パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です  尚 転載はご自由に

果たしてユネスコ登録に 祖先は『喜んで』いるのか?????

世界遺産に登録と言ってまた世間が ユネスコを考える時期に来ているのでは? ほんらい国連の組織である ユネスコは過去の文化を守り継ぐとは言え、政治的な色合いはないはずである。
しかし実体は シナ共産党が支配する国際的な組織であり、国際・地球という言葉を使って 自国を支配し、他国を貶めてきた実績があって、現在米国では 国連加入以外にこういった組織への支払いや脱退を考えている国は少なくない。
国連とはあくまでも連合軍のって発展形であって、国際社会ではないのである。 ましては シナなどは本当は台湾政府が連合国側であって共産党は本来国連に入れるものではなかった。
そして シナ共産党の元気がいい時には、太平洋戦争やシナ事変のの話を持ち出して、日本、や日本国民を中国人の敵として国内問題のすり替えを行うために、ユネスコの遺産登録問題を利用してきた。
もちろん世界遺産は素晴らしい事であはあるが、そういうものにお金を使う前に 自分たちの生活をみなおすべきではないか!
ユネスコ登録で 外国人観光客が増える と自治体は胸を張る。
しかしそれを理由に 役人を増やし、 必要ない施設を整備することが文明であろうか?
いまから1500年前に祖先は自分たちを少しでも強く見せるために墓を大きく作って 周りの国に アピールした。
1500年経ってもおんなじことをしているのでは 祖先に怒られるのだ、 我々が祖先を敬い 我が国領土が 他国や他の民族に虐げられないことが我々の責務である 

世界遺産登録よりも
自衛隊憲法上への明記』こそが 我々がするべきことではないだろうか??????? 

似非日本人を喜ばせる世界遺産など日本にはいらない。 わが祖国日本や 日本人そのものが 世界遺産であり、日本以上に文明、文化を2000年以上継続、継承している国はないのであるから・・・・

我々こそ世界遺産であると言おう!

仁徳天皇陵」含む古墳群、世界遺産に 諮問機関が勧告 

日経新聞から転載
2019/5/14 0:21 (2019/5/14 4:59更新)
世界文化遺産への登録を目指す「百舌鳥(もず)・古市古墳群」(大阪府)について文化庁は14日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関が登録すべきだと勧告したと発表した。仁徳天皇陵古墳(大山古墳、堺市)など日本政府が推薦していた49基の古墳すべてが対象。6月に始まるユネスコ世界遺産委員会で正式に登録が決まる見通しだ。
仁徳天皇陵古墳(大山古墳)=堺市
仁徳天皇陵古墳(大山古墳)=堺市
諮問機関は国際記念物遺跡会議(イコモス)。14日未明に記者会見した文化庁の説明によると、勧告は古墳群を「傑出した古墳時代の埋葬の伝統と社会政治的構造を証明している」と評価。「顕著な普遍的価値」を認めた。資産の価値に関する疑問点などの指摘はなかったという。
日本政府は古墳群を古代日本の政治や文化、建築技術を知る貴重な資産として推薦。仁徳天皇陵をはじめ宮内庁が皇室の祖先の墓とする「陵墓」が29基含まれており、陵墓が世界遺産に登録されれば初めてとなる。
世界遺産委は6月30日~7月10日にアゼルバイジャンのバクーで開かれる。日本国内には文化遺産が18件、自然遺産が4件あり、古墳群が登録されれば23件目。日本からの登録は6年連続となる。
古墳群は大阪府南部の百舌鳥地域(堺市)と古市地域(羽曳野市藤井寺市)にあり、当時の政治や文化の中心地の一つに当たる。現存する89基のうち形がよく残っている4世紀後半から5世紀後半の49基を構成資産とした。
様々な規模や形の古墳が密集しており、仁徳天皇陵古墳(墳丘長486メートル)、応神天皇陵古墳(誉田御廟山古墳、同425メートル)といった巨大前方後円墳も含まれる。29基は陵墓などとして宮内庁が管理している。
古墳群が市街地に近いため、イコモスは勧告で自然災害と並び、「開発圧力」を保存・管理上の懸念として指摘。周辺での開発事業の影響などを適切に評価する仕組みの構築を求めた。同時に人々の親しみやすさも生まれているとして、地域住民やコミュニティー保全に参加することの必要性も指摘した。
構成資産に陵墓が含まれることも踏まえ、勧告は慰霊の行事や祭りが行われることなど「無形的側面」を記録していくことの重要性にも触れた。文化庁は指摘された点について、周辺自治体と協議しながら対応していく方針。
仁徳天皇陵古墳など一部の名称を巡っては、被葬者が特定できていないとして学界などに異論もあるが、日本政府の推薦書は宮内庁が陵墓として管理していることを踏まえ「天皇陵古墳」と表記した。
古墳群は2010年に国内候補の暫定リストに登録され、4度目の挑戦だった17年の文化審議会で国内推薦が決まった。18年9月にはイコモスの専門家が現地を訪れて調査していた。