王毅外相の微笑と言い訳の落差 編集委員 中沢克二
- 2016/8/31 6:30
- 日本経済新聞 電子版
中国国家主席、習近平の下で外相に就任して3年半。駐日大使を務めた「知日派」の王毅が8月末、初めて来日した。その表情には大きな変化があった。4月末、北京で外相の岸田文雄と会談した際は“大国”の外交担当者とも思えぬけんまくでかみついたが、今回はまったく違った。
8月24日、王毅は日中外相会談の冒頭撮影時こそ表情を崩さなかったものの、終了後に日本の記者団らの質問に答えた時は、初めから表情は柔和。微笑さえたたえていた。
■全てG20のため、国営テレビも王毅の微笑放映
杭州20カ国・地域(G20)首脳会議の準備は全て順調――。
中国国営テレビによる王毅の微笑の放映は、厳しかった対日関係が底を打ち、上向いているという雰囲気を中国国民に示す「世論操縦」でもあった。
最近まで中国の国営系メディアは、首相の安倍晋三の動きを批判的に報じ続けていた。急に態度を変え、いきなり日中首脳会談まで実現してしまうと、戸惑いが広がるばかりか、中国外務省への批判が起きかねない。
中国と韓国との関係も揺れている。中国は、韓国が米軍の地上配備型高高度ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備を決定したことに大反発している。裏では事実上の経済制裁までちらつかせる。
■まやかしの説明の理由
「半分は漁期だから。半分は誇張である……」
それは過去の事例でも明らかだ。1978年春、日中平和友好条約の締結交渉の際も中国漁船100隻が尖閣に押し寄せ、長期間、とどまった。2012年の尖閣を巡る日中摩擦の際も、大量の漁船が浙江、福建両省の港から出港した。中国は日本に圧力をかける目的で時期を選んで動いている。
78年の事件の際、日本政府の抗議に対して中国側は「偶然、発生した」と説明していた。今回、王毅が口にした「漁期だから」は、言葉こそ違うが、構造は似ている。説明できない、という意味なのだ。
説明できないのは、中国外務省出身の駐日中国大使、程永華も同じだった。程永華は8月10日、自民党幹事長に就任した二階俊博の下に就任祝いに訪れた際、尖閣に押し寄せた中国漁船問題について「魚が非常に密集していて豊漁だった」と語っている。「ルールにのっとってもらわないと困る」と指摘した二階とのやり取りだった。王毅と同じ言い訳である。
到底、日本国民、国際社会を納得させられる説明ではない。しかし、逆効果と分かっていても、そう説明せざるをえない。それが実態だ。王毅の久々の日本での微笑と、漁船問題での言い訳の落差は、中国外務省の置かれた現状を象徴している。
■尖閣は「既に事態は正常化」
王毅は、漁船や公船が押し寄せた問題について最後にこう語った。
「事態は既に基本的に正常な形に戻っている」
意味はこうである。当初、中国外務省がコントロールできないところで決まった大方針に従って公船、漁船がやってきた。目的をほぼ達成したため、その動きは基本的に終わった。王毅は、上層部から「ほぼ終わった」という事実だけは伝えてよいとの権限を得て来日した。優先事項は杭州G20の成功である。