7月3日、米国務省が一般市民に対して、中国への旅行を再考するようレベル3の旅行警告を発表しました。
米国務省の声明では、“中国は恣意的に地元の法律を適用し、在中米国民や他国民の出国を禁止するなど、その手続きは公平さや透明性に欠けている”と指摘しています。さらに、“中国を訪れる、または中国に滞在している米国民は、米国の領事館との連絡が取れない状況で拘束され、自分がどのような犯罪で告発されたのかを知ることができない可能性がある”とも述べています。
中国の習近平政権が「国家の安全」を名目に統制を強めています。
スパイ行為を取り締まるための法律「反スパイ法」を強化したほか、海外にもその影響力を及ぼそうとしています。
外国企業の活動が萎縮するなど経済への影響が指摘されるにもかかわらず、なぜ引き締めへと向かうのか、その背景を探ります。
中国でことし4月、スパイ行為を取り締まる「反スパイ法」の改正案が可決・成立しました。7月から施行されます。
それまでこの法律はスパイ行為の対象を、外国の機関などと共謀して「国家機密」を盗み取ることや提供することなどとしていました。
それを今回は対象を拡大し、新たに「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料」なども加え、強化したのです。
ところが、肝心の「国家の安全」が何なのかについては、具体的な定義はなく、あいまいなままです。
例えば、一昔前に出版されていた本や地図などを持っていた場合でも、今の政権にとって都合が悪い情報が載っていると判断されれば、取り締まりの対象となる可能性もあるのです。
法律が外国を意識したものでもあるため、中国に進出する外国企業などの間では、一般的な営業活動や情報収集が、ある日突然、当局の恣意的な判断によって摘発されかねないなどと懸念が強まっていて、今後、企業活動が萎縮する可能性も指摘されています。
実際、最初にこの法律が施行された翌年の2015年以降、日本人がスパイ行為に関わったなどとして当局に拘束されるケースが相次いでいて、これまでに少なくとも17人が拘束されています。
最近ではことし3月、首都・北京で大手製薬会社の日本人駐在員の男性が、「スパイ活動に関わった疑いがある」として、国家安全当局に拘束されたニュースが大きく伝えられました。
しかし当局側は、いまだに拘束の理由などについて明らかにしておらず、極めて不当な扱いとなっていて、日本政府は早期の解放を強く求めています。
さらに今回の法改正では、中国の国民に対し、スパイ活動の摘発に協力しなければならないとして義務化し、情報提供のための窓口も設置するとしたほか、重大な貢献が認められた場合は表彰や報奨も与えるとしています。
こうした密告の奨励によって、中国社会は人々が相互監視を強めていくことも懸念されます。
では、なぜ、習近平政権はこうした統制の強化を進めているのでしょうか。
それを読み解くカギが、たびたび用いられる「国家の安全」という考え方です。
習国家主席が考える「国家の安全」とは政治体制、つまり中国共産党の一党支配の維持を意味します。
その根底にあるのが、アメリカなど西側諸国が掲げる「自由」や「民主主義」、「人権」、「法の支配」といった価値観への強い警戒心です。
アメリカのバイデン政権が中国との関係について「民主主義と専制主義との戦い」として対抗する構えを示しているうえ、中国社会はインターネットやSNSの発達によって、共産党に不都合な情報が流入しやすくなっています。
こうした今だからこそ習主席は、異例の長期政権を打ち立てたにもかかわらず、「西側の価値観が国内に流入すれば、政権が転覆するかもしれない」という懸念をいっそう強めているとみられます。
習主席の危機意識は、その発言からも、はっきりと読み取れます。
例えば、演説や会談などでたびたび言及する「カラー革命」という言葉です。
この「カラー革命」とは、旧ソビエトのウクライナやジョージアで、当時ロシア寄りだった政権が市民の抗議活動によって崩壊した動きのことです。
ことし3月にロシアを訪問し、プーチン大統領と会談を行った際の共同声明でも、「カラー革命」を防ぐための協力を強化することで一致しています。
海外の価値観に触発された民衆が抗議活動を起こすことへの嫌悪感にも似た感情を両首脳が共有していることは、極めて興味深いと思います。
「自由」や「民主主義」といった価値観が海外から流入するのを防ぐため、中国が統制の影響力を海外にも及ぼそうとする動きもみられます。
スペインに主な拠点を置く人権団体が去年12月に発表した報告書では、中国の警察当局が海外に拠点を開設し、現地に住む反体制派などの中国人に対する監視や脅迫、嫌がらせなどを行っていたとされます。
こうした「警察拠点」の数は、アメリカやヨーロッパ、アジアなどの少なくとも53か国、102か所に上るとされています。すでに活動は停止しているとみられますが、日本にも2か所あったとされます。
ことし4月には、アメリカ・ニューヨークのチャイナタウンにあるビルの一室に警察拠点を開設し、運営にたずさわったとして男2人が、アメリカの司法当局に逮捕されました。
国境を越えてまでして、相手国の主権を侵害する行為をなりふり構わず行う姿勢には、非難の声が上がっています。
ところが、これまで見てきたような統制の強化は、習主席のもう1つの大きな方針と矛盾するのです。
その方針とは、外国企業に対して積極的に国内市場を開放し、外資を呼び込むことで、経済を活性化させるというものです。
今の中国は3年近く続いた「ゼロコロナ」政策によって経済が打撃を受けたうえ、少子化や若者の就職難といった構造的な課題にも直面し、かつてのような急速な経済成長は望めない状況となっています。
このため、習指導部は去年12月に開いた経済運営の方針を決める共産党の重要会議で、外資の呼び込みに改めて力を入れることで、経済の立て直しを図る方針を確認していたのです。
習主席の側近である李強首相もことし3月に開かれた経済フォーラムで、「外国企業が投資したくなる制度と環境を絶え間なく向上させる」と強調しています。
ただ、最高指導部がいくら呼びかけても、外国企業の駐在員を拘束するようでは、「言行が一致していない」と批判されても仕方ないと思います。
こうした相反する動きが同時に起きる背景には、今の習政権に特徴的な官僚機構の強い縦割り意識があるとの見方があります。
統制強化を担うのは情報機関や法執行機関、そして経済は経済担当の政府機関です。
しかし、習主席への権力集中があまりにも進み、それぞれの機関がトップの顔色ばかりをうかがうようになったため、調整が行き届かず、バラバラの対応となっているのではないでしょうか。
ただ、その原因となっているのは、習主席の強権的な政治手法であることは言うまでもありません。
だとすれば、日本を含む国際社会は、統制の強化が進む中国の現状をリスクとして十分認識したうえで経済活動を行うとともに、政府の首脳レベルでは2国間の会談、そして多国間の会議の場などで、習指導部に懸念を直接伝えることが重要となります。
今、中国は、長期的なアメリカとの対立を念頭に、グローバル・サウスと呼ばれる新興国や途上国をも取り込みながら、新たな国際秩序を作ろうと躍起です。
その際、「内政への不干渉」を強調する中国が、こうした国々に強権的な政治手法までも広めてしまうことにならないか。
中国の姿勢には、国際社会の厳しい目が注がれることになると思います。