マレーシア、「猪八戒」の姿が消えた街
- 2016/4/10 3:30
- 日本経済新聞 電子版
中国の伝奇小説「西遊記」は日本でもよく知られている。天竺(いまのインドのあたり)に経典を求めて旅をする三蔵法師と従者の孫悟空、沙悟浄、猪八戒が織りなす波瀾(はらん)万丈の物語だ。これを題材にした香港映画「モンキー・キング2」がマレーシアで公開されたが、首都クアラルンプールで見たポスターはどこか変だ。もとのデザインにはあった猪八戒の姿が消えている。
マレーシアの人口約3000万人のうち、マレー系が6割を超える。ほかに中国系の華人やインド系など。マレー系の多くが信じるイスラム教を国教に掲げるが、そのほかの信仰や生活習慣も認める。「穏健なイスラム教国家」を自負し、多民族が共存するモデルをつくったと評価される。だが、足元で強まるのは多数派による圧力だ。
運営するMARAは政府傘下の職業訓練組織で、入居者は半年間のテナント料が免除される。手厚い支援の視線の先にあるのは近くにある同業「ロー・ヤット・プラザ」だ。こちらのテナントは多くが華人経営で、「華人による経済支配の象徴」と敵視するマレー系は多い。15年7月にはマレー系住民がロー・ヤットを襲撃した。
多民族の共存がぐらつく背景にはナジブ政権の揺らぎがある。ナジブ氏率いる与党は13年の下院選で得票率が5割を切った。勝利したのはマレー系が多い地方部が多かった。地方の農村はイスラムの教義の厳格な運用を求める住民が多い。政権維持のためにはイスラム色強化が手っ取り早い。
ナジブ首相自身の資金疑惑も影を落とす。国営投資会社「1MDB」から資金を受け取ったとの疑惑を受け、マハティール元首相や華人野党から退陣を求められている。ナジブ氏側近はマハティール氏が華人指導者と組んだことを問題視し「マレー系への挑戦だ」と批判を強める。首相の資金疑惑を民族問題にすり替えようという戦略だ。