南シナ海仲裁判決、中国の「次の一手」に備えよ
中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス
「判決無視」を許せば、世界は暴走を止める術を失う
南シナ海の中国の領有権主張は7月12日に出されたオランダ・ハーグの国際仲裁裁判所の判決により、完全に否定されることになった。中国が主張する九段線(南シナ海を牛の舌の形に囲む九本の破線、1953年に中国が制定した。清朝時代に南海と呼ばれた海域を中華民国が十一本の破線で囲んで領有を主張した十一段線を書き直したもの)は歴史的根拠がないと完全否定された。中国がフィリピンと領有を争うスカボロー礁などに勝手に建造物を建て、軍事拠点化しようとしていることは、国際法と照らし合わせ完全な違法行為、ということになる。中国は判決が出る前から、従う気はさらさらないと公言していたが、ならば、次にどういう態度に出てくるか、非常に気になるところである。今回のコラムは、中国の次なる動きについて考えてみたい。
予想通りの全面敗訴と完全無視
これは2012年4月、フィリピンと中国がともに領有を主張するスカボロー礁付近において、フィリピン海軍が違法操業中の中国漁船を拿捕したのをきかっけに、中国監視船とフィリピン漁船が1カ月に及びにらみ合うという対立緊張がおきた、いわゆる「スカボロー礁事件」の解決策として、フィリピン側が国際海洋法裁判所の仲裁を仰ぐ提案をしたのが始まり。フィリピン側は仲裁裁判所に任せることを理由に軍を引いたが、中国側はそのまま居残りスカボロー礁を埋め立て、軍事施設の建設を進めるなど実効支配に出た。
当時はアキノ政権であり、中国側に強く抗議を行うも止められず、2013年1月に、中国側の行為の違法性を問うため、正式に提訴をした。中国側はこの提訴に反発、提訴を取り下げるよう求める一方で、完全に裁判を無視。公聴会にも出席しなかった。そして3回の会議を経て今年7月12日夕に判決が発表された。
主な内容は、①中国が主張する九段線内の資源についての“歴史的権利”の主張は法的根拠がなく国連海洋法に違反している。②中国側が礼楽灘で資源採集しているのはフィリピンに対する主権侵害であり、中国側は南沙諸島のサンゴ礁生態系に回復不可能なほどに損害を与えている。③中国側漁民の南シナ海における大規模なウミガメ漁、サンゴ漁はサンゴ礁生態系を破壊しており、これを停止させないのは中国側の責任である。④中国台湾当局が実効支配している太平島を含め、南沙諸島の島々は岩礁であり島ではない。したがって、EEZ(排他的経済水域)も派生しない。⑤天然の美済礁、仁愛礁、渚碧礁はすべて満潮時には水面下に隠れ領海も、EEZも、大陸棚も派生しない。中国の人工島建設はすでにフィリピンの主権権利を侵犯している。
仲裁案の悪意ある扇動によって政治を操ることは、南シナ海問題をさらに緊張と対立の危険領域に巻き込むことになるだろう。これは地域の平和安定維持に完全に不利であり、中国フィリピン両国、地域国家と国際社会全体の共同利益に合致しない。この茶番はもう終わった。正しい道に戻るときだ」
中国こそ国際秩序の建設者
最近、ヒステリー気味の王毅にしてみれば、比較的抑えた言葉遣いだが、この談話ににじむのは、中国こそ国際秩序の建設者である、という主張であり、今回の判決は一部外国勢力(具体的には日米)の陰謀であり、国際社会の総意ではないという立場である。確かに国の数からいえば、仲裁案が出た直後に支持を表明しているのは日米など43か国、不支持、二国間の協議で解決すべし、という意見の表明はロシア、パキスタンなど58か国。ちなみに韓国は立場を表明していない。
太平島を島ではなく岩礁だと一蹴された台湾も、判決不支持の声明を出しているが、これは台湾にしてみれば、中国台湾当局と不本意な名で呼ばれたうえ公聴会にも呼ばれておらず、とばっちりを食ったとしか言えない。それでも、台湾は二国間協議ではなく多国間協議、国際社会での話し合いで解決をと呼びかけている。
この席で鳩山は「東アジア和平理事会」の創立を提言し、南シナ海については「米国の関与が深い」「米国がいつも仮想敵国を作り出し、国家を動員して軍事と産業の結合を進める策略をしばしば使い、日本もこうした策略を使っている」「中国が釣魚島の主権を主張することはなんら問題ない。メディアが中国脅威論をあおっている」「中国は軍の兵力30万人の削減を宣言したことは平和に向かう善意の現れ」などとかなり中国に向かってリップサービスしたようだ。もちろん、これは中国読者向けの中国メディアの記事なので、その発言は加工されている可能性はあるのだが、ひょっとすると今年の孔子平和賞受賞を狙っているのかもしれない。
つまり中国側は、南シナ海判決については、世界60か国近くが中国側を支持し、日本の平和主義的元首相も判決がアンフェアだと見ていることなどを根拠に、正義は中国にあり、国際常識・国際秩序のルールメーカーは中国であるとの立場を国内で喧伝しているわけである。これは従来の国連主導、米国主導の国際秩序、国際常識に対するある種の“宣戦布告”ともいえる。
習近平は軍事施設の年内完成を厳命
