バイデンは副大統領時代、当時中国副主席だった習近平と8回も会っている(写真は2013年12月の訪中時) REUTERS/Lintao Zhang
「ウイグル族のある地域の出生率目標はほとんどゼロ」
[ロンドン発]「新疆ウイグル自治区の2つの行政区では2015年から2018年にかけ人口の自然増は84%も減少した。今年、ウイグル族(イスラム教徒)のある地域では出生率の目標はほとんどゼロに設定されている」――。
米ワシントンに拠点を置く「共産主義の犠牲者祈念財団」のアドリアン・ツェンツ上級研究員が19日、テレビ電話会議システムを通じ英保守党下院議員でつくる「中国研究グループ」の勉強会に参加し、中国の新疆ウイグル自治区やチベット自治区での人権弾圧の実態を訴えた。
アドリアン・ツェンツ上級研究員(スクリーンショットで筆者撮影)
ツェンツ氏が今年6月、発表した報告書『不妊手術、IUD(子宮内避妊用具)、強制避妊――新疆ウイグル自治区における中国共産党のウイグル族出生率抑制キャンペーン』は世界を驚愕させた。もちろん中国共産党は「全くデタラメ」とこの報告書の内容を全面的に否定している。
「一人っ子政策」で人口増を抑制してきた中国共産党は生産年齢人口を確保するため2016年に「二人っ子政策」に転換した。
しかしツェンツ氏の報告書は、新疆ウイグル自治区で不妊手術などによりウイグル族の自然増を抑える一方で、漢民族の自然増と移住を促進する漢民族の"入植政策"の実態をあぶり出している。
ウイグル族と漢民族の異民族間の結婚が奨励され、ウイグル族の文化とアイデンティティーを薄める「中華民族」への同化政策がとられている。政府文書は、出生抑制政策に違反した場合、強制収容所への超法規的収容によって罰することを義務付けていた。
出産可能年齢の既婚女性の最大34%に不妊手術
昨年の文書は、新疆ウイグル自治区の2つの農村部での大量不妊手術計画を明らかにしていた。おそらく2~3人以上の子供を産んだ出産可能年齢の既婚女性をターゲットに不妊手術は行われ、その数は地域の出産可能年齢の既婚女性の14~34%に達したという。
新疆ウイグル自治区南部にある4つの行政区では少なくとも出産可能年齢の女性の80%に不妊手術かIUDを装着する計画が立てられた。18年に中国で女性に装着されたIUD(純増分)の80%が新疆ウイグル自治区(人口は中国全体の1.8%に過ぎない)に集中していた。
こうした結果、新疆ウイグル自治区における漢民族の人口増はウイグル族に比べ8倍も多くなっていたとツェンツ氏は指摘する。
新疆ウイグル自治区の強制収容所は2016年に陳全国という男が同自治区の党委員会書記に任命されてから急速に拡大した。陳氏は2011年、胡錦濤国家主席(当時)にチベット自治区の党委書記に任命され、胡氏と同じようにチベット族の弾圧で頭角を現した。
ツェンツ氏は「チベット自治区と新疆ウイグル自治区の共通項は陳氏が前例のない社会統制の手法と警察国家メカニズムを導入したことだ」と強調する。ウイグル族コミュニティーでは各戸に貧困対策を名目にQRコードを貼り付けた。
スマホをかざすだけでその世帯に暮らす人々の個人情報にアクセスできる。また多くの"簡易"警察署を設けて地域の「グリッド管理」を行い、人工知能(AI)で漢民族とウイグル族を見分ける顔認識システムでウイグル族への監視を強化しているとされる。
「習主席は非常にスマートだ」
中国共産党によるチベット自治区や新疆ウイグル自治区への統制強化はそれだけにとどまらない。中国共産党の貧困対策は社会統制を家族単位にまで拡大するトップダウンスキームで構成される。農村部の余剰労働者の可処分所得を増やす職業訓練と労働移動がその手段だ。
チベット自治区では「怠惰な人を育てるのをやめよ」と宣言し、職業訓練プロセスの「厳格な軍事的管理」によるチベット族の「低い労働規律」の強化と「後ろ向き思考」の改革が進められる。中国語教育や法律教育もカリキュラムに組み込まれる。
今年1~7月だけでチベット自治区の農村部で54万3千人の余剰労働者が訓練された。このうち約5万人がチベット自治区内の他地域に移され、約3100人が中国の他地域に送られた。職業訓練とは名ばかりの洗脳、愛国教育と言って差し支えない。
中国の習近平国家主席は次世代情報技術や新エネルギー車など製造業の高度化を目指す産業政策「中国製造2025」を掲げる。貧困対策を錦の御旗にした職業訓練と労働移動のスキームはサプライチェーン拡充のため中国東部に広げられているとツェンツ氏は言う。
悪名高きドナルド・トランプ米大統領だが、中国の暗部を真っ向から糾弾した数少ない西側指導者の1人だったことだけは確かだ。
一方、バラク・オバマ前大統領時代の副大統領だった民主党大統領候補ジョー・バイデン前副大統領は11年から1年半の間に、当時、副主席だった習氏と8回も会っている。中国の地方の学校でバスケットのシュートに興じ、通訳のみを介した食事は合わせて25時間以上に及んだ。
ツェンツ氏はこんな見方を示す。
「私が懸念するのは、習主席は非常にスマートだということだ。バイデン氏は原則として人権問題に厳しい。しかし習主席は人権問題の争点化を巧みに避け、地球温暖化対策で譲歩してくるかもしれない。バイデン氏もトランプ氏以前の政権と同じ落とし穴にはまる恐れはある」