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福島原発震災――チェルノブイリの教訓を生かせ

福島原発問題は 「我々が理論武装」 
することも必要


福島原発震災――チェルノブイリの教訓を生かせ

 3月13日午後8時の時点で、東京電力福島第1原子力発電所1、2、3号機、第2原子力発電所1、2、4号機と、計6基の原子炉の冷却装置が震災の影響で作動せず、「緊急事態」にいたっている。
 12日には第1原発1号機の建屋が水素爆発で吹き飛び、放射性物質が外部へ飛散し、住民が被爆しているが人数などはまだ確定していない。このような事象を「原発震災」という(注①
 東京電力の沸騰水型原子炉の場合、3つの防護壁が用意されている。原子炉圧力容器、格納容器、そして建屋だ。1号機の建屋はこなごなに吹き飛んだが、厚さ1.5-2mもある頑丈な構造物だから、爆発の映像は衝撃的だった。
 枝野官房長官の記者会見によれば、格納容器は損傷していないということだから、膨大な放射性物質が大気へ出たわけではない。しかし、膨大ではないが大量の放射性物質が出たことは間違いない。
 現に2キロ圏内で避難の遅れていた病院と特別養護老人ホームにいた人、3キロ離れていた場所を移動中の避難住民、計190人が被爆した可能性があり、22人の被爆を確認している。被爆者はこれからもっと増えることになるだろう。除染など万全の処置が必要である。
 なお、現在、第1原発の1、2、3号機がすべて格納容器内の圧力を下げるため、断続的に放射性物質を含む気体を大気へ逃がしているため、放射性物質は爆発事故の前から現在にいたるまで、大気へ出ているのである。
 政府が広い地域で周辺住民を避難させているのはそのためだ。なお、この3号機はプルサーマルの燃料を使用しているので、プルトニウム混合化合物が燃料棒に乗っていることを忘れてはならない。
 では、どのくらいの量が大気に飛散しているのだろうか。飛散した放射性物質の量についての発表はない。放射線量の計測結果だけである。また、どのような物質が出ているのか。ヨウ素セシウムを検出したとだけ一度発表されている。
 現在進行形の福島原発震災を考える際、参考にすべきは25年前のチェルノブイリ原発事故(1986年)である。32年前のスリーマイル島原発事故(1979年)に類似しているという説もあるが、建屋が吹き飛ぶ爆発を起こしたのはチェルノブイリだけである。

 もちろん、原発の構造も規模も事故の性質も違うことはわかっている。事故を起こしたチェルノブイリ原発4号機(旧ソ連、現ウクライナ)の場合、原子炉の外は建屋で、福島のように格納容器はない。したがって原子炉の暴走、爆発によって建屋が崩壊すると、一挙に膨大な放射性物質が上空高くまで飛散することになった。

 福島第1の1号機建屋内の水素爆発で崩壊したのも建屋構造物だが、チェルノブイリとは異なり、崩壊したのは建屋だけで、格納容器は損傷していない。核分裂反応の暴走による大爆発ではない。これは留意しておこう。
 したがってチェルノブイリ級の重大事故のレベルではないが、世界史的に見てチェルノブイリ原発事故に次ぐ大事故であることはたしかだ。

 しかも、危機は去っていない。ほかの5基の原子炉も冷却装置が作動しなくなっており、冷却剤の注入はこれからだ。核物質の崩壊熱はどんどん上昇している。1号機の冷却剤は海水である。これは未経験の事態だ。世界中が固唾を飲んでニュースを見ている所以である(3号機も海水注入)。

 以上のように、構造と規模と事故の性質の違いを考慮しても、チェルノブイリ原発事故後の当局の対応、飛散した放射性物質とその影響を振り返っておく価値はある。
 チェルノブイリ事故では、ソ連政府は半径30キロ圏内の13万5000人を避難させ、立ち入り禁止とした(25年後の現在も同様)。
 福島事故では、当初第1原発の3キロ圏内、次に10キロ圏内からの避難を命じ、1号機爆発後は20キロと拡大している。第2原発は10キロ圏内からの避難を勧告している。両発電所からの避難圏は重なっており、避難住民は約8万人である。

