「出て行け、ここは中国の領土だ」進む南沙の埋め立て
- 2015/5/13 6:30
- 日本経済新聞 電子版
日々、その表情を変えながら、ダイナミックに成長し続けるアジア。つっこんだ取材をしているからこそ、注目を集めるニュースの裏に隠れた独特なお国柄が見えてくる。人々の熱い息づかいを、歴史的に抱えている背景を、現地の事情に通じた海外駐在記者が、一歩踏み込んだ視点でわかりやすく伝える。
米国とフィリピンの軍事演習開始を翌日に控えた4月19日の昼前。南沙(英語名スプラトリー)諸島を管轄するフィリピン軍西方部隊の偵察機が、コバルトブルーに輝く南シナ海を警戒飛行していると、突然パイロットの目がくらんだ。中国が埋め立てを進めるスビ礁の上空。パイロットは海上の中国船が強い光を照射したことを確認した。その直後に無線が入った。「あなたは中国の領土に入っている。出て行きなさい」
比軍が15年1月に撮影した写真では、ジョンソン礁やチグア礁で、高さ18メートル、6階建ての建物など複数の大型施設を建設していることも確認した。ファイアリークロス礁には長さ3キロ、幅最大600メートルの巨大な平地を整備。比軍は滑走路の予定地とみる。建造物などの工事が進む5カ所に加えて、ミスチーフ礁とスビ礁の2カ所も埋め立て工事中と判明。比外務省が推計した埋め立て面積の合計は約300ヘクタール、東京ドーム64個分に相当する広さだ。
東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の対応にも変化が見られる。いままではフィリピンのほかにベトナムも南シナ海の領有権を主張して中国と対立してきたが、親中派のカンボジアなどが対中強硬姿勢に反対。なかなか一枚岩になれなかった。しかし、ここに来てASEAN全体に中国への警戒感が高まりつつある。
これまでインドネシアは中国の動きを静観していた。ところが、最近になって南シナ海の南端に位置するナトゥナ諸島で、軍備増強に着手したとの観測が広がる。ナトゥナ諸島はカリマンタン島(ボルネオ島)北西部にある第2次世界大戦直後からのインドネシア領で、「領有権問題は起きたことはない」(インドネシア政府)。だが、中国はナトゥナ諸島の一部の領有権を主張しており、インドネシアが警戒を強めているという。
英国放送協会(BBC)は14年「インドネシア軍が米国から購入したアパッチ攻撃ヘリをナトゥナ諸島の大ナトゥナ島に展開している」と報じた。専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー」も、インドネシア海軍が基地を増強し、補給などの後方支援施設を増強していると伝えた。主力戦闘機を運用できるように空軍基地を拡充する計画もあるという。中国が埋め立てによる実効支配を着々と進める事態を受けて、「インドネシアの中国に対する対応が変わり、ナトゥナ防衛に乗り出した」(南シナ海問題に詳しい防衛関係者)。
4月26日、マレーシアの首都クアラルンプールで開いたASEAN外相会議後の記者会見では、議長国マレーシアのアニファ外相が「(中国の埋め立ては)中止するのが望ましい」と明言した。一方、ベトナムはフィリピンに「戦略的パートナーシップ」の締結を呼びかけた。フィリピンの地元報道によると、両国は合同軍事演習を柱とした包括的な提携に向けて協議を進めている。
《視点》自衛隊、南シナ海の監視に携わる可能性も
フィリピン軍は最近まで戦闘機を1機も保有していなかった。2014年に韓国から「FA-50」12機を購入したが、実際の配備はまだ先になる見通し。中国が南沙諸島で埋め立てを強行するのも、フィリピンの軍事面の脆弱さや、アジア重視を掲げながら軍事費を削る米国の足元を見透かした動き、とも言える。
中国は埋め立てについて「民間事業の目的だ」と説明するが、軍事拠点だとすれば周辺国の安全保障に直結する重大な事態だ。東シナ海を挟んで中国と向き合う日本にとっても対岸の火事ではない。昨年10月、米比軍が実施した占領された島の奪還を想定した軍事訓練に、自衛隊が初めてオブザーバー参加した。日米は防衛協力のための指針(ガイドライン)を18年ぶりに改定。自衛隊が南シナ海で監視や情報収集に携わる可能性も指摘される。
中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設に欧州の先進国も巻き込み、経済的な影響力を強めようとしている。日米はAIIB参加に慎重な姿勢を崩さないが、経済と軍事の両面で存在感を増し続ける中国とどう向き合うか、まさに難局に直面している。
(マニラ=佐竹実)