民主活動家・周庭氏亡命に香港行政トップが怒りを爆発させた3つの理由
「私は現在、カナダのトロントに滞在しています。もう永遠に、香港には戻らないと決めました……」 【写真】2019年6月18日、香港で逃亡犯条例案に反対する大規模デモが行われた。周庭氏(右)は後日、このデモ参加者を扇動したとして逮捕され、有罪判決を受けることになった 12月3日、香港の民主活動グループ「香港衆志」で副事務局長を務めた周庭(Agnes Chow)氏(27歳)が、SNSで衝撃の「亡命宣言」を行った。その後、日本メディアなどのインタビューにも答え、香港の民主が大きく後退している現状を訴えたことから、世界的な話題を呼んでいる。 ■ 「恩を仇で返された。全力を挙げ逃亡犯をひっ捕らえる」
当の香港も、激震している。5日には、ついに香港トップの李家超行政長官が、「周庭問題」に言及。激しい怒りをぶちまけた。 「香港政府は全力を挙げて、国家の安全に危害を及ぼすいかなる逃亡犯をもひっ捕らえる。周庭は、外国もしくは境外の勢力と結託し、国家の安全に危害を与えた容疑で拘束された。そのような保護措置を放棄し、逃亡した人物に対して、警察は必然的に、全力でひっ捕らえる。 いかなる逃亡犯も、いますぐ自首することだ。そうでなければ終身、逃亡犯であり続け、終身追われる身となるだろう。
一部の逃亡犯は、誠実さを装い、言い訳をつけて同情をでっちあげ、自己を光り輝くよう見せようとしている。まったくもって恥ずべき行為だ。 香港警察は、本件で寛大な処置を試した。だが恩を仇で返されたのだ。最も失望しているのは、寛大な処置を担当した者たちだろう。香港警察は今回の経験を総括し、法規を有効にし、国家の安全の維持・保護を確保していく。そして糸を引いている外部勢力には、打撃を与えていく」
前任の林鄭月娥行政長官が、5年間の任期中に、特定の香港人を名指しして、ここまで強烈に非難したのを、見たことがなかった。昨年7月1日に就任した李家超行政長官も、これまでは努めて、平静な行政運営を心掛けていたように見受けられる。 それがなぜ今回、ここまで怒りに満ちた発言をしたのか? そこには、3つの理由が背景として考えられる。 ■ 「香港のプーチン」のメンツ丸潰れ 第一に、自身の警察官僚としてのメンツを潰されたことだ。 李家超行政長官は1957年12月、香港に生まれた。大卒のエリートではなく、1977年に19歳で香港警察に入った叩き上げだ。香港警察では長く諜報畑を歩き、1998年には800kgもの爆薬保管庫を摘発するなど、諜報員として実績を積んだ。まさに、ウラジーミル・プーチン露大統領の経歴と重なり、「香港のプーチン」との異名を取るゆえんである。 諜報員としての実績を評価され、2003年にはロンドンの王室防衛学院で研修を受けた。その後もトントン拍子で出世を重ね、2017年6月、初の叩き上げの諜報員出身者として、保安局長に就任した。この辺りから、習近平主席の目に留まっていく。 保安局長時代は、2019年6月に始まった大規模な民主派デモを取り締まった。この時、デモの中心にいた一人が、周庭氏だった。
李保安局長は香港警察の指揮官として、デモ隊との「攻防戦」で、計6000人以上もの香港市民を拘束し、計1万発以上の催涙弾を撃ちまくった。周庭氏も逮捕、投獄され、最終的に2021年6月に出所した。 ■ 「香港の守護神」と目されているのに 李局長は、民主派グループにとっては「悪の権化」だが、「中南海」(北京政府)にとっては「香港の守護神」と映った。二度と大規模デモを起こさせないため、2020年6月に、悪名高い香港国家安全維持法を制定したが、この新法制定に尽力したのも、李家超局長だった。 こうした「実績」により、習近平主席の「お墨付き」を経て、昨年7月1日に、他に誰も立候補者が出ない「異様な選挙」を経て、第6代行政長官に就任したのだ。就任式及び香港返還25周年祝賀会に参加するため、北京から訪れた習近平主席に対して、李新行政長官が平身低頭する姿が印象的だった。 このように警察官僚としての「民主化弾圧」が認められてトップに立ったという自負が、周庭氏の「カナダ亡命」によって打ち砕かれたのである。
■ すでにイエローカードを食らっている李家超氏 第二に、李行政長官が、ボスである習近平主席の怒りを恐れているということだ。 前述のような経緯で香港トップに上り詰めた李家超行政長官が見ているのは、750万香港市民というより、「中南海」の習近平主席である。習主席の覚えめでたくありたいと、常に考えているはずだ。いったん習主席の「寵愛」がなくなれば、外相だろうが国防相だろうが失脚するのは、周知の通りだ。 特に、ある香港人の話によると、李行政長官は習主席に対して、次のような「前科」があるという。 「昨年11月、タイのバンコクでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議が開かれた際、李家超長官は、あろうことか習近平主席と会談した際に、新型コロナウイルスを移してしまったという噂が立った。李長官自身も、香港に戻って陽性反応が出て隔離された。それで翌12月に改めて北京を訪問し、習主席に直接詫びたと聞いた」 この証言がもし事実であれば、すでにこの時点で李長官は「イエローカード」である。それが「民主運動の首謀者」の一人がカナダに亡命し、「反習近平政権運動」でも展開すれば、これはもう「レッドカード」というわけだ。
■ 台湾にどう波及するか 第三の理由は、台湾問題だ。これは先日、台湾問題の専門家である吉村剛史・元産経新聞台北支局長から受けた指摘だ。吉村氏は、次のような見解を示した。 「1月13日に行われる台湾総統選挙まで、あと1カ月あまり。4年前の総統選挙に最も影響を与えたのは、香港情勢だった。香港政府と中国政府が香港の民主化運動を徹底的に弾圧したため、多くの台湾人が『台湾が香港の二の舞になるのはゴメンだ』として、中国に厳しい態度を取る蔡英文総統に投票したのだ。 同様に、今回もまた、台湾総統選挙の直前に、周庭さんが亡命した。当然ながら、台湾人も敏感に反応しており、総統選挙に一定の影響を与えるだろう。すなわち、与党・民進党の頼清徳候補(副総統・民進党主席)に有利に働くということだ」 周庭氏の今後の動向に注目したい。 【近藤大介】 ジャーナリスト。東京大学卒、国際情報学修士。中国、朝鮮半島を中心に東アジアでの豊富な取材経験を持つ。講談社『週刊現代』特別編集委員、『現代ビジネス』コラムニスト。近著に『未来の中国年表ー超高齢大国でこれから起こること』(講談社現代新書)、『二〇二五年、日中企業格差ー日本は中国の下請けになるか?』(PHP新書)、『習近平と米中衝突―「中華帝国」2021年の野望 』(NHK出版新書)、『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)、『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)、『アジア燃ゆ』(MdN新書)など。
近藤 大介