最近、中国共産党(中共)の公式メディアは、日本の福島第一原発の処理水放出をことさらに煽り、その影響で民間では「塩の買い占め」まで起きている。
そのようななか、中国の原子力エネルギー研究所で8年間勤務した専門家・李剣芒(リー・ジェンマン)氏は「福島原発の処理水に関する懸念は不要である」という見解を中国のSNS上に投稿した。しかし、その記事は中国当局によって削除され、李氏のSNSアカウントもブロックされている。
8月24日、現在はオランダ在住の李剣芒氏(@JML346)は、SNS上で「日本の福島原発の処理水放出」に関する自身の見解を投稿した。その結論は「福島原発の処理水に関する懸念は不要」。しかし、中国当局によって、この投稿はすぐに削除され、李氏のアカウントもブロックされた。
公開情報によると、今年59歳の李剣芒氏は中国の吉林省長春市の出身。幼少期から秀でた才能を持っていたため、なんと12歳で、中国科学技術大学の特別クラスである「少年班(少年学級)」に入学した。
1983年に大学を卒業後、中国の原子力エネルギー研究所で8年間勤務。その後は、オランダのエネルギー研究センターの原子力エネルギー部門で5年間勤務した後、そのままオランダに定住した。
李剣芒氏が投稿した「日本の福島原発の処理水放出についての私の考え」という記事で、李氏は中国の原子力エネルギー研究所やオランダの原子力エネルギー部門で勤務した経験に基づき、放射性物質処理水の海洋放出について、いくつかの基本的な知見をシェアしている。
原子力エネルギーの専門家である李剣芒氏が、この問題について分析する際の5つの観点は、以下の通りである。
1、原発の放射性汚染水と冷却水は異なる
一般的に放射性汚染水は、原子炉の燃料を冷やす一次冷却水である。一方、海へ放出される冷却水は二次冷却水であり、これは原子炉の燃料と直接接触していない。微量の放射性物質が含まれているが、これは水素原子が中性子によって照射され、2つの中性子を取り込むことでトリチウムに変わるものである。トリチウムは放射性を持つが、放射線量は低い。適切に希釈することで、海洋への放出は安全となる。
2、放出方法について
福島原発の使用済み燃料の冷却水は、タンクに一旦保存される。そこで沈殿された後、専用のフィルタリングシステム(ALPS)でトリチウム以外の放射性物質を除去する。フィルタリング後の処理水は、通常の二次冷却水と同じで、放射性物質の主成分はトリチウムである。
3、トリチウムの年間放出量の比較について
福島原発の処理水に含まれるトリチウムの総量は900Tbq以下である。これを30年間かけて放出する場合、毎年の放出量は30Tbq以下となる。これと対照的に、トリチウムの放出量が世界で最も多い施設はフランスのラ・アーグ核燃料再処理施設で、イギリス海峡への毎年の放出量は11400Tbqである。これは福島の放出量の約400倍である。中国の大亜湾原発(広東省)における放出上限は225Tbqで、これは福島の放出量の8倍である。
4、放出密度について
福島原発の処理水は放出前に希釈され、1リットルあたり1500bqまでの濃度になる。日本の海洋放出の国家の安全基準は1リットルあたり60000bqである。したがって福島の処理水は、この基準の1/40の濃度まで希釈されてから海に放出される。この希釈には海水が使用される。
5、監視能力について
「日本人を信じることは難しい」と、中国人は思うかもしれない。それならば、国際原子力機関(IAEA)の監視能力を信じるべきである。IAEAは福島の処理水放出を監視するため、特別観察団を設立している。その団員には他国の専門家のほか、中国と韓国の専門家も含まれている。これら2カ国の専門家が、日本政府の不正行為を見逃すことは考えにくい。
李剣芒氏は、福島原発処理水の危険性を過大に取り上げる一部のネットユーザーの主張に対して、「中国大亜湾(広東省)の原子力発電所における放出上限は年間225Tbqであるのに対して、福島は年間22~30Tbqである。30Tbqが人類の健康を軽視するというのであれば(大亜湾の)225Tbqはどうなのか?」と逆に問いかけ、そうした主張について「話にもならない」と否定した。
さらに李剣芒氏は、次のような角度からも独自の見解を述べた。
