中国に怒った2人のASEAN外相 編集委員 秋田浩之
2016/7/22 6:30 日経新聞 中国側がホスト役となって6月14日、雲南省で開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)との外相会合。実は、この席上で、2人のASEAN外相が中国の態度に業を煮やし、怒りをぶちまける“事件”が起きていた。
この会合は、南シナ海問題で孤立するのを避けたい中国側が主催し、開いた。7月12日、国際的な仲裁裁判所がこの問題で判決を出すのに先立ち、反中的な立場をとらないよう、ASEANにクギを刺すねらいがあった。
物別れを決定づけたのが、6月14日の席上、王毅外相が予告なく、とった行動にあった。複数の外交筋によると、議論が南シナ海問題に及んだとき、部下の外務次官(外交副部長)を会場に呼び、中国の立場を説明させたのだという。
■中国の外務次官がASEANの閣僚に説明
突然、格下の外務次官があらわれ、主張をまくし立てるだけでも、ASEAN外相陣には不快にちがいない。それだけではなく、「外務次官の発言も、相手を叱りつけるような失礼な内容だった」(同筋)という。
席上、中国外務次官に腹を立て、公然と不快感を示したのが、インドネシアとマレーシアの外相だったという。これは王毅外相にとって誤算だった。なぜなら、この2カ国は従来、対中強硬派のフィリピンとは一線を画し、中立派の立場をとってきたからだ。
インドネシアは南シナ海で、中国とは島の領有権を争っていない。マレーシアは領有権問題を抱えているが、「中国に面と向かっては抗議せず、穏便に対立を解決する路線をとってきた」(マレーシアの安全保障専門家)。
■「10項目の原則」への署名要求に募った疑念
ASEANが腹を立てたのは、それだけではなかった。この会合の前夜。雲南省に着いたばかりのASEAN外相らに、中国は何の前触れもなく、1枚のメモを手渡した。そこには南シナ海問題をめぐり、中国の立場にそった「10項目の原則」が書かれていた。
http://www.nikkei.com/content/pic/20160722/96958A9F889DE2E7E2E5E5EBE2E2E0E3E2E5E0E2E3E4E2E2E2E2E2E2-DSXMZO0371921017062016000002-PN1-7.jpg
外相会合前夜にも1枚のメモをめぐる確執があった(6月14日、中国雲南省)=ロイター
中国側は会合で、この10項目に署名するよう求めた。だが、ASEAN側は不意を突くようなやり方に疑念を募らせ、署名を拒んだという。中国としては、ASEANを取り込むつもりで開いた会合が、結局、逆効果に終わった格好だ。
それにしても中国はなぜ、墓穴を掘るような行動に出たのだろうか。「権力闘争など内部の問題に忙殺され、冷静に振る舞う余裕を失っている」。日米両政府内にはこんな見方もある。
7月12日の仲裁裁判所の判決で、中国は南シナ海の主張をことごとく否定された。同国はこれを機に、冷静さを取り戻し、融和に動くのか。それともさらに余裕を失い、さらに予測しづらい行動に出るのか。後者だとすれば、アジアの安定だけでなく、中国の行動に待ったをかけた仲裁判決の権威も揺らぎかねない。