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経済失策が招いた「好況」 正恩氏、募る不安

経済失策が招いた「好況」 正恩氏、募る不安  電子編集部次長 山口真典

2015/9/10 3:30
日本経済新聞 電子版

 8月、朝鮮半島で一時的に軍事的な緊張が高まった。表向き南北朝鮮は、ギリギリの協議のすえ関係改善で合意したように見える。ただ、北朝鮮の動きからは、軍事的な緊張をあおりつつも積極的な対話姿勢が目に付いた。韓国への接近を図る金正恩キム・ジョンウン)第1書記の狙いは何か。それを解くカギは「失政が招いた経済状況の好転」にありそうだ。

8月25日、合意に達し笑顔で握手する南北の代表(板門店の韓国側施設)=韓国統一省提供・共同
 「すべて履行する。約束を破ることは絶対にない」。韓国紙の朝鮮日報によると、南北協議に出席した北朝鮮の金養建(キム・ヤンゴン労働党書記は南北合意に関して、こう断言した。
 きっかけは8月4日に軍事境界線付近で発生した地雷爆発事件だった。北朝鮮は「準戦時状態」を宣言し、近海に潜水艦を展開するなど危機をあおりながら、ほぼ同時に韓国へ交渉を呼びかけた。
 南北協議も異例ずくめ。双方は夜を徹した粘り強い議論を43時間も続け、北朝鮮は地雷爆発への関与こそ認めなかったものの「遺憾の意」を表明した。韓国が要求した離散家族の再会事業や対話・交流の拡大ものんだ。
筆者が注目した記事
・8月26日 日経新聞朝刊2面「北朝鮮、瀬戸際戦術再び」
・8月14日 日経新聞朝刊6面「南北、強まる対決姿勢 朝鮮半島解放から70年」

 実は、朴槿恵(パク・クネ)政権への対話のサインは、今回が初めてではない。昨年10月の仁川アジア大会に合わせて側近の黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長や金養建氏を予告なく派遣し、南北高官協議を開催。今年の新年の辞では、わざわざ南北首脳会談の開催に言及していた。

 朴政権は「北朝鮮に安易な譲歩をしない」立場で一貫している。「北朝鮮にとって南北対話のうまみは少ない」(韓国政府関係者)状況のはずだが、正恩氏は関係改善に焦っているようにみえる。
■地方には「勝手に自給自足を」と通達
山口真典(やまくち・まさのり) 90年日本経済新聞社入社。政治部、アジア部、ソウル支局長などを経て、電子編集部次長。専門分野は朝鮮半島を中心としたアジア情勢。著書に「北朝鮮経済のカラクリ」。
 北朝鮮の経済状況を見ると、相変わらず困窮を示す情報が多い。国連食糧農業機関(FAO)によると、全人口の4割にあたる約1000万人が慢性的な栄養失調状態にある。同機関は6月、深刻な干ばつで農業生産に被害が出たとして、国際社会に支援拡大を呼びかけている。

 半面、平壌の発展はめざましく、訪朝した人は「窮乏を感じない」と口をそろえる。高層マンションの建設が相次ぎ、人々は携帯電話を持ち歩き、高級レストランが繁盛しているという。韓国銀行によると2014年の成長率(推計値)は1.0%で、正恩氏が指導者に就いた11年からプラス成長が続く。

 全体として北朝鮮経済が破綻の瀬戸際にあるのはたしかだ。配給制度は事実上崩壊。指導部は地方に「勝手に自給自足しなさい」と通達し、平壌に住む一部の特権階級を除き、一般庶民の統治を事実上放棄した。

 ところが、皮肉なことに「政策の放棄」が逆に経済の活性化につながっているようだ。庶民は生きるため、食べるため、副業に励み、ヤミ市場に日参する。そこには中国から流入した食品や生活必需品が並び、十分な物資の供給があるから物価は落ち着いて、結果的に生活事情は好転しているように映る。

 庶民の命をつなぐヤミ市場の数は全土に約400カ所まで増えた。需要の拡大に伴って、各地の市場に商品を供給する物流網も年々整い、各市場の周辺には「出店料」を払えない露天商が取り囲むなどにぎわっているという。労働党の地方幹部も、賄賂を受け取ってヤミ市場に目をつぶり「市場経済」を陰で支えている。

 ヤミ市場の拡大に伴い、商才のある人々は商品取引や流通などに関わって着々と富を蓄える。彼ら「新興富裕層」は、地域社会で商品の価格や供給量をコントロールする権力を持ち、軍や党幹部に匹敵する発言力を保有するようになった。ある脱北者によると、彼らは「指導部の邪魔さえなければ、どんどん成長できる」と公言しているという。

■外貨稼ぎも限界に
8月21日、金正恩第1書記は労働党中央軍事委の非常拡大会議で「準戦時状態」を宣言した(平壌)=聯合・共同
 ただ、体制の安定に血道を上げる正恩氏にとって、コントロールできない経済活動は不安材料に違いない。指導部は繰り返しヤミ市場の規制を試みてきたが、生きるために必死な住民の抵抗に遭って挫折している。

 それに加えて、正恩氏を悩ませているのが「統治資金の不足」だ。若い経験不足の指導者にとって、平壌に住む党や軍の幹部ら約300万人の絶対的な忠誠心が権力の源泉だ。相次ぐ粛清など「恐怖政治」だけでは求心力の維持はおぼつかない。手厚い配給に加え、車や高級時計などぜいたく品を下賜して豊かな生活を保障するためには「年10億ドル(約1200億円)かかる」(脱北した元北朝鮮幹部)という試算もあるほどだ。

 しかし、国際社会の制裁が続くなか、積極的に進める労働者の海外派遣など、外貨稼ぎも限界にきている。平壌のインフラ整備にも巨額の資金をつぎ込んでおり、外貨はノドから手が出るほど欲しいはずだ。

 そこで、手っ取り早く外貨を手に入れる方法が、韓国との関係改善というわけだ。朴槿恵政権も「北朝鮮が誠意を示せば支援・協力の用意がある」と誘い水をかける。南北離散家族の再会事業などで合意すれば、金剛山観光の再開や韓国の独自制裁解除などの「現金収入」も期待できる。

 正恩氏は1月、「人民に豊かな生活をさせられず、夜も眠れない」(労働新聞)と漏らした。だが、日々懸命に命をつなぐ大多数の庶民の姿が、彼の視野に入っているとは思えない。