経済失策が招いた「好況」 正恩氏、募る不安 電子編集部次長 山口真典
- 2015/9/10 3:30
- 日本経済新聞 電子版
8月、朝鮮半島で一時的に軍事的な緊張が高まった。表向き南北朝鮮は、ギリギリの協議のすえ関係改善で合意したように見える。ただ、北朝鮮の動きからは、軍事的な緊張をあおりつつも積極的な対話姿勢が目に付いた。韓国への接近を図る金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の狙いは何か。それを解くカギは「失政が招いた経済状況の好転」にありそうだ。
実は、朴槿恵(パク・クネ)政権への対話のサインは、今回が初めてではない。昨年10月の仁川アジア大会に合わせて側近の黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長や金養建氏を予告なく派遣し、南北高官協議を開催。今年の新年の辞では、わざわざ南北首脳会談の開催に言及していた。
半面、平壌の発展はめざましく、訪朝した人は「窮乏を感じない」と口をそろえる。高層マンションの建設が相次ぎ、人々は携帯電話を持ち歩き、高級レストランが繁盛しているという。韓国銀行によると2014年の成長率(推計値)は1.0%で、正恩氏が指導者に就いた11年からプラス成長が続く。
ところが、皮肉なことに「政策の放棄」が逆に経済の活性化につながっているようだ。庶民は生きるため、食べるため、副業に励み、ヤミ市場に日参する。そこには中国から流入した食品や生活必需品が並び、十分な物資の供給があるから物価は落ち着いて、結果的に生活事情は好転しているように映る。
庶民の命をつなぐヤミ市場の数は全土に約400カ所まで増えた。需要の拡大に伴って、各地の市場に商品を供給する物流網も年々整い、各市場の周辺には「出店料」を払えない露天商が取り囲むなどにぎわっているという。労働党の地方幹部も、賄賂を受け取ってヤミ市場に目をつぶり「市場経済」を陰で支えている。
ヤミ市場の拡大に伴い、商才のある人々は商品取引や流通などに関わって着々と富を蓄える。彼ら「新興富裕層」は、地域社会で商品の価格や供給量をコントロールする権力を持ち、軍や党幹部に匹敵する発言力を保有するようになった。ある脱北者によると、彼らは「指導部の邪魔さえなければ、どんどん成長できる」と公言しているという。
それに加えて、正恩氏を悩ませているのが「統治資金の不足」だ。若い経験不足の指導者にとって、平壌に住む党や軍の幹部ら約300万人の絶対的な忠誠心が権力の源泉だ。相次ぐ粛清など「恐怖政治」だけでは求心力の維持はおぼつかない。手厚い配給に加え、車や高級時計などぜいたく品を下賜して豊かな生活を保障するためには「年10億ドル(約1200億円)かかる」(脱北した元北朝鮮幹部)という試算もあるほどだ。
そこで、手っ取り早く外貨を手に入れる方法が、韓国との関係改善というわけだ。朴槿恵政権も「北朝鮮が誠意を示せば支援・協力の用意がある」と誘い水をかける。南北離散家族の再会事業などで合意すれば、金剛山観光の再開や韓国の独自制裁解除などの「現金収入」も期待できる。