韓国もようやく北朝鮮への幻想から目覚めたか? むしり取られた18年
北朝鮮による核実験と長距離弾道ミサイルへの独自制裁として、韓国は南北経済協力事業の開城工業団地の稼働中断に踏み切るなど、対北姿勢を硬化させている。朴槿恵(パク・クネ)大統領自ら、北朝鮮の「体制崩壊」に言及し、強力な制裁で「必ず変化させる」とまで断言した。しかし、肝心の韓国国内では長年続いた対北融和政策などによって、北朝鮮への警戒感は相当、骨抜きにされてしまった。“南北和解の幻想”のツケが、今になって、韓国国内の現実問題として立ちはだかっている。(ソウル 名村隆寛)
「韓国の努力と支援に北朝鮮は核とミサイルで応じた」と非難した朴大統領。「韓国が事実上、核・ミサイル開発を支援する状況を続けることはできない」と述べ、金大中政権(1998~2003年)以来、韓国がとり続けてきた北朝鮮への経済協力などが失敗であったことを認めた。
さらに、「1990年代半ば以降、政府レベルの対北支援だけで22億ドル(同約2530億円)を超え、民間レベルの支援を合わせれば30億ドルを超える」(朴大統領)という。法外な金額である。北朝鮮がそのほとんどを腹を空かせた人民のために使うのではなく、核やミサイルの開発や金正日・金正恩政権のぜいたく品購入のために“浪費”したことは間違いない。
北朝鮮を甘やかし続けた韓国の対北政策は、対北融和の「太陽政策」をとった金大中政権で始まった。金大中政権発足当初の1998年に、北朝鮮での「金剛山観光」が開始。2000年6月には金大中大統領(当時)と金正日総書記による初の南北首脳会談が実現し、韓国世論は“歴史的な会談”に沸いた。
韓国は、金正日・金正恩の父子二代にわたって北朝鮮にだまされ続けた。北朝鮮の経済状況が行き詰まるなか、対話に応じただけで、韓国が人道や民族和解の夢を一方的に描き、感動し、金剛山観光で外貨を落としてくれた。開城工業団地という大規模な工場まで作ってくれ、カネを稼がせてくれた。まさに「棚からボタ餅」である。
金正恩第1書記は金正日総書記から、韓国という“金づる”を遺産として受け継いだといってもいい。北朝鮮としては、自らにメリットがあるために、韓国からの協力に応じていただけだ。北からの再三の挑発にもかかわらず、「よくぞ長期にわたって稼がせてくれた」とでも言いたいところだろう。
北朝鮮は韓国の足元を見ていた。おそらく今も。昨年8月に軍事境界線付近で起きた、北朝鮮による地雷爆発事件や砲撃の際も、韓国は「やられた以上のこと」はやり返していない。韓国軍当局者が当時、言っていたことが思い出される。「銃撃には銃撃。砲撃には砲撃」という言葉だ。
遅まきながらも、国会演説で北朝鮮の金正恩体制を猛烈に非難した朴大統領に、保守派の与党セヌリ党議員らは盛大な拍手をおくっていた。現場でその光景を見ていた感じでは、「大統領、よくぞおっしゃいました」という反応だった。しかし、韓国では長年の対北融和政策が副作用として残した大きな問題がある。
韓国統一省は「開城工団から北朝鮮に渡った資金の約70%は朝鮮労働党の書記室や、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の秘密資金を管理しているとされる『39号室』などに上納されてきた」との分析を明らかにした。洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一相は「資金は核やミサイル開発、ぜいたく品購入に使われている」と述べたが、韓国メディアは「証拠資料はあるのか?」と逆に統一省に詰め寄った。
後に洪統一相が、証拠資料はないことを明らかにしたことで、韓国メディアの政府バッシングが始まった。野党や反政府勢力からは洪氏の更迭論まで出ている。これが韓国の今の姿なのだ。国際社会が北朝鮮のカネの流用を当然視し、核・ミサイル開発を非難している中でも、韓国では政府を信じようとしない者が多い。
こうした韓国国内の状況に朴大統領が危機感を抱いていることは、大統領の国会演説で明確に表れた。朴大統領は、北朝鮮による対南世論工作による「南南葛藤(韓国国内の世論の分裂と対立)」への警戒感を示し、「選挙への利用」などと政府攻撃に余念がない世論に対し「本当に胸が痛む現実だ」と心情を吐露した。さらに、「韓国内部でこんなことで揺れ動くことは、まさに北朝鮮が望むことだ。韓国内で分裂していてはいけない」とも訴えた。
問題は時が過ぎるにつれ、韓国国内で出始めた対北警戒論が忘れ去られ、北の脅威がうやむやになってしまうことだ。韓国哨戒艦撃沈事件や韓国・延坪島砲撃など、これまで北朝鮮が武力挑発を起こすたびに韓国では対北警戒論は出た。しかし、そのたびに時間とともに、北の脅威は忘れ去られ、同じようなことが繰り返されてきた。
現在の韓国社会の状況が、ずばりそれを物語っている。北朝鮮の脅威にもかかわらず、ソウル市内では現在も左派系労組の拡声器が鳴り響き、ソウルの日本大使館前では元慰安婦支援団体のデモが続いている。北朝鮮の脅威や暴走の危険性は、まるで人ごとであるかのように。韓国国内が分裂し、不毛な政争や論争が続いている間にも、朝鮮半島の北側では核やミサイルの開発が続けられているにもかかわらず。