中国の人民解放軍と共産党が、米国や日本、台湾の内部の意見や認識を中国側に有利に変えようとする謀略工作を密かに実施している。大いに注意しなければならない──米国の専門家たちが、中国当局の「政治戦争」に警告を発し、対策の必要性を強調した。
ワシントンの2つの大手研究機関「ヘリテージ財団」と「プロジェクト2049研究所」が10月に共催したシンポジウム「影響作戦=中国の東アジアや同盟諸国への政治戦争」での報告と警告だった。日本にも直接かかわる重大な課題だといえよう。
ターゲットを3つのレベルに分けた秘密工作
このシンポジウムにおいて、プリンストン大学教授で中国や諜報の研究を専門とするアーロン・フリードバーグ教授が、中国当局が「政治戦争」と呼ぶ秘密工作の全体図について説明した。同教授はブッシュ前政権では副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めた。
「中国当局による米国への秘密の影響力行使工作には、3つのレベルのターゲットがあります。第1は、中国が『古い友人』と呼ぶ、昔から対中交流に関与してきた著名な元政府高官や財界人などです。第2は、現役に近い前外交官や前軍人、学者など政策形成に近いエリート層です。第3は、中国や外交の研究者を含めた民間の一般層で、ここにはメディアも含まれます」
中国はどんな内容の「影響」を及ぼそうとするのか。フリードバーグ氏の説明によると、中国側は第1と第2のレベルのターゲットに対しては「中国を米国と対等の大国として受け入れ、東アジアでの中国の支配的な拡大を黙認させ、あるいは抵抗を弱めさせるための説得がなされる」のだという。
第3のレベルのターゲットに対しては、主に「中国の台頭はあくまで平和的であり、国内問題に追われるため対外的にはそれほど強大にはなれない」というメッセージを送るとのことだった。この2つの発信内容の間には矛盾もあるわけだが、ターゲットが異なるから問題はないのだともいう。
では、中国のこの対米工作は誰が主体となって実行しているのか。
ヘリテージ財団中国研究部長のディーン・チェン氏は、「中国はこの工作を対外的な政治戦争と位置づけています。工作によって、潜在敵の力を弱めるために虚偽の情報を発信し、敵の認識を中国に有利な方向へ変えていくのです」と報告した。
米国の出方を見て情報発信をコントロール
では、中国は具体的にどのような虚偽の情報を流すのか。
フリードバーグ氏は、中国が政治戦争の一環として実際に流した「情報」として、次のような実例を挙げた。
・2006年10月に北朝鮮が核実験を断行したことに対して、当時の胡錦濤国家主席が「個人的にも激怒している」と語った。その結果、米国では、北朝鮮の核実験に関して中国の責任を追及する声が弱まることとなった。
・2011年1月に米国の当時のビル・ゲーツ国防長官が訪中した際、中国軍が新型のステルス戦闘機の飛行実験をしたことについて胡錦濤主席が「事前に知らなかったので驚いた」と語った。その結果、中国の新鋭戦闘機開発に対する米側の非難の声が弱まることとなった。
・2010年3月頃、中国政府高官が初めて米側に「南シナ海も中国の核心的利益だ」と語った。その後、他の中国政府高官がその話を否定し、さらに別の高官が肯定するという展開となった。政府高官の最初の発言には、“観測気球”の意味があった。「南シナ海の領有権も、中国にとって台湾やチベットの主権問題と同様、核心的利益の課題となる」ことを最終的に米国に認めさせるために、米側の出方をうかがう発言を投げかけたのである。
フリードバーグ氏は、以上の1番目と2番目の情報は米側を懐柔するための虚偽情報だという見解を明らかにした。
3番目の動きは、中国がもし「南シナ海が中国の核心的利益」であることを公式に決めれば、米国がどう反応するかを事前に察知することが目的だったという。その時点では、南シナ海での海洋領有権主張が自国にとっての「核心的利益」とするかどうかは、中国当局はまだ決めてはいなかった、というわけだ。
中国が力を注ぐメディア戦略
フリードバーグ氏によると、米国内での新たなCCTV(中国中央テレビ)の米国版放映事業開始が契機となり、中国はメディアを通じて一段と強く米国世論や連邦議会議員たちへの影響力を行使している。
米国の大手メディア記者の中国駐在ビザを規制して米国メディアへの影響力行使を強める一方、米側のメディア関係者を中国に短期招請し、中国側要人らとの会見をセッティングすることも行っている。中国当局は、自国にとって望ましい情報が米国のメディアで最大限に拡散されることを対米メディア戦略の最終目標にしているのだという。
ストークス氏は、中国によるこの種のメディア操作戦略は、台湾、日本、米国の順に資源や人材が多く投入されているのだとも報告した。そうであれば対米政治戦争よりも日本に対する活動のほうが規模が大きく、日本側としても対策を講じる必要が高いこととなる。
確かに日本では、中国による水面下の政治活動が活発であることが長年知られてきた。水面下ではなくても、例えば日本のテレビ番組には、日本の対中政策を批判する親中派の日本人政治家や経済人がこれまで頻繁に登場してきた。
最近ではその種の人たちの登場は減ってきたようだが、日本を批判し、中国に同調する親中人士たちは必ず中国との絆が強い。中国を訪問して歓迎され、中国政府要人たちとの面談の機会を与えられる。
また日本のメディア、特にテレビには、在日経験の長い中国人が頻繁に登場して、中国共産党を擁護する意見を述べる。
日本の識者が中国のテレビ番組に出演し、中国政府の対日政策を批判し、日本政府の政策に賛同するなどということは夢にも考えられない。日本人がたまに中国官営メディアに登場しても、中国政府の好む主張をする人たちだけである。
結果的に中国共産党は、日本に住む中国人の「識者」たちを利用し、自分たちの主張を効率よく日本で訴えていることになる。実際に中国側の対日影響工作がさまざまな形で展開されていると見てよいだろう。