パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

放射能汚染の本当の姿は? 政府も東電もそして左翼、環境もすべておかしい!!!

パルデンの会 に寄せられた sawako氏よりの 風評被害にかんする意見を上げておきます。
 
現在 新橋東電前で行われている 反原発抗議も 最後に沖縄問題や 米軍問題がでてきて
非常に 本来の形とかけ離れてきております。
 
異常なほどに社会に問題を浴びせ 日本を孤立させるだけのような論調も 反原発にはあるので
そこら辺をよく考えなければならないと思います、
 
 
 


放射能風評被害」についての私的な見解
大震災から早くも1ヶ月が経ち、福島での原発事故も依然収拾がつかないまま続いてい
るが、震災自体や事故そのものよりも、事故による“放射能汚染”風評被害の方が遥かに
深刻なように思われるのは、私だけではないのではないか。
私がこの問題に具体的な関心を持ったのは、ある友人の“つぶやき”が発端だった。
「今まで原発には賛成で、便利な生活も良かったが、事故で怖くなった。だからこれか
らは反原発!」 軽薄なようだが、これでもいいんじゃないの?(04 月10 日)
これに対して私は、高田純・札幌医科大学教授の調査結果発表を基に、4月10日午後2
時の 時点での福島第二原発正門前の放射線量は、γ 線が毎時35マイクロシーベルト、1
日線量に換算して0.84ミリシーベルトで、チェルノブイリ原発の1/2000以下で
あり、福島県浪江町の1日線量は0.41ミリシーベルトチェルノブイリ原発30キロ
圏内の1/250、もちろん、高田教授自身もピンピンしているし、現地には家畜の世話
をしに単独で農場に戻っている人もいて、住民87名の甲状腺検査でも特に問題はなかっ
たと述べて、何とか友人らの不安を払拭しようと努めたのである。
ところが、これに対して友人らは「無害であれば、原発を東京に建てればいい」「風評被
害が起きているのは、安全という発表が当てにならなくなったからだ」「今回の事故はチェ
ルノブイリともスリーマイルとも異なる、『人類が初めて体験するタイプの災害』であり、
被害が最終的にどのようなものになるのかは、ガンや白血病の発生率も含めて、20〜3
0年たってみないと分からない」「あなたは専門家なのか」「専門家でも様々な意見が存在
し、避難地域を拡大すべきだという意見もある」などと、うろたえない奴はおかしい、と
でも言わんばかりの応対ぶりだったのである。
そんな折も折、政府の事故評価がチェルノブイリと並ぶ「レベル7」に引き上げられ、
今度は別の友人がそれについて不満を漏らし、「まだ隠していることがあるのではないか」
と不信感を顕わにしてきた。
今回のこの「レベル7」評価が何を根拠にしてなされたのかは、私にはわからない。た
だ、海外の専門家は、「レベル7」評価は「事故の深刻さが同程度という理由ではなく、放
射性物質の放出量が規定値に達したため」であり、「福島とチェルノブイリの比較上の不一
致は「『7』が広範な罪をカバーする」という事実からきている」としているのだが、総じ
てこれを「過大評価だ」としており、中には「レベル評価を含む政府の対応をこれ以上非
難されないための政治的判断」「レベル7への引き上げは原発の問題ではなく、保険の免責
や財政上の問題と関係がある」という意見すらあったのである。
しかしながら、その一方で「深刻な土壌汚染」を声高に言い立てる手合いも確かに存在
している。
その手合いとは、“環境保護団体”グリーン・ピース(GP)とそのGPにデータ提供を
した今中哲二・京都大学助教授らだ。
今中氏は「3 月28 日と29 日にかけて飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動
の暫定報告」の中で、福島県南部の一番放射線量率が高い所で「毎時18~20 マイクロシー
ベルトである。/村役場周辺を含む村内北西部の放射線レベルは毎時5~7マイクロシー
ベルトで、伊達市方向へ向かう峠を越えると毎時2~3マイクロシーベルトに減少した。
村内北東部では、飯舘牧場付近の毎時4~5マイクロシーベルトから大倉付近の毎時2~3
マイクロシーベルトへと減少した。村の南部地域では、北部に比べて大きな放射線レベル
が認められ、比曽川沿いの下比曽から蕨平にかけては、毎時10 マイクロシーベルトを超え
放射線レベルが認められた。この地域での車内での最大値は毎時20 マイクロシーベルト
であった。この地点おける車外道路上(地上約1m)の線量は毎時24 マイクロシーベルト
で、隣接している畑地では毎時30 マイクロシーベルト」としているのだが、これらの数値
は、いずれも高田純・札幌医科大学教授の挙げた福島第二原発正門前の放射線量(毎時3
マイクロシーベルト)よりは明らかに低いものである。
そして、同助教授は13日に開かれた国会での報告会で、福島県飯館村で「毎時10マ
イクロシーベルトを超える放射線を確認」、同村は「放射線被害で人が住むのに適したレ
ベルではない」と報告している。更に同助教授は、チェルノブイリと比較しても「重大な
汚染状況になっていることは確か」とまで言い切っている。
更にグリーン・ピースは記者会見を行い、「論争は避けたい」と前置きをした上で、福
