「お客様は神様」じゃない 猛威振るう反社会的消費者
- 2015/1/20 7:00
- 日本経済新聞 電子版
土下座を強要する、店頭に居座る…。深刻な顧客トラブルが全国的に増えている。苦情のメールや電話もかつてなく暴力的になっており、社員のストレスは高まる一方だ。「すべての顧客を神」とする発想は、商品開発の現場にも、暗い影を落としている。過激化する消費者から社員を守り、多様化が進む中で競争力を維持するには、顧客との関係を根本的に見直す必要がある。顧客視点が成長の源なのは当然のこと。だが、企業は今、改めて認識すべきだ。もう「お客様は神様ではない」、と。
大阪府茨木市にあるファミリーマート茨木横江店。一見して普通のコンビニにしか見えないこの店には、他の店舗ではまず見ることができない特徴がある。午後10時に警備員が出勤してくることだ。警備員は朝5時頃まで店内の事務所に待機し、顧客と顔を合わせることはない。だが“有事”の際には待機所を飛び出し、敢然と店員を守る手はずとなっている。
実はこの店は、記憶に新しい「コンビニ土下座事件」の舞台となった場所だ。報道によると、2014年9月8日深夜、駐車場でたむろしていた数人の男女が入店。空のペットボトルに水を入れろと要求し、店内で飲食を開始した。抗議した店長に男女は商品を投げつけるなどした上で土下座を要求。「店に車を突っ込ませる」などと威嚇し、たばこ6カートンを脅し取ったという。その後、男女は逮捕。既に執行猶予付きの有罪判決が下っている。
小売り・サービス業での深刻な顧客トラブルが多発している。2013年9月には札幌市の衣料品チェーン「しまむら」苗穂店で、買った商品が不良品だったことに腹を立てた女性顧客が店員に土下座を強要する事案が発生。2014年12月には滋賀県内のボウリング場でも同様の事件が起きた。
あるネット通販企業は創業以来、苦情受付先をメールに一本化してきた。「クレーム電話を受け続けるのは精神的負担が大きい。メールなら和らぐはず」と考えたからだ。だが蓋を開けると、顧客対応のストレスで体調を崩す社員は一向に減らない。分かったのが「人間は言葉であれ文章であれ、苦情を浴び続けると結局、病む」という事実だった。
ある健康機器メーカーの顧客相談窓口にその電話がかかってきたのは2014年夏のこと。声の主は60代後半の男性で、「1カ月前に購入した血圧計が故障した」というよくある苦情だった。応対した担当者は謝罪をした上で、マニュアル通り「着払いで血圧計を送ってもらえば新品に交換する」と申し出て、男性は了承した。これが、この男性との長い“闘い”の始まりだった。
話を聞くと、この男性は大手メーカーで品質保証部門の責任者を務めた経歴があった。そのためモノ作りの現場には詳しく、原因を一通り説明しても「そんな品質管理はあり得ない」「検査工程にこうした課題があるのではないか」と一歩も引かない。何度もやり取りを重ね、やっと納得したと思ったら、「次は、今後の対策をまとめていきましょう」と言い出した。
もちろん企業としては、それが激情型であろうと、上司気取り型であろうと、クレーム対応に手を抜くことはできない。「今はSNS(交流サイト)で小さなクレーム騒ぎが瞬く間にニュースとなり、大人数へ伝播(でんぱ)する時代」。SNSマーケティングに詳しいアジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦取締役はこう指摘する。
会社員の鬱病は年々増加し、厚生労働省によると躁鬱(そううつ)病を含む気分(感情)障害の国内総患者数は2011年には95万8000人と12年前の2倍以上に達した。その一因は、店頭から顧客窓口まで、企業における顧客対応が困難になっていることにあるとも言われている。
「時間はあるし、一昔前のお年寄りに比べ元気。一方で会社中心主義の人生を送ってきたため、女性に比べ地域に居場所はなく孤独でもある。彼らが持て余したエネルギーを最もぶつけやすいのは企業。特に逃げ場のない顧客相談窓口は格好の“標的”になる。実際、厄介なクレームは団塊が大量退職を始めた時期から一気に増えた」
しかし、市場が成熟し大衆の要望が多様化すると、“最大公約数的商品”は魅力を失う。逆に台頭してきたのが、デザイン性を集中的に高めたり、機能を大胆にそぎ落としたりしたエッジの立った製品だ。国内外を問わず、日本製品が2000年代以降、存在感を失い始めた理由の一つはここにある。