 1号機の冷却を首尾よく処理できても、危険な状態の原子炉がまだ5基もある。「最大事故を想定」(枝野官房長官)しているならば、まずは30キロ圏内からの脱出を準備すべきだ。この距離の根拠はチェルノブイリの経験である。重大事故の場合はまず30キロから脱出。このチェルノブイリ基準くらいしか人類に経験はない。

 飛散した放射性物質ヨウ素131とセシウム137であるチェルノブイリ原発事故は1986年4月26日に起きたが、2か月後の6月に英国で羊からセシウムが検出され、イタリアでは汚染したウサギ数万匹を処分している。8月にはトナカイからも検出されている。木の実や植物に付着したセシウムを動物が摂取し、食肉にしようとして検出されたということだ。

 直接的な被爆は半径30キロ圏立入禁止措置である程度封じられたとしても、2か月経って食物に取り込まれ、西ヨーロッパまで拡散したことになる。
 放射性ヨウ素半減期が8日と短く、影響は数キロ圏だと思われる。ヨウ素甲状腺に蓄積され、約10年後に甲状腺機能障害や甲状腺がんになる可能性が高い。現在もウクライナで患者が多い。
 予防措置としてヨウ素を排出させるヨウ化カリウム溶液が福島で投与されている。原発立地地域にはあらかじめ配備されているのだ。ヨウ素をさんざん取り込んだ後では無意味なので、福島で投与を開始したのは正しい判断である。

 セシウム137の半減期は30年、チェルノブイリ事故から2011年で25年だから、ようやく半減期に近づいたところだ。セシウムヨウ素よりやっかいである。生物の体内に取り込みやすく、長期間にわたって放射線を出す(崩壊していくときに出る)。放射線は細胞どころか遺伝子を傷つけ、がんを誘発する。体内に取り込むと内部から放射線を出すので人体に強い影響を及ぼす。これを体内被曝という。

 そのセシウム食物連鎖をたどって動物に現れたのがチェルノブイリ事故から2か月後だったわけだ。5か月後の1986年9月にはフィリピンでオランダ製の粉ミルクからセシウムが検出された。5か月で加工食品に出てきた。
 9か月後の1987年1月、日本の厚生省がトルコ産ヘーゼルナッツから520-980ベクレルのセシウムを検出したと発表した。当時の安全基準は370ベクレルだった(注②)。つづけて、スパゲッティ、マカロニ、菓子、チーズなどから検出されている。輸入加工食品が出回り始め、東アジアへ到達したのである。
 チェルノブイリ事故後、約2年間にわたってこのように輸入食品からセシウムが検出され続けた。
 福島原発震災はまだ収束したわけでない。今のところチェルノブイリ級の下に位置する世界的な重大事故であり、しかも国内だから、食物からのセシウムの検出が政府の重要な職務になるだろう。
 パニックになる必要はない。まず原発に近い住民の方は、野菜、キノコ、果物をよく洗ってから食べること。放射能の除染作業とは水で洗い流すことなのである。

 政府は今後、放射性物質の検査を各地で頻繁に行ない、すぐに公表すること。すでに大量のセシウムヨウ素が飛散したという前提で行なう必要があるが、飛散による被爆の危険性は30キロ離れれば問題ない。しかし食物に入り込むとはるかに広域へ拡散することになる。風評被害が起きる可能性があるが、これを避けるためにも検査の充実と公表の迅速さが求められる。

 全国の自治体が協力すれば、より正確な情報を得られ、国民全体にも国際的にも利益になるだろう。これが第2のチェルノブイリの教訓である。
 福島原発で冷却材を注入する危険な作業を行なっている東京電力自衛隊のみなさんに敬意を表しつつ、制限被爆量を必ず守って作業を完成させることを期待したい。
(文/ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一)
注① 地球科学者の石橋克彦・神戸大学名誉教授は、原子力当局の想定を超える巨大地震が起きた場合、原発は大きく損傷して大事故にいたる、と主張し、「原発震災」と名付けた。

注② 1986年のセシウム食品安全基準は、食物1キログラム当たり370ベクレルだった。日本では現在、飲料水・牛乳・乳製品が200ベクレル、野菜類・穀類・肉類・卵などが500ベクレルを指標としている。ベクレルとは、放射性物質放射線を出して別の物質に変化する時間を単位にしたもの。1秒間に1回変化すると1ベクレル。1ピコキュリーは0.037ベクレル、つまり37ベクレルが1000ピコキュリーである。

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