すぐさま戦争が起きる、とは私は考えていない。なぜなら提訴した当事者のフィリピンの新しい大統領は判決を歓迎するも、かねてから「絶対戦争はしない」と言明しているからだ。現在の大統領のロドリゴ・ドゥテルテは大学でフィリピン共産党の指導者シソンに師事した左派だ。新内閣にもフィリピン共産党から4人の閣僚を起用。フィリピン共産党に中国系資金が入っていることは結構知られた話であり、親中色の濃い内閣といえよう。ドゥテルテ自身は判決が出る前から「事態が動かないならの二国間協議で解決」ということを言っており、中国側は経済支援を申し出る代わりに判決を棚上げし、南シナ海の共同開発という形に懐柔していく方針に自信をもっている。ドゥテルテ政権は、とりあえず中国の一方的な条件付き対話は拒否し、より良い条件を引き出そうとしているが、対話で解決する方針は維持している。
年内にスカボロー礁の軍事施設を完成させることは習近平自身の厳命であると香港消息筋から流れている。「出て行ってください」と口頭で言っても中国が素直に聞く耳をもつわけがない。中国に完全撤退させるには、相応の強制力が必要で、それは経済制裁か軍事制裁ということになるが、中国にそういう圧力をかけることができる国が世界にいったいどのくらいあるのか。
仮に当事国のフィリピンが、判決を棚上げにし、二国間協議で問題を解決すると言えば、米国が積極的に介入できるだろうか。せいぜい“航行の自由”を行使するぐらいで、南沙諸島の中国の実効支配、軍事拠点化を阻止することはできないだろう。フィリピンの交渉力に期待はできない。「戦争する気まんまん」の中国と「戦争は絶対しない」と公言するフィリピンの話し合いは中国有利に決着すると考えるのが妥当だろう。
「戦争モード」に怖気づけば、新たな危機
中国は口では「平和の庇護者」を名乗り「平和的話し合いで争議を解決」というものの、これは棍棒を片手にした話し合いだ。判決が出る前日まで南シナ海で南海・東海・南海の三艦隊合同の大規模実弾演習を行い、そのビデオ映像をネットやテレビで繰り返し流すなどして絶賛「戦意高揚」プロパガンダ中である。地方では反米抗議デモが若干起きている。海外華僑も各地で抗議活動を行っており、ハーグの仲裁裁判所前でもオランダの華僑・華人組織が、判決無効の垂れ幕を掲げて抗議集会を行った。中国のネット掲示板では「もし南シナ海で戦争が始まったら兵士に志願するか?」というテーマの投稿がいくつかあり、多くの若者が「戦う」と書き込んでいる。それが本音かは別として、そう書き込んでしまうような空気があるのだろう。
一方で、解放軍では退役軍人・民兵に戦争に備えて元の部隊に戻って海軍演習に参加するよう通達が出されており、中国側は着々と臨戦態勢を整え始めている。中国体制派メディア・フェニックスは判決への抵抗手法として、外交世論闘争を盛り上げ、南シナ海大規模演習を行い、スカボロー礁建設加速とフィリピン漁民の締め出し、防空識別圏を制定しつつ、フィリピンを経済的に懐柔すべしと解説。勇ましい人民日報系環球時報は判決が出る前から「米国が機会に乗じて挑発することがあれば、必ず反撃する」「挑発にはがまんしない」としている。
こういう中国の「戦争やる気モード」を前に怖気づいて、国際社会の総意として出した仲裁案を棚上げして中国と話し合いによって、中国の思惑通りの結果になったとする。これは、当面の南シナ海での軍事的衝突、軍事的緊張をうまく回避できたという点で、ひょっとするとほっと胸をなでおろす人もいるかもしれない。だが、この結末はより大きな危機の始まりともいえるのだ。
こうなった場合、早晩、南シナ海の島々に解放軍のレーダーやミサイルが配備され、南シナ海の中国軍事拠点化が完成する。南シナ海は中国海南島にある戦略核ミサイル原潜の基地の接続水域であり、南シナ海の島々の中国の軍事拠点が完成されることで、この海域は中国原潜のサンクチュアリとなり、米国の影響力を第二列島線の向こうまで後退させるという戦略目標への実現の一歩となる。
次は東シナ海、国際秩序の正念場だ
南シナ海は東シナ海とつながって第一列島線の内側を形成するので、南シナ海の軍事拠点化が完成すれば次は東シナ海が狙われる。尖閣諸島をめぐって日中の軍事的対立、緊張が今以上に高まることになるわけだ。習近平政権は今現在まだ解放軍の軍権を完全に掌握していないと言われているが、もしフィリピンとの外交成果として南シナ海軍事拠点化が完成すれば、解放軍の習近平に対する忠誠や信頼は強まるかもしれない。中国は将来的に米国の2倍にあたる潜水艦保有を計画しており、海軍力が高まった中国との対峙は、今とは比べ物にならないほどの脅威となるだろう。
もう一つは、「国際社会」の権威の失墜が明らかになる。国連という枠組みの国際社会の秩序の中で法律に基づいて決めたことが、強大な軍事力と経済力を持てば無視できることを中国がその行動で示すことになる。かつてそれをやったのは、ルールメーカー自身であった米国だけだった。国際イメージを損なう、国際社会で孤立する、と常識のある国にはできない選択を13億の人口と世界第二位の経済規模をもつ中国はやってしまい、国際社会は中国を制裁できないどころか、アンチ米国のロシアやアフリカや東南アジアの小国60か国が中国支持に回る。こうなっては国際秩序や国際ルールって何なのだ、という話になる。現在の国際ルールは、すでに無力化し、強大な軍事力と経済力を持つ国が粗暴な恫喝と懐柔で、新たなルールメーカーになろうとしている。南シナ海における今の中国の動きは、そういう意味もあるのだと想像する。