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チャイナ・ウォッチャーの視点 2012年04月09日 (有本 香)
ウイグル人は「テロリスト」なのか?
焼身抗議が相次ぐチベット同様、ウイグル自治区でも、苦難の日々が続く。ウイグル問題が国際社会で共感を得られないのは、ある理由がある。
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ウイグル人は「テロリスト」なのか?
2012年04月09日(月)有本 香
チベットで、三十余名もの焼身抗議が起きたことは、私自身、本コラムでも幾度も伝えてきた。が、同時に、チベットの北に位置するウイグル地域(現在の新疆ウイグル自治区)で起きてきた、ウイグル人に関する事件については本コラムでもほとんど話題に上ることはなかった。
ところが、そのウイグル情勢に今後大きな影響を与えるか、と思われる国際ニュースが昨日来、続けて伝わってきている。ひとつは、インドとパキスタンの歴史的和解のニュース、もうひとつはトルコのエルドアン首相の新疆ウイグル自治区訪問のニュースである。
ウイグル情勢を探る際には、ウイグル人と中国当局との関係を見るだけでは十分ではない。国境を接しているパキスタンや、ウイグル人と民族的に近い中央アジア、トルコといった国々との国際関係を注視する視点を忘れてはならないのである。
ウイグル問題を巡る国際関係の話に入る前に、ウイグル問題が、日本で、あるいは国際社会で、いま一つ知名度や共感を得られにくいことの理由に触れ ておく。理由はいくつかあるが、そのうちの重要な一つは、日本のメディアで、ウイグル人に関する事件が報じられる際に必ずついてまわるようになった「テ ロ」という言葉にあろう。
最後は、「(当局の)弾圧強化の口実にされかねない」と弾圧に苦しむウイグル人側に寄った書き方となってはいるが、その前の「専門家曰く」の部分 をあわせて読むと、それこそ、「パキスタン国境に近いウイグル人地域はテロの温床となりやすい」との印象を読者に与えてしまいかねない。
日本のメディアと日本人の多くが、ウイグル人の抗議行動を、短絡的に「テロ」という言葉と親和させてしまう現状は、2000年以降の国際情勢の動 きと無縁ではない。9.11以降アメリカが強力に推し進めてきた、「テロとの戦い」という大キャンペーンの「とばっちり」をウイグル人が受けている、と いっても過言ではないのだ。事実、アメリカ政府は、自国内に住む無実のウイグル人をあの悪名高きグアンタナモ米海軍基地のテロ容疑者収容所に送った経緯も ある。
中国政府作成のテロリスト・リスト
先週、中国政府は独自のテロリスト・リストに6名のウイグル人を追加し更新した。「独自の」と書いたのにはわけがある。実は、冒頭の世界ウイグル 会議の事務総長ドルクン・エイサ氏は、中国政府のテロリスト・リストに名前の載っている人物なのだが、国際社会にその認識が共有されているわけではない。 氏は亡命先のドイツの国民としてふつうの生活を送り、他のヨーロッパ諸国へ頻繁に出かけてはウイグル問題を訴える活動を行なっており、日本にもすでに数回 入国して同じ活動をしている。
「中国政府によれば、私はテロリスト・リストの3番目に名前を挙げるほど危険な人物のようですが、実は生まれてこの方一度も、銃器に触れたことがないのです」
筆者の取材に対し、氏は苦笑交じりにいう。ドルクン・エイサ氏はドイツに亡命する前、トルコに暮らし、アンカラ大学の政治学の修士課程に学んだ。にもかかわらず、近年、トルコ政府は氏の入国を拒否している。それはなぜか?
