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東京五輪の迷走 新国立、エンブレムで終わらない



東京五輪の迷走 新国立、エンブレムで終わらない

2015/9/7 3:30
日本経済新聞 電子版
 東京五輪を巡る迷走に終わりが見えない。新国立競技場の建設計画に続き、公式エンブレムのデザインが白紙撤回されても、いたるところに混迷の火種が広がっている。東京都が予定するスポーツ施設の整備も苦境に陥る恐れが膨らんでいる。
■全施設で予算オーバー
 高層ビルが立ち並ぶ東京・西新宿。東京都庁の17階がにわかに騒がしくなっている。
 オリンピック・パラリンピック準備局――。森喜朗元首相がトップをつとめる大会組織委員会と二人三脚で東京五輪の準備にあたってきた都側の司令塔だ。なぜ、ここにきてバタバタしはじめたのか。
 原因の一つは、東京ベイエリアなどに競技場をつくる東京都の開発プロジェクトが相次ぎ、想定外の事態に見舞われていることにある。
 東京五輪の競技場整備を巡る誤算は、国が整備する新国立競技場だけで起きていたわけではない。東京都が整備を担当するスポーツ施設の工事見積額が当初の予算を大きく上回ってしまい、準備局の担当者は費用の圧縮に追われているのだ。
 東京都が臨海部を中心に整備する予定だったスポーツ施設は合計10カ所。しかし、工事見積額が当初の予算の範囲内に収まっているものは1つもないという。
■ボート会場は費用が15倍に
 その象徴が「海の森水上競技場」。そもそもは、東京臨海部の新名所「東京ゲートブリッジ」のたもとに、ボートとカヌーの競技会場として、東京都が69億円で整備する予定だった。
海の森水上競技場のイメージ図。当初69億円だった工事見積額が一時1038億円に高騰した(提供=東京都)
 ところが、「五輪開催が決まってから現地を調査したのだが、観客席を設ける場所の地盤が悪いことがわかった」(準備局の花井徹夫・施設輸送担当部長)という。
 地盤を改良して建設すると、1038億円かかることが判明。費用は当初見込んでいた金額の約15倍にも膨らんでしまう。東京都は、観客席の位置を変えるなど計画を変更したが、それでも491億円。当初計画の約7倍とケタ違いの費用が発生してしまう。
 見積もりが膨らんだのは、景気回復や震災復興需要に伴う、建設業界の人件費と資材費の上昇が一因ではあるが、それだけではない。
 花井担当部長は「競技団体の要望に応じて静かな競技水域を確保しようとすると、水域をしっかりと仕切る構造にする必要があり、工事見積もりが膨らんだ」と話す。つまり、当初の試算に甘さが残っていたのだ。
■分かっていた「計算漏れ」

 開催地に立候補した時点で、東京都は10施設の整備費を合計1394億円に抑えられると試算していたが、開催決定後は一転。総額が一時、約3倍の4059億円にまで膨れ上がった。現在は海の森水上競技場の計画見直しなどで2281億円に圧縮しているが、それでも当初の1.6倍だ。

 大会招致委員会が整備費を記載した立候補ファイルを国際オリンピック委員会(IOC)に提出したのは2013年1月。整備費用は、国内の類似施設をベースに算出していたが、計算したコストは純粋に建物の施工費だけだった。
 もちろん、五輪の開催地に正式に選ばれてもいないのに、真剣かつ精緻に調査し、現実的な見積もりを出そうとしても、限界はある。しかし、建物のコスト以外にも、設計委託費や建物周辺の敷地整備費など、事前に類推できたコストもあったはずだ。
 それらに目をつむったために、2年前と現実のコストの差が広がった。東京都の整備計画は大幅な軌道修正を迫られ、10カ所のうち、2カ所の建設は中止。残り8施設は予算超過のまま、建設を続行するが、東京五輪のセールスポイントの一つが消え去りつつある。
 それは、五輪の招致活動で訴えてきた「コンパクト五輪」というコンセプトだ。
 東京都や国、日本オリンピック委員会(JOC)などは2020年の五輪の開催地に東京が手を挙げたとき、競技施設の大半が東京臨海部を含む都心部の半径8キロ圏内に収まり、ベイエリアの選手村から選手たちが楽にアクセスできる点をアピールしていた。
■かすんだ「コンパクト五輪」
 競技場が集中していれば、五輪を観戦しに訪日する外国人観光客にとっても、便利。事実、候補地としてライバルを突き放す材料の一つだったが、今やコンセプト自体が揺らいでいる。
 ヨット競技の一種であるセーリングの競技会場となるはずだった「若洲オリンピックマリーナ」(東京・江東)。湾岸部の埋め立て地につくる予定だったが、工事費用が当初の4.5倍に膨らんだことから工事は中止した。
 代替の会場は、東京都心部から離れた神奈川県の「江ノ島ヨットハーバー」(藤沢市)。東京湾をヨットが帆走する姿は見られなくなった。

 また、バドミントンなどの会場として「夢の島」に整備予定だった2つのアリーナは「五輪後の需要を考えると、似たような施設はこんなに必要がない」(準備局の小野寺弘樹・施設整備担当部長)という判断もあり、計画を撤回。東京都は、都心部から1時間ほどかかる「さいたまスーパーアリーナ」(さいたま市)と「武蔵野の森総合スポーツ施設」(東京都調布市)を代替会場にすると決めた。



会場名
(競技)
アクアティクスセンター
(水泳)
海の森水上競技場
(ボート・カヌー)
有明アリーナ
(バレーボール)
夢の島アリーナA、同B
(バドミントン・バスケ)
若洲オリンピックマリーナ
セーリング
カヌースラローム会場
(カヌー)
大井ホッケー競技場
(ホッケー)
アーチェリー会場
(アーチェリー)
有明テニスの森
(テニス)
武蔵野の森総合スポーツ施設
近代五種
合計
東京都が整備を予定していた
10施設の建設費の変遷
立候
補時
開催
決定後
現在
321683683
691038491
176404404
364880中止
92414中止
247373
254848
142424
59144144
250351351
139440592218
(単位:億円)





 もはや東京五輪の招致に携わった国や東京都が訴えた「低コスト」「コンパクト」という強みはかすみつつある。国の新国立競技場も、東京都のスポーツ整備計画も、実現性を十分に考慮しないまま突っ走った構図はうりふたつだ。
■世界にさらけ出されたギャップ
 「安心、安全で確実な開催」。安倍晋三首相は2013年9月のIOC総会で東京五輪の成功を世界に確約している。
 それから2年。世界の視線は新国立競技場とエンブレムの白紙撤回を目にして冷たさを増している。
 「大きな不祥事」(米ニューヨーク・タイムズ電子版)、「ぶざまな成り行き」(英国放送協会=BBC=電子版)――。さらに、東京都が整備するスポーツ施設にまで疑問符がつけば、日本が招致活動で約束したことの多くが「不履行」となる印象を与える。
 このままで、56年ぶりに東京で開く五輪は、日本の復活を印象づけるスポーツの祭典になるのだろうか。今は夢と現実のギャップだけが世界にさらけ出されている。
(吉野次郎)