「日本政府が(仮に、不正をはたらいて)IAEAの観察団に所属する中国や韓国の専門家を買収できるとは思えない。特に、その中国の専門家に『命を懸ける覚悟』がない限り、それは不可能だ。日本政府から賄賂を受け取れば、彼はスパイ罪となる可能性が高いではないか」
8月24日の午後、日本は福島第一原発の「処理済み汚染水」の太平洋への放出を開始した。この日、中国税関総局は「日本の水産物の輸入を停止する」と発表している。中国の公式メディアやSNSは、日本の処理水放出に対する批判を多く伝えている。
北京や上海、福州、広東といった都市では、市民による「塩の買いだめ」が確認されている。
ロイターは24日、ムーディーズのステファン・アングリック氏のコメントとして「中国が日本の処理水放出を取り上げる背景には、政治的な意図がある」と報道している。
8月18日には、日本の岸田首相、米国のバイデン大統領、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が会談を行い、中国の南シナ海と東シナ海の行動について反対を表明した。日米韓の三国は、定期的な合同軍事訓練を行うとともに、危機対応時の相談や年次サミットの開催を決定している。これに対し中共は、激しく反発している。
米国在住の評論家・横河氏によれば、中共は外部に問題を転嫁することが多いという。特に、中国国内で問題が発生した際に、その問題の原因を外部に求める傾向があり「日本は、その対象として狙われやすい」と指摘している。
処理水めぐる中国の世論調査、選択肢が「実質的に一択」…国内でも非難相次ぐ
中国国営の 新華社通信は24日、東京電力福島第1原発の処理水放出をめぐり中国のSNS上で世論調査を実施した。
「強くけん責する」
「全人類に災いをもたらす」
「歴史的汚点」
の3択しか設けられておらず、処理水放出を非難する内容の選択肢しか選べない。
これに対し、ネットユーザーから「これは中国式の世論調査であり、3択は1択に等しい」などの調査の公平性に疑義を呈する声が相次いだ。
東京電力は24日、政府の方針に基づき福島第1原発の処理水の放出を開始したと発表した。放出前に東京電力が実施した検査では放出する処理水に含まれるトリチウム濃度は安全基準となる1リットル当たり1500ベクレル未満を大きく下回っていることが確認されている。
放出の完了には30年程度の長期間が見込まれている。
同日、新華社は処理水放出に合わせて世論調査を実施。中国のミニブログ投稿サービス「微博(ウェイボ)」に「日本からの核汚染水放出に強く反対する」とのタグをつけて投稿し、ネットユーザーからの回答を求めた。
選択肢は3つあり、「断固反対、強くけん責する」「将来の世代と全人類を苦しめる」「20230824を忘れるな、日本は歴史に残る恥ずべき柱に釘付けにされるだろう!」のような処理水放出を非難する意味の選択肢しか用意されていなかった。
現在までのところ、この投稿には通常のコメント数の約10倍、1000件近くのコメントが寄せられた。コメントは調査の公平性に疑問を呈するような内容がほとんどだ。
「この選択肢はまだ投票が始まってもいないのに、すでに結果が決まっている」
「ハハハ、まさに中国式投票だ」
「これらの選択肢はすべて同じ意味ではないか」
そのほか、「私は日本の排出量を理解している」「誰も理解していない日本の処理水の海洋放出」とのコメントがあった。
新華社以外にも、中国国営メディアは処理水海洋放出について「汚染水」という表現を繰り返し、批判的な報道を連日続けている。
経済発展を「一党支配の正当性」の根拠として主張してきた中国共産党。処理水放出への批判は、国内経済の冷え込みによる国民の不満をそらしたい狙いがあるとの指摘も出ている。
香港で発行されている日刊紙「明報」などによると、中国のSNSで処理水に関する「心配する必要はない」との投稿が削除された。
投稿には、中国の原発で当局が定めているトリチウム放出の上限は福島原発が放出する8倍であると書かれていた。中国政府は、処理水放出に反対する当局の意向に反する投稿内容に神経をとがらせているとみられる。
処理水放出をめぐっては、中国政府は24日に日本産水産物の全面禁輸に踏み切ったほか、日本国内の無関係な個人や団体が相次ぎ、中国から嫌がらせの電話を受けるなど日中間の緊張が高まっている。
在中国日本大使館は24日以降、中国にいる日本人に対し、不測の事態が発生する可能性が排除できないとして、「不必要に日本語を大きな声で話さない」などと注意を呼びかけている。