近年、中国政府は、ウイグル人封じ込めと新疆ウイグル自治区への実効支配強化のために、ウイグル地域の「漢化」を強引に推し進めてきた。おもに は、ウイグル人を他の地域へ強制的に移住させ、漢人をウイグル地域へ移住させる政策であるが、その一方で、ウイグル地域と同じトルコ系民族としてつながる 隣国のキルギス共和国、ウズベキスタン、カザフスタンなどの国々に対し、手厚い経済援助を行なってきてもいる。
これは、一義的には、中央アジア諸国がもつ資源を有利に手に入れるためであるが、同時に、民族的につながるウイグル人への後方支援を絶たせ、彼ら の孤立化を図る狙いも大きい。中央アジアに留まらず、中国はトルコに対しても通商関係を強化することで、ウイグル人組織への支援を行わせないよう手を打っ てきた。さらに、民族的つながりは薄いが、国境を接するパキスタンにも、経済的、軍事的な支援を積極的に行なうことと引き換えに、パキスタン領内でのウイ グル人の活動を封じ込めるよう圧力を強めてきた。
ホータン事件の衝撃
食い違う発表内容
食い違う発表内容
内では移住政策を進め、外に対しては経済力を武器に関係諸国への連携を強める。中国政府が、内外から着々とウイグル封じ込めを進めているかのように見えていた中で起きたのが、昨年7月のホータンでの派出所襲撃事件である。
一報を読んだ際、まず「ホータン」という地名に引っかかり、あらためて地図を見た。ホータンは、新疆ウイグル自治区の南西部にあり、今日も中国、 インド、パキスタンが国境線を巡って係争しているアクサイチンという地方から百数十キロとひじょうに近い。まさに辺境である。この立地が幸いして、漢人の 入植は他の地域ほどは進んでおらず、住民の9割以上がウイグル人とのことである。であれば、民族間の対立感情は希薄なはずだが、なぜ、そのような地で死傷 者を出すほどの衝突が起きたのか?
とは、在日ウイグル人の弁だ。玉石の産地として知られるホータンには、古くは、ホータン王国があり、7世紀にはここを吐蕃(現在のチベット)が支 配、さらに則天武后の唐が奪い返したという歴史もある。11世にイスラム化した後も、さまざまな攻防の舞台となった地であり、「何かが起こるところ」とし て知られる地でもある。
先述したように、そのホータンで起きた事件の報道に際しては、例によって、中国側とウイグル人側との発表内容には大きな隔たりがあった。世界ウイ グル会議側は、ウイグル人少なくとも20人が命を落としたと発表したが、伝わってくる情報の食い違いには、死者数以外にも重要な点がある。
中国メディアは、「襲撃犯らは、派出所にジハード(聖戦)の旗を立てた」として、あたかも「イスラム過激派によるテロ」であるかのようなイメージ を被せようとした。ところが、在外ウイグル人らによると、グループが派出所の屋上に立てたのは、スカイブルーに三日月と星が描かれた「東トルキスタン国 旗」であった、という。つまりこの一件は、「ウイグル人はけっして民族自決をあきらめない」という強い意思の表明だったというのだ。この件、遠く離れた北 京の政府にも相当の衝撃を与えたであろうことは間違いない。
印パにミャンマー 変わる周辺
内外への策怠りなく見えていた中国政府の「上手の手から水が漏れた」のか? 内では、ホータンの事件後も、カシュガル等で抵抗が相次ぎ、外におい ても最近、中国にとって喜ばしくない変化がさまざま起きている。その一つが昨日報道された、インド・パキスタンの和解であろう。印パの和解が今後スムーズ に進むか否かは不明だが、それでも、中国にとって長年の友であり、とくに近年、米国との関係悪化から軍事的つながりを強めてきたパキスタンが、共通の敵で あったインドと関係修復を表明したことが面白いはずもない。
少し前には、やはり中国一辺倒に依存してきたミャンマーが、米国との関係を修復した件もあったが、これはチベットとの関係において、中国にとり、面白くない事態であろう。とはいえ、中国政府も面白くない事態を座視しているわけではない。
2月には、習近平国家副主席がトルコを訪問、このたび返礼的にトルコのエルドアン首相が中国を訪問する際、新疆ウイグル自治区へと招き入れた。ウ イグル人と民族的に近いトルコからの投資を歓迎し、新疆のさらなる発展を、というキャンペーンである。エルドアン首相が目下のところ、同じトルコ系の兄弟 姉妹らの人権問題より、自国の経済発展のほうにいたく関心があることはいうまでもない。
問われる日本の真価
国際情勢が目まぐるしく変化する中、つねに後手にまわっている感の強いわが国であるが、そんな日本で来月、在外ウイグル人の活動からが集結する。 世界ウイグル会議の第5回大会を東京で開催されるのだ。中国はすでに、今般のチベット亡命政府の首相訪日の件と合わせて、強烈な不満を表明している。
「ウイグル人の人権状況、民族差別は近年、悪くなる一方です。その改善のために、アジアの大国であり、民主国家である日本の皆さんのお力をお借りしたい」
中国との経済的な結びつきが強いことにかけては他国に引けを取らないわが国だが、果たして私たちは、その現状に引きずれられるだけでよいのか? 自由、人権、民主主義といった、全人類に共通して保障されるべき価値を重んじる国としての日本の真価が、今後試されることとなるのである。
◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜
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