筆者は JBpress(8月30日付)の「土地を爆買いする中国人、その恐るべき狙い 日本における蜂起の拠点づくりと訓練などのため?」で、日本国内の広大な土地が中国系資本で爆買いされている実態や、そこが秘密裏のサティアンとなり生物・化学兵器や軽易な小銃・機関銃などが作られる危険性などを指摘した。
この夏、草津温泉に出かけた。フロントで受けつける女性は日本語もたどたどしい。それとなく聞けば、中国人ですと言う。ホテル内を注意してみると、レストラン、プール、ベッドメイキングなど、あちこちで中国人が勤務していた。
彼らが日本の生活習慣に馴染み、少子高齢化の日本の生産性を高める救世主として貢献してくれるならば大歓迎であるが、必ずしもそうではない。
むしろ、日本での快適な生活や進んだ社会保障に肖ろうと永住権を求めて、あの手この手でやって来る中国人が多く、把握できない不法入国者や犯罪者もいる。
中国籍を持つ華僑や日本籍の華人という意識から、日本の中に中国人社会をつくり、また本国と結ばれて、権利などを主張する政治的な行動に走ることもある。
本稿では、関岡英之氏の『目覚める日本』(PHP研究所)や論文(『WiLL』2011年7~9月号所収)などを参考にしつつ、日本にいる中国人の動向に焦点を当てる。
在日中国人の激増
近年の在留外国人は220万人前後で推移しており、韓国・朝鮮人、中国人、ブラジル人及びフィリピン人が主体である。
ここ20年間(1995~2014)を見ると、1995年には韓国・朝鮮人67万人、中国人22万人、ブラジル人18万人、フィリピン人7万人であったが、2014年はそれぞれ50.1万人、65.5万人、17.5万人、21.8万人となっている。
全体的な増加率は1.6倍(136万人→212万人)であるが、韓国・朝鮮人(0.7倍)およびブラジル人(0.9倍)は低減傾向にある。一方、フィリピン人(3.1倍)および中国人(3.0倍)は増大している。
フィリピン人と中国人の倍増率はほぼ等しいが、フィリピン人の増加は2004年までで、その後は横ばいか微増である。一方、中国人は2000年以降増大の一途で、2020年頃には100万人を突破する勢いである。
これに対し、在日中国人は一般永住者、技能実習、留学生がそれぞれ20%前後で、日本人の配偶者とその両親など家族滞在もそれぞれ8%前後を占めており、流動的な中国人であると言えよう。
また、最多で年間280万円の支援(2008年当時)を受ける外国人留学生は約20万人であるが、この約7割も中国人である。しかも、帰国しないで就職する中国人留学生が増大している。
特に、福田康夫政権や菅直人政権が進めた入国審査の緩和措置は、「人件費の安い中国人の単純労働者を合法的に受け入れる方便に変質し」「日本への出稼ぎを希望する中国人にとって、最大の日本渡航手段」(関岡)になっている。
各種の資格で来日する中国人であるが、主要な目的が日本での就業となると、一種の移民も同然である。2008年の時点では日本のフリーター200万人、ニート60万人、専業主婦1600万人がいたそうで、関岡氏は「移民を入れるしかない」という発想に疑問を呈していた。
しかも、これらは登録の届け出があった者のみで、これ以外に把握できない水面下の不法入国者、不法滞在者が存在する。
2008年復活した指紋取りの結果、初日だけで中国人犯罪者など5人、1か月累計で95人を摘発と法務省が発表した。「単純計算で年間1000人超の犯罪者が大手を振って日本に来ていた」(高山正之『オバマ大統領は黒人か』)ことになる。
朝日新聞がルポ(2010年4月25日付)した中国最北部の黒龍江省方正県は、ソ連が満州に侵入した時、残留日本人孤児や残留婦人を世話した縁で、戸籍人口22万人中、約3.5万人が日本在住、約6.8万人が日本滞在歴を有し、人口のほぼ半数が日本と深い関係を持っているそうである。
残留婦人となった件の女性は中国人と結婚し、のちに姉妹の住む日本に渡る。その娘(Tさん)夫婦も子供2人を連れて来日し、永住権を獲得する。その後、Tさんの兄弟3人とその妻や夫、子供たちも日本に渡る。Tさんの主人の妹3人も来日し、この夫婦の家系だけで、在日は30人になるという。
