全てを敵に回す水爆実験で北朝鮮は何を狙うのか
「核大国」として認知させようとする
北朝鮮の「水爆実験成功」宣言
1月6日正午、北朝鮮の国営メディアの朝鮮中央テレビは「特別重大報道」で「水爆実験を行い成功した」と発表した。「水爆実験は、我々の核武力の発展をさらに一段階高め、水爆を保有する核保有国の隊列に上った」「水爆実験はほかの核保有国から我々の生存権を守る自衛的な措置だ」と主張した。北朝鮮にとって「核大国」として国際的に認知させようとの宣言である。
米ホワイトハウスのアーネスト報道官は「報道された事実に対する初期の調査結果は水爆実験を成功させたという北朝鮮の主張と一致しない」と論評している。また韓国の聯合通信によれば、韓国軍当局者が「米や旧ソ連が実施した水爆実験は20~50メガトンであり、今回の核実験の爆発の規模は6キロメガトンと非常に小さい」として、「水素爆弾と見るのは難しい」と語った旨伝えている。わが国の気象庁も、揺れの波形は過去の核実験の際のデータと似た特徴があると発表している。北朝鮮の発表の真偽が明らかになるまでしばらく検証に時間を要しよう。
「核保有国」として
米国と対等な交渉という野望
北朝鮮の発表の内容からも言えるのは、米国を強く意識しているということである。北朝鮮は経済的に苦しく、外交的にも孤立し、真の友好国、パートナーを持たない。核を保有していなければ、国際的にも重視されず、評価されないであろう。これまでも瀬戸際作戦で国際社会を振り回してきたのは核を保有しているためである。
米国は、対話の前提として核開発の中止を求めてきたが、北朝鮮は核開発をやめればイラクやリビアのように体制が崩壊することを懸念している。そこで、核とミサイルの発射実験を同時期に行い、核弾頭の小型化とその運搬手段の開発を行ってきた。今回の「小型化した水爆実験が成功」であれば、核弾頭の小型化は相当な進展となろう。
ミサイル開発では、2012年12月に、米本土に届く、射程1万kmとされる長距離ミサイル「テポドン2号」の発射実験を行った。ただ、米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイトによれば、長距離ミサイルはテストの成功率が低く、保有は実践配備よりも米国牽制の意図が強いとしている。そこで、隠密裏に米の近くまで行き発射できる潜水艦発射弾道ミサイルの実験を、昨年5月、11月に行った。韓国軍当局は11月の実験は失敗だったとの見解を発表したが、直ちに12月に追加的実験を行っている。
もう一つの狙いは国内引き締め
若者を中心に忠誠心が低下
もう一つの意図は国内の引き締めであろう。北朝鮮は本年5月に36年ぶりとなる朝鮮労働党全党大会を開催すると発表している。そこでは憲法よりも上位にある党規約の改定と、側近を大幅に入れ替え世代交代を図る人事が焦点となる。全党大会で金正恩体制を確立することが、当面の最大の課題である。
北朝鮮では若者の政治離れが深刻になっている。同国の経済は配給制度が行き詰まり、「チャンマダン」とよばれる闇市場を通じて生活物資の6~7割が取引されていると言われる。経済の低迷から、金正恩体制になり農家や企業に資材調達や販売の自主性を容認したことで、最悪期は脱した感はあるが、その結果、若者は労働党員になるよりも金もうけに走る傾向が表れ、党や国家に対する忠誠心が低下した。在外公館職員の亡命も、13年に8人だったものが、15年は11月までで20人と増加している。
これまでも、北朝鮮の政治体制や経済、治安、軍の動向については米韓はじめ各国の情報当局が必死で追ってきたが、同国の中枢で何が起きているかはほとんど知られていない。金日成が死去した時も、夜中の不自然な時間に別荘からヘリが飛び立ったといった情報は後日聞いたが、それが何を意味するかは荘厳な放送が流れるまで知られていなかった。金正日が死亡した時は、京都で野田総理と李明博・韓国大統領との首脳会談を行っていた。李明博大統領以降は北朝鮮中枢との人脈が細り、ますます情報は少なくなった。加えて金正恩の突発的な行動は北朝鮮の動向をいっそう不確実なものとしている。
中国の制止も聞かず
金正恩はどうするつもりか
北朝鮮の孤立は深まっている。米国に対しては、ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントの金正恩を風刺する映画「The Interview」に激怒し、同社のシステムの一部を破壊、大量のデータを入手し公表するとともに、この映画を上映する映画館チェーンを脅迫した。これをオバマ政権が北朝鮮の犯行と断定したことをめぐって対立した。日本とは拉致問題をめぐる再調査の回答を回避することで関係が膠着している。
