日本農業新聞2024年12月7日
チベット亡命政府首相に本紙単独会見
首相室で日本農業新聞の単独会見に応じるペンパ・ツェリン首相。背後の写真はダライ・ラマ14世(インド北部ダラムシャラで)
ダライ・ラマ継承、高僧ら提言へ
チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世(89)の継承問題の行方が注目される中、インド北部ダラムシャラにあるチベット亡命政府のペンパ・ツェリン首相(57)が、当地で日本農業新聞の単独会見に応じた。ダライ・ラマが90歳になる直前の来年7月2~4日、高僧らが「次のダライ・ラマ」選出に向けた化身認定制度の在り方などについて考え方をまとめた推薦文をダライ・ラマに提出することが決まったと明らかにした。
ダライ・ラマがインドに亡命した1959年以降、くすぶり続ける継承問題が初めて動き出す見通しとなった。一方、中国は継承者をダライ・ラマでなく中国政府が認定するとしており、領有・主権問題に加えた新たな確執に発展している。
4日、首相室で行った本紙との会見で首相は、継承問題の行方ついて「ダライ・ラマ法王の(7月6日の)誕生日まで待たなくてはいけない」と述べ、この日にダライ・ラマが何らかの声明を出す可能性を示唆した。
首相は「2011年9月の公文書に『法王が90歳になった時、(継承問題で)ある決断を下すかもしれない』と記されている」と指摘。ダライ・ラマはこれまで、高僧らの意見を聞いて継承の在り方を判断するとしており、サムドン・リンポチェ元首相(85)など高僧らの推薦文を判断根拠にするとみられる。
チベット・アムド省で穀物や野菜を栽培する農家に生まれたダライ・ラマは、4歳の時に前任者の記憶などを持つ「13世の化身」として高僧らに見出された。しかし、亡命から10年後の1969年、チベットで600年以上続いた化身認定制度の存続について「チベット人たちが決めるべきだ」と声明を出し、議論を促した。
ダライ・ラマは1世から現14世まで男性が認定されてきた。だが、首相は「法王は『女性の方が生来、慈悲の心が強い』と語っている」とし、継承者は「あらゆる選択肢がある」と明言した。
チベットの今…入植世代は農業で生計
チベット人の精神的支柱、ダライ・ラマ14世の継承を巡る動きが来年7月以降、具体化する。一方、チベット人社会は亡命先のインドやネパールなどで生まれた「祖国を知らない世代」が中心となってきた。インド南部の農業入植地で生まれたツェリン首相もその一人。言語、食、伝統文化の継承にも力を注いでいる。
ツェリン氏は、ダライ・ラマがインドに亡命した7年後の1966年、同国南部カルナタカ州のバイラクッペで生まれた。
バイラクッペはインド政府が60年、チベット人に提供した最初の入植地。3000人が農民として1人1エーカー(約40アール)を割り当てられ、その中にツェリン氏の両親もいた。
しかし、標高4000メートル以上の高原豪雪のチベットとは異なる半乾燥の熱帯地域。水に乏しく、土地は多くが樹木に覆われていた。
「両親たちは木を伐採し、土中の根を取り除き、農地にする開墾から始めた。チベットの農業とは全く異なり、最初はうまく育てられなかったが、食べられるものは何でも栽培した」という。「私は9人きょうだいの3番目。3歳の頃から朝4時に起床し、水くみをし、牛ふんを片付け、家を掃除し、それから学校に通った」
「米はあまり育たず、ジャガイモや綿花を育てた。種まき、施肥、除草、収穫。チベット人は誰もが貧しかったけれど、みんなで助け合った」。そうした中、学校給食は大きな楽しみだった。「蒸したティンモ(チベットの蒸しパン)や発酵させたティンモ、ダル(豆類)だけだったけれど、おなかを満たすには十分だった」と笑う。
祖国の地の味 後世につなぐ
チベット人たちは世界中にコミュニティーを築き、インドでは耕地も広げた。バイラクッペのあるカルナタカ州では計1万2000エーカー(約4900ヘクタール)程になり、有機栽培にも取り組んでいる他、薬草を育てて薬の原料にする構想もある。
気候や文化、言語も異なる国で農業から生計を立て、60年以上かけて暮らしを整えた。半面、祖国を知らない世代が多数になり、チベットの記憶が亡命社会から薄らいでいく。
ツェリン氏は「チベット人の学校はインドとネパールに61校あり、子どもたちはチベット語や伝統文化も学んでいる」と語る。給食では、家庭でも作られなくなったチベット料理を定期的に提供し、食文化をつなぐ。
世界には現在、欧米など100カ所にチベット人コミュニティーがあり、推計12万~13万人がいるという。
「首相に就任して3年余。やっと全コミュニティーの訪問を終え、これから2巡目に入る。中国とは非暴力の交渉を続け、日本を含む国際社会には、チベットが中国の一部であった歴史的事実はないとの共通認識を求めていきたい」と語った。
(インド・ダラムシュラ=栗田慎一)
本紙連載「給食百景」は来年1月、インド国内のチベット人学校の給食も取り上げます。