島第一原発周辺で深刻な放射能汚染が見られたと発表している。
同会見によると、GPは4月4日から8日にかけて独自の放射線測定調査を行い、原発
周辺10キロ圏では2.25マイクロシーベルトだったが、5キロ圏に入ると125マイ
クロシーベルトに線量が跳ね上がり、福島県内の野菜は1キロ当たり2万~15万ベクレ
ル、福島市内のスーパーで購入した野菜も1キロ当たり3400ベクレルと「全て高レベ
ルに汚染され」、県内の土壌も地表で1平方センチ当たり2万7千キロベクレルの放射能
汚染が見られたという。
会見では更に、原発周辺からの70キロ圏の人口集中地域は郡山市を含めてセシウム
汚染されていると述べてもいたのだが、「いわき市での線量は低く、毎時0.5マイクロ
シーベルトだった」と言ったところで「ザ・ザーッ」という“ノイズ”がかなり長い時間
入って音声が回復しそうにもなかったので、私はその時点で当該会見映像を見るのを止め
たのである。
これらの騒動を目の当たりにしているうちに、私は事故そのものや“放射能汚染”その
ものよりも、全く別の懸念を覚えるようになった。それは、野菜その他への“風評被害
もそうだが、人的な“風評被害”即ち福島県民への差別に発展しはしないかという懸念で
ある。
そうした矢先に、案の定「福島県民の入店を拒否する店が現れた」「タクシーでも乗車
拒否があった」といった噂が流れ(尤も、これらについての真偽は定かではない)、更に
福島県出身の児童がいじめを受けたとの報道がなされたのである。
そして、原発周辺の飯舘村は今年の農作物の作付け中止を決定し、“飯舘”ブランドの
牛肉が消滅の危機に瀕しているという。
私がこのような懸念を覚えたのは、(今や忘れられた観すらあるが)一つには広島・長
崎の被爆者たちに対する長年に渡る執拗な差別という苦い事実があったからだ。曰く「被
爆者と結婚すると、奇形児が生まれる」――この執拗な“風評被害”が、実に戦後40年以
上続いたのであり、これが差別に相当するということは一般には殆ど認識すらされなかっ
たのである。
しかし、事実はどうだったかといえば、結局、二世以降を対象とした追跡調査では、胎
被爆の場合を除いて、奇形児が生まれた例は見られなかったらしい。そして、今回の原
発騒動では、まさに現地福島の妊婦を中心とした若い女性が、子供を産むべきか否かで苦
しんでいるという。
このような差別がなされた背景には、もちろん人類初の核兵器使用に対する恐怖が根本
にあったのだが、それ以上に、“原爆”もしくは放射能汚染というと、おどろおどろしい
話を興味本位的に伝えるばかりで、放射線についての正確な知識は殆ど教えないという教
育の影響が非常に大きかったと言わざるを得ない。
そして、今回同種の問題が再燃したところから見て、戦後60年以上経過して、日本人
はいかに進歩しなかったかが図らずも露呈されたともいえるのである。
尤も、こと原発問題に関する限り、海外(もしくは外資系)の専門家やメディアは至っ
て冷静なようだ。
先述の「レベル7」にたいする評価もそうだが、4月20日号のニューズウィーク誌も
風評被害”の背景について冷静な分析記事を載せている。
中でも注目に値するのが4月11日配信のウォールストリート・ジャーナル日本版コラ
ムで、これは気象庁気象研究所が1958年から50年以上継続的に測定した国内の放射性物
質量を挙げて「1960年代、土壌中に含まれるセシウム137とストロンチウム90の量は、2000
年以降の平均値の何と1万倍を上回っていた」としているのである。この時期には米ソ両国
が大気中で核実験を行っていた訳だが、その後も中国とフランスが核実験を行った際には、放射線量が「2000年代の1000倍レベルに増加した」という。(これと同様の記事が4月7日発売の週刊新潮 2011年4月14日号にも掲載されたようだが、生憎とこちらは未見である。)
核実験といえば、中国は1964年以降、実に46回もの地上核実験を行っている。
その際に汚染された土壌が、現在も“黄砂”として日本を含めた周辺各国に降り注いでいる筈だが、GPがこの問題を採り上げたという話は寡聞にして知らない。
つまり、GPや今中助教授らのやり方は、いかに善意に解釈しても、米ロ中の核実験といった、強大な相手に対峙することになる問題は看過して、原発事故のような、比較的叩きやすい相手を叩ける場合のみ騒ぎ立てることで、とりあえず活動しているという恰好をつけているのだとしか、私には思えないのである。
ここで私は一つ言っておきたい。デマをまき散らしたり、そのデマに踊らされて安易に騒ぎ立てたりすることは、それ自体反社会的行為であり、場合によっては差別をも誘発しかねないということから犯罪的行為ともいえるのだということである。
更にもう一つ、提案したいことがある。それは、今回のこの状態を受けて、臨時に福島救援の組織を立ち上げるか、それが無理でもせめて福島救済のキャンペーンを実施できないだろうか?
そうすることで、例えばデマへの抗議などを通じて謂われなき差別を是正したり、農作物等の作付け中止を撤回させて地方経済を破綻から救うことぐらいはできるのではないかと思うのだが、いかがだろうか?
もちろん、できることなら私が自分でこうしたことを実行したいのは山々なのだが、生憎とどうすればいいのか、その知恵も手段もない。どなたか、良いお知恵があれば拝借したいのだが、いかがだろうか?