韓国とは、昨年8月に地雷事件を起こしその後の交渉で6項目の合意を行ったが、北朝鮮にとっての瀬戸際外交は成功したとは言えず、むしろ韓国に一本取られた形である。ちなみに、韓国の北朝鮮に対する見方は楽観的なことが多い。北朝鮮が混乱に陥ればこれが韓国に与える影響は甚大である。したがって、そうした事態は起こらない(起こってほしくない)との意見が多くなる。このため、北朝鮮の瀬戸際外交は効果を発揮してきたが、朴槿恵大統領は毅然とした対応で隙を与えなかった。こうした朴大統領の姿勢は韓国国内で高く評価された。
わけても中国との関係が疎遠になっている。北朝鮮が中国との橋渡し役を担ってきた張成澤を13年12月に処刑して以来、しっくりいっていなかった両国関係も、朝鮮労働党創立70周年記念に中国の劉雲山政治局常務委員が出席してから改善が模索された。しかし、中国が序列5位の劉雲山政治局常務委員を派遣したのは、北朝鮮が核実験やミサイル発射実験を行うとの噂が飛び交うなか、それを制止することも目的であったと思われる。
こうしたなか、昨年12月に北京で公演を予定していたモランボン歌劇団は、公演数時間前に突如公演予定をキャンセルして北朝鮮に帰国した。韓国情報当局によれば、背景の映像にミサイル発射の場面があり、それを北朝鮮が削除しないことから、習近平国家主席の観劇がキャンセルになったことに腹を立てた、金正恩が指示したという。朝鮮中央テレビによれば、その4日後の15日に金正恩が水爆実験の命令を下し、1月3日に最終命令書にサインしたとのことである。
今回の実験は、中国にも米国にも事前の通報はなかった由である。これまでの1~3回目までの実験では、計測装置の設置や行動の埋め立て作業などいくつかの前兆があったが、今回は徹底的に隠密裏に準備が進められたようだ。金正恩第一書記は金正日と比べても行動が読みにくいとの声がある。これまでは中国との関係を重視してきたが、今般、北朝鮮は中国の制止を聞かず、断固として核実験を行う意思を有していたということであろう。今回の実験は米よりもむしろ中国に向けた反発であるとの見方もある。
対北朝鮮でジレンマを抱える中国
国連の制裁強化では同国の対応が鍵
北朝鮮の核実験に対し、安保理は同日緊急会合を開催し、4回目の核実験がこれまでの安保理決議に違反し「国際平和と安定に対する明らかな脅威」と指摘して、「強く非難」するとともに、制裁強化のための新決議を採択する方針で合意した。3回目の核実験に関する13年3月の決議で、新たな核実験の場合には「さらなる重大な措置を取る決意」を表明していた。
前回の決議には、中国も初めて賛成票を投じている。ただ、前回は決議の合意に23日を要し、安保理内の意見対立を露呈した。今回は速やかな合意が求められる。さらに、中国は既に、国有銀行の北朝鮮への送金停止など独自の制裁も課している。今回の実験で中国は、もはや北朝鮮の面倒は見きれないとの挫折感をいっそう味わったことであろう。したがって、今般の制裁決議についても中国が賛成するとの見方は多く、制裁の実効性を高めてより強い圧力をかけるべきとの新華社系の報道も出ている。
他方、中国は北朝鮮が混乱により崩壊することは望んでいない。それによって国境を接する東方地方に難民が押し寄せることが危惧される。また、同地域の朝鮮族の動向が不安定になることを望んでいない。特に、北朝鮮が崩壊して、在韓米軍を有する韓国と国境を隔てて対峙することになりたくない。このため、これまで中国は実効性のある北朝鮮制裁に慎重であり、独自制裁後も同国に対する支援は続けていた。さらに、自国企業が北朝鮮と取引するのも黙認してきた。
しかし、北朝鮮が核弾頭の小型化でミサイルに搭載できるようになり、米国への運搬手段も手に入れれば、直接米国に対する脅威となる。また、今後核開発を進め、さらに核弾頭の保有数が増えれば、核が中東のテロリストに渡ることも懸念される。そうなれば、米国の北朝鮮に対する姿勢はいっそう硬化し、それは中国の安保にも影響を及ぼしかねない。中国にはジレンマである。
東アジアで“力の空白”を生むな
日本にもリーダーシップが求められる
本年から安保理非常任理事国となったわが国にとっては、北朝鮮の核問題での今回の安保理が初仕事となった。わが国は本年G7サミットの議長国でもある。岸田外務大臣はさっそく、ケネディ駐日米大使と会談するとともに、韓国やドイツの外相と電話で協議し、緊密に連携していくことで一致した。