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マレーシア、「猪八戒」の姿が消えた街

マレーシア、「猪八戒」の姿が消えた街

2016/4/10 3:30
日本経済新聞 電子版

 中国の伝奇小説「西遊記」は日本でもよく知られている。天竺(いまのインドのあたり)に経典を求めて旅をする三蔵法師と従者の孫悟空沙悟浄猪八戒が織りなす波瀾(はらん)万丈の物語だ。これを題材にした香港映画「モンキー・キング2」がマレーシアで公開されたが、首都クアラルンプールで見たポスターはどこか変だ。もとのデザインにはあった猪八戒の姿が消えている。

 なぜ隠したのか
配給会社は地元メディアに対し「演じた俳優の知名度が低い」と弁明するが、言葉通りに受け取る向きは少ない。猪八戒は豚がモデル。豚を忌避するイスラム教徒の反発を恐れ、配給会社が自主規制したという見方が多い。

 マレーシアの人口約3000万人のうち、マレー系が6割を超える。ほかに中国系の華人やインド系など。マレー系の多くが信じるイスラム教を国教に掲げるが、そのほかの信仰や生活習慣も認める。「穏健なイスラム教国家」を自負し、多民族が共存するモデルをつくったと評価される。だが、足元で強まるのは多数派による圧力だ。

 マレーシア最高裁は2014年、カトリック系新聞のマレー語版がキリスト教の神を「アラー」と表現していた慣習を禁止した。イスラム教徒のほかには「アラー」という呼称の使用を禁じる内容で、過去の判決は割れていた。
 一部の州は土曜日と日曜日と決めていた休日を、イスラム教のしきたりを取り入れて金曜日と土曜日に切り替えた。イスラム法の導入を目指す州もある。異教徒の共存を保つため、それぞれの慣習にあえて踏み込まない。そんな多民族国家の知恵が揺らいでいる。
 15年末、クアラルンプール中心部のビル3階に携帯電話店などが集まるIT(情報技術)モール「MARAデジタル」が開業した。30を超すテナントはいずれも経営者や従業員がマレー系だ。

 運営するMARAは政府傘下の職業訓練組織で、入居者は半年間のテナント料が免除される。手厚い支援の視線の先にあるのは近くにある同業「ロー・ヤット・プラザ」だ。こちらのテナントは多くが華人経営で、「華人による経済支配の象徴」と敵視するマレー系は多い。15年7月にはマレー系住民がロー・ヤットを襲撃した。

 多民族の共存がぐらつく背景にはナジブ政権の揺らぎがある。ナジブ氏率いる与党は13年の下院選で得票率が5割を切った。勝利したのはマレー系が多い地方部が多かった。地方の農村はイスラムの教義の厳格な運用を求める住民が多い。政権維持のためにはイスラム色強化が手っ取り早い。

 ナジブ首相自身の資金疑惑も影を落とす。国営投資会社「1MDB」から資金を受け取ったとの疑惑を受け、マハティール元首相や華人野党から退陣を求められている。ナジブ氏側近はマハティール氏が華人指導者と組んだことを問題視し「マレー系への挑戦だ」と批判を強める。首相の資金疑惑を民族問題にすり替えようという戦略だ。

 発展途上国新興国では宗教や価値観の違いを利用して政治基盤を固める権力者が珍しくない。中東ではイスラム教のスンニ派が政権を握れば、同派の住民が優遇され、シーア派が圧迫を訴える。それがいまの混乱の大きな一因になっている。
 マレーシアでは半世紀前にマレー系と華人が衝突し、多数の死傷者が出た。だが、その後は多様性を武器に外資を集めてきた。20年の先進国入りを目指し、飛躍が求められるいま、目先の安定を優先するナジブ政権のかけは危険にみえる。
シンガポール=吉田渉)