ルポでは福建省福清市に留学や偽装結婚の仲介業者が数百人いることも紹介している。1つの結婚相談所では年50~80組が成婚し、そのうち約3分の2が偽装だと打ち明けている。
留学では働いてばかりいれば2年目以降は資格を喪失するが、結婚だと学歴や年齢に関係ないうえ、早ければ3、4年で永住権申請ができ、取得後に離婚すればいいと割り切っている。
単純計算で、仮に200人の業者がそれぞれに50組を成婚させると、福清市からだけで1万人の偽装夫婦が誕生して、日本にやって来ることになる。
中国の都市部では日本は魅力のない国であるようだが、地方では大変な人気である。こうしたところから、偽装結婚などの手段で来日した中国人が永住権を獲得し生活する。
中国には一人っ子政策で、秘密裏に生まれた2人目は国籍が取得できない無国籍人間が約1300万人いると言われている。こうした人物が本国で安全に生活できないとなれば、偽装結婚や偽造パスポートで入国してこないとも限らない。
しかし、華僑や華人には日本人と根本的に異なる習性がある。以下の例示でも分かるように、日本は多くの爆弾を抱えていると言えよう。
日本に溶け込まない中国人
2014年末における在日中国人の年齢構成(上の図)は、19歳以下10%、20代44%、30代25%、40代12%、50歳以上9%であり、他の3カ国(フィリピンは女性に偏っているが)に比しても中国人は20~30代が多いことが一目瞭然である。
これに対して、50歳代前後は鄧小平の政権下で徹底した親日教育を受けて育ったため、若者ほど反日的ではないと言われる。
このように世代によって対日感情が大きく変わるのは、事実に基づく一貫した歴史教育が行われず、政権にとって都合がいいように感情に訴えた内容を歴史的事実であるかのように教育することから当然の結果であろう。これは歴史教育ではなく、中国共産党の思想教育である。
「哀れな中国人民は、その時々の中国共産党の方針に左右され、親日になったり反日になったりする」わけで、「いちいち真に受けて感激したり、反発したりしても馬鹿を見るだけだ」と関岡氏はいう。
中国では日照時間を減らすほどに大量の蝗(いなご)が発生し、農作物が十分に実らなかったり、実った農作物を食い荒らして飢餓死をもたらすことから、水害、旱魃と共に蝗害が3大災害として知られている。
中国人は政治体制、イデオロギー、価値観、歴史認識などで独自の意識が強い。その上で集団を成し、移住先でも本国との関係を重視し、自分たちが生活の根拠にしている国を混乱させ、安全を脅かし、あるいは世話になった家族を惨殺し惨害をもたらすなどからは、蝗にも似た習性である。
1930年代、日中15年戦争とも呼ばれた支那事変が始まると、「世界各地で華僑による反日救国運動が激しく行われた。
華僑たちは、彼らが住む国において、日貨排斥などの組織的な抵抗運動を進める一方、中国に対しては蒋介石、毛沢東の別なく、資金を送り、武器を調達したのである。やはり、華僑にとっての祖国は〈中国〉だった」(樋泉克夫『華僑コネクション』)のである。
これは21世紀の今日でも変わらない。関岡氏の分析によると、東日本大震災後の在日外国人で日本を脱出したのは中国人が最も多く、しかも日本に生活の根拠を置く一般永住者と扶養家族、長期滞在の技能実習や留学生などであった。
先に見たように、日本は農業や工場などの技能実習として多くの中国人を受け入れ、また中国人留学生も多く在籍している。少子高齢化に直面している農業や工場の現場では、一面で彼らを労働力として頼りにし、また学校経営では中国人留学生に重きを置くようになっていた。
ところが、東日本大震災および福島原発事故が起きると、彼らは一気に引き上げ、農業も工場も、また学校経営も成り立たなくなってしまったのである。いつの間にか、日本社会が中国人に依存しなければ成り立たなくなっていたのである。
このことから、関岡氏は「一般永住者であっても、一旦有事にはわが国の主権下において、北京当局や中国大使館の号令一下、中国の国益を擁護し、わが国の国益を毀損する集団行動を統一的に展開する可能性を排除できない」とし、「これは軍事的脅威に勝るとも劣らない安全保障上の脅威である」と警告する。
大使館指示で予行演習?
