウクライナだったが、自国軍の善戦で今年5月頃には戦線がほぼ落ち着き、また西側からは武器・弾薬が続々と到着したため、ゼレンスキー政権にある種の余裕が出てきたのも事実。そこでいよいよ懸案の蛇島の回復に乗り出そうと考えても不思議ではない。
また、ウクライナはもちろん、世界にとっても深刻なのが「穀物供給のストップ」の状況で、1日でも早く回復させたいところだろう。同国は穀物、特に小麦の一大輸出国だが、紛争勃発以降、産出した穀物の船積みは足止め。昨今の世界的な食糧価格高騰の元凶にもなっている。周知のとおり、今後世界的な食糧不足に陥ることが確実視され、特にアフリカの途上国では大飢饉が発生しかねない。
2019年のウクライナの小麦生産量は約2800万トン(世界7位)、うち約1300万トンを輸出に回しこちらは世界5位である。この他大麦やヒマワリの種(食用油の原料)、トウモロコシ、大豆なども世界有数で、「欧州のパンかご」とも呼ばれる。
穀物輸出の大半は同国最大の貿易港・オデーサなど黒海やアゾフ海に面する港から行われ、巨大なバルクキャリア(バラ積み船)を使った海運で出荷される。
ところが紛争開始後ロシア軍はこれら港湾を占領・攻撃したり、周辺海域に機雷を敷設したり、さらには軍艦や軍用機で航行を阻止したりするなど海上封鎖を展開し、ウクライナ産穀物の船便はストップしたまま。一部報道では、前年の繰り越し分も含め2200万トンの小麦がウクライナ国内に留め置かれた状態だという。しかも昨年秋に作付けした冬小麦が数カ月後に収穫時期を迎え、少なくとも1000万トンの小麦がさらに在庫として積み上がるという。
これらを何とかさばこうと、目下貨物鉄道を使ってポーランド経由で北海の港まで輸送する代替ルートを模索中だが、船便に比べて輸送コストが割高で輸送量も少なく、線路幅も異なるため直通運転が不可能で途中で荷物の載せ替えが必須。貨車や施設も限られ、大量輸送には限界がある。
このため、現在有望視されるのがドナウ河を使った船便だ。この河は欧州屈指の国際河川でバージ(はしけ)や河川用貨物船による水運が発達している。ウクライナ側の河畔にもキリアなど数カ所の河港があり、一部には鉄道も通うなど輸送インフラも比較的整っている。
ここまで鉄道・トラックの陸路で穀物をピストン輸送し、バージや貨物船に載せた後、ドナウ河を下って黒海に出た後は、ロシア軍の攻撃を避けるためルーマニア領海内の航行をひたすら続け南下。最終的に同国最大の貿易港・コンスタンツァに入港し、巨大バルクキャリアに載せ替えて海外へ──という物流ルートである。多少手間はかかるものの鉄道よりも大量に運べ、輸送コストも安く済む。
そうなると、「目の上のたんこぶ」なのが、航路のすぐそばに浮かぶ、ロシア軍に占拠された蛇島である。前述のように、駐留するロシア軍部隊は劣勢にある。そこで、「いよいよウクライナによる奪還も秒読みか」と推測されているのだ。
蛇島奪還ならプーチン政権は停戦交渉の有力カードを失う
では具体的にどうするのか。注目は2022年4月頃からアメリカが90門、オーストラリアとカナダ合わせて10門、合計100門をウクライナに供与した最新式の牽引式155mm榴弾砲「M777」で、愛称は「トリプルセブン」だ。
最大の特長は「重量が4トン強」という超軽量さで、同様の榴弾砲(同7~8トン)に比べ約半分に過ぎない。この差は極めて大きく、これまでの同種の大砲の場合、大型ヘリコプターによるスリング(吊下げ)輸送が不可欠だったが、M777の場合は、自衛隊も使用するUH-60や旧ソ連/ロシア製のミルMi-8/-17など、ありふれた中型ヘリコプターでもスリング輸送が可能なのである。
加えて40kmという超長射程(155mm砲は通常最大で30km)を叩き出し、しかもGPS誘導機能で高い命中率を有する「エクスカリバー」砲弾を使用できる点も特筆だろう。
例えばウクライナ軍が保有するMi-17ヘリでM777をドナウ河口のデルタ地帯に降ろし、35km先の蛇島に狙いを定める。デルタ地帯は軟弱地盤で道路や橋も皆無なため、ヘリコプターを使わない限り砲兵隊の布陣は困難だろう。使用する砲弾は射程40kmの「エクスカリバー」なので、蛇島には余裕で砲撃を加えられる。加えてGPSによる精密砲撃ができるため、「ムダ撃ち」せずに島内のSAM施設やロシア兵が立てこもる塹壕(ざんごう)などにピンポイント攻撃もできるはずだ。
M777を数門並べ、数日にわたり昼夜問わず砲撃を続ければ、さすがのロシア将兵も戦意喪失で白旗を上げるだろう。
加えて2022年5月にNATO加盟国のデンマークが、「ハープーン」SSMの地上発射型をウクライナに供与すると発表、これも同島奪還にとって非常に心強いアイテムとなる。ウクライナ国産の「ネプチューン」は開発間もなく信頼性も不明で、また半導体不足も相まって量産化には至っていないという。ハープーンはこれをカバーする意味合いがあり、射程はネプチューンと同じ300kmに達し、しかも信頼性にも優れるため、ロシア側にとっては脅威だろう。
「ロシアの攻撃機が砲兵隊を爆撃するのでは」との懸念もあるが、この地域はNATO加盟国のルーマニアに隣接する場所。NATOやアメリカ軍の最先端の偵察機・電子妨害機がルーマニア領空内を24時間体制で周回し、相手側の動きを逐一チェックしている。それでも攻撃を試みる場合は、ウクライナ南部をカバーする地上発射型の長距離SAM「S300」や射程数10km程度の近距離SAM、さらには兵士1人で発射できるアメリカ製の携帯式SAM「スティンガー」などによる何重もの防空網をかいくぐらなければないため、ほとんど不可能だろう。
さらにロシアは極超音速ミサイルや巡航ミサイルなど様々な長距離ミサイルを駆使して砲兵隊を潰しにかかるのでは、と心配する向きもある。だがこれらは建物や施設など動かない「固定目標」の攻撃がメーンで、逆に動く目標は大きな艦船以外命中は至難の技。つまり超軽量のM777の場合、例えばあちらこちらに予備陣地を構築しておき、数分間射撃したらヘリコプターで別の陣地にサーっと移動し砲撃を再開、といった具合に「モグラ叩き」の要領で攻撃を回避すればいい。
ゼレンスキー政権が蛇島を奪還すれば、プーチン政権は来るべき停戦交渉での有力カードを失うことになる。
2022年5月に入ってからロシア側は「船による穀物の出荷を認める代わりに、西側の対ロ制裁を解除せよ」と、穀物版“人道回廊”をちらつかせて揺さぶりをかけ始めている。もちろん穀物輸出に窮するウクライナや、食糧高騰に悩む欧米の足元を見た卑怯なやり口だが、蛇島を奪い返してドナウ河ルートを盤石にすれば、プーチン氏の無理筋な条件に対する強力なカウンターにもなるだろう。
逆に島を奪還しないまま停戦した場合、ロシア側が島の防御の強化に乗り出すことは必至で、こうなれば奪還は厄介になってしまう。
黒海に浮かぶ小さな島の帰趨から目が離せない。