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王毅外相の微笑と言い訳の落差

一言でいえば 『嘘つき』 そのものである

王毅外相の微笑と言い訳の落差       編集委員 中沢克二

2016/8/31 6:30
日本経済新聞 電子版

中沢克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞

 中国国家主席習近平の下で外相に就任して3年半。駐日大使を務めた「知日派」の王毅が8月末、初めて来日した。その表情には大きな変化があった。4月末、北京で外相の岸田文雄と会談した際は“大国”の外交担当者とも思えぬけんまくでかみついたが、今回はまったく違った。

 8月24日、王毅は日中外相会談の冒頭撮影時こそ表情を崩さなかったものの、終了後に日本の記者団らの質問に答えた時は、初めから表情は柔和。微笑さえたたえていた。
■全てG20のため、国営テレビも王毅の微笑放映
 注目すべきは、この王毅の“ぶら下がり”記者会見での微笑は、中国国内でも放送された事実だ。国営の中国中央テレビのニュース番組やインターネットニュースである。見出しが極めて面白い。
日中韓外相会談の冒頭、撮影に応じる(左から)中国の王毅外相、岸田文雄外相、韓国の尹炳世外相(8月24日、東京都港区の飯倉公館)
 杭州20カ国・地域(G20)首脳会議の準備は全て順調――。
 驚くことに、王毅来日、日中外相会談、日中韓外相会談がメーンのニュースではない。王毅が日本の記者団を前に「G20の準備は整っている」と微笑をたたえて答えた部分を放映したのだ。
 この場で王毅は、日中間の懸案である偶発的衝突を防止する「海空連絡メカニズム」の協議が前進した事実にも触れた。そして、小さな問題は残っているものの早期に合意できる、との見通しまで示した。この重要ニュースを中国国営テレビは伝えていない。
 ここに中国側の意図が透ける。王毅来日は、政治的には全て9月4、5日のG20首脳会議のためなのだ。大きな使命は、習近平の晴れの舞台となる杭州G20を盛り上げることだった。
 中国国営テレビによる王毅の微笑の放映は、厳しかった対日関係が底を打ち、上向いているという雰囲気を中国国民に示す「世論操縦」でもあった。
 最近まで中国の国営系メディアは、首相の安倍晋三の動きを批判的に報じ続けていた。急に態度を変え、いきなり日中首脳会談まで実現してしまうと、戸惑いが広がるばかりか、中国外務省への批判が起きかねない。
 日本での日中韓外相会談、日中外相会談の実現は、G20盛り上げのための手段。王毅は、習近平の露払いにすぎなかった。
 中国と韓国との関係も揺れている。中国は、韓国が米軍の地上配備型高高度ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備を決定したことに大反発している。裏では事実上の経済制裁までちらつかせる。
 それでもG20がある以上、習近平は、韓国大統領の朴槿恵(パク・クネ)と簡単には“離婚”できない。北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイルの発射を巡る国連安全保障理事会の非難声明に、中国が一転して同調したのもそのためだ。
 それでも王毅の権限は限られている。中国軍の艦船、多くの海警局の公船、230隻もの漁船が沖縄県尖閣諸島に押し寄せた問題の詳細をかみ砕いて日本側に説明する権限は持っていない。
 王毅は、中国共産党指導部を形づくる25人の政治局委員の一人でもなければ、国務委員という副首相級の人物でもない。200人以上いる中央委員の一人にすぎない。
沖縄県尖閣諸島周辺の接続水域を航行する中国海警局の船(8月6日、第11管区海上保安本部提供)=共同
 中央軍事委員会、軍や農業・漁業部門と連携する海警局、「海上民兵制度」と関わる漁船の動きについて、中国外務省はいわば門外漢である。つまり、日本側が、中国外務省に抗議しても「のれんに腕押し」なのだ。
■まやかしの説明の理由
 王毅の微妙な立場が透けたのは、8月23日夕の来日第一声だった。羽田空港王毅を待ち受けていた日本の記者団は、中国の漁船、公船が尖閣諸島の領海、接続水域付近に押し寄せた事件について説明を求めた。
 「半分は漁期だから。半分は誇張である……」
 王毅はじっと考え込んだ後、言葉を選ぶように答えた。そこには迷いが見て取れた。「漁期だから、魚を捕るという目的のために漁船が尖閣に集結したにすぎない」という説明は、奇妙だ。まやかしと言わざるをえない。

 それは過去の事例でも明らかだ。1978年春、日中平和友好条約の締結交渉の際も中国漁船100隻が尖閣に押し寄せ、長期間、とどまった。2012年の尖閣を巡る日中摩擦の際も、大量の漁船が浙江、福建両省の港から出港した。中国は日本に圧力をかける目的で時期を選んで動いている。

 78年の事件の際、日本政府の抗議に対して中国側は「偶然、発生した」と説明していた。今回、王毅が口にした「漁期だから」は、言葉こそ違うが、構造は似ている。説明できない、という意味なのだ。

 説明できないのは、中国外務省出身の駐日中国大使、程永華も同じだった。程永華は8月10日、自民党幹事長に就任した二階俊博の下に就任祝いに訪れた際、尖閣に押し寄せた中国漁船問題について「魚が非常に密集していて豊漁だった」と語っている。「ルールにのっとってもらわないと困る」と指摘した二階とのやり取りだった。王毅と同じ言い訳である。

2014年11月、北京で初会談し、握手する安倍晋三首相と中国の習近平国家主席杭州G20での会談はあるのか=ロイター
 到底、日本国民、国際社会を納得させられる説明ではない。しかし、逆効果と分かっていても、そう説明せざるをえない。それが実態だ。王毅の久々の日本での微笑と、漁船問題での言い訳の落差は、中国外務省の置かれた現状を象徴している。
尖閣は「既に事態は正常化」
 王毅は、漁船や公船が押し寄せた問題について最後にこう語った。
 「事態は既に基本的に正常な形に戻っている」

 意味はこうである。当初、中国外務省がコントロールできないところで決まった大方針に従って公船、漁船がやってきた。目的をほぼ達成したため、その動きは基本的に終わった。王毅は、上層部から「ほぼ終わった」という事実だけは伝えてよいとの権限を得て来日した。優先事項は杭州G20の成功である

 杭州G20での安倍晋三習近平の会談に向けた交渉の詰めは、日中外相会談の直後に訪中した国家安全保障局長の谷内正太郎と、国務委員(副首相級)の楊潔篪の会談に委ねられた。
 日中首脳会談実現の是非は、最後のギリギリの段階まで分からない。しかし、G20を最大限に盛り上げたい習近平が、それを望んでいるのは間違いない。しかも、メンツが立つ形で。王毅の微笑もそれに沿っていた。(敬称略)