トーチ・リレーの応援に参加した中国人は、在日中国大使館の募集で一個旅団以上の4000人が応募する。彼らはフロントガラスに「東工大学友会・2号車」「東大学友会・5号車」などの張り紙をしたバスで長野に乗り込んでいる。
彼らの五星紅旗(紅旗)は金属製の太い支柱に支えられた畳大ほどの布製で、ウンカのように集まってきた留学生たちが持ち寄って恰も長野市街を占領したかのように見えたそうである。
ウエブサイト上の主催者は「全日本中国留学生学友会」で、自己負担は1人2000円、不足分は企業からの寄付で賄うとなっていたが、実際は中国大使館負担であったと朝日新聞が北京発特派員電で報道している。
留学生ツア・リーダーに大使館経由で胡錦濤主席からねぎらいの電話があったということ自体、中国が国家絡みで、在日中国大使館が司令塔として動員したことが分かる。日本の主権下で、中国政府が大規模な示威活動をした初めての行動と言われる。
他方、日本側は100人未満で、A3のコピー用紙に印刷した日の丸とチベット国旗を長さ45センチのストロー状プラスチック棒に糊づけした小旗を持っていた。しかも費用の8500円は自己負担である。
ところが、当日の中国中央電視台はニュースで、「チベット独立分子は1人1万円で現地人(注・長野市民のこと)を雇い、デモに参加させた」とコメントしたそうである。
関岡氏は「中国政府がいかに臆面もなく情報を捏造し、人を欺こうとする破廉恥な宣伝活動を行っているかを示す証左である。中国政府のこうした白々しい欺瞞体質には、誰しも愛想が尽き果てるはずだ」と述べる。
2011年3月の東日本大震災および福島第一原発事故では、中国人が最も多く日本から脱出する。中国大使館は東北4県に大型バス数十台を派遣し、域内居住の中国人約3万人のうち希望者を成田空港や新潟空港に搬送し、費用も立て替えて帰国便まで世話したという。3万人は5個師団にも相当する人数である。
震災後、1週目、2週目の「在日中国人の出国ラッシュは、単なる個々人の行動ではなく、その裏には、中国大使館が司令塔となった、国家が介在する組織的対応が存在していた」(関岡)のである。
以上のように、トーチ・リレーでは在日留学生が動員され、東日本大震災では長期滞在の中国人家族に脱出指示が中国大使館を通じて下されたことが分かる。これは、行事や震災などの機会をとらえて、日本在住の中国人に対する指揮命令系統を普段から点検し、予行演習をしているに等しい行動である。
尖閣諸島などを巡って公船や軍艦と共に、約300隻の漁船がウンカのように蝟集し、また小笠原の赤サンゴ漁に百余隻の漁船が集結する現象は、正しくこうした指揮命令の延長線上にあったと言えよう。
尖閣(に出漁して、指揮するなど?)で活躍したとみられる責任者の表彰や、彼らの燃料代の補填を中国政府が行っているとみられる内容の文章を産経紙の特派員が確認していることからも確証される。
佐藤雄二前海上保安庁長官は「尖閣は海保が守り抜く」(『文藝春秋』2016年9月号所収)で、「中国漁船の多くが中国版GPSを政府に持たされている。これにはメール機能が搭載され、自船の位置を知らせたり、一斉通報を受けられたりする」と述べ、「民間漁船も中国政府とつながっている」と確信的に述べていることからも明らかである。
日本の対応
トーチ・リレーで整斉と行われていた日本側のデモ隊の1人から、顔に紅旗をペイントした中国人の若い男が日の丸とチベット国旗の小旗をむしり取る。それを取り返そうとしたところに、別の中国人の男が殴りかかり顔面を激しく連打する。
さらに別の中国人が猛烈な勢いで殴りかかるなどして、日本人2人が背骨にヒビが入る重傷などの被害を受ける。
しかし、「なぜか現場の警官たちは犯人たちを現行犯逮捕しようとしなかった。(中略)その場で警官に抗議した議員もいたが、いっさい取り合ってもらえなかった」(関岡)そうである。この一部始終は、同行していたフジテレビやTBSのクルーが撮影していたことから判明する。
「日本の警察やマスメディアの面前で、凶器準備集合罪容疑、道交法違反や暴行・傷害罪などの現行犯が白昼公然と行われたにもかかわらず、中国人たちはいっさい逮捕拘束されなかった。それどころか、中国人に暴行された警官がいたという説さえある」(関岡)という。
実際、現場にいた警察官は逮捕するどころか、長野県警は「逮捕者は日本人や台湾人(正確には台湾籍チベット人)6人、けが人は中国人4人」と発表したが、その後の衆院外務委で警察庁警備局長が、長野県警が受理した被害届は日本側7件、中国側2件であることを明らかにしている。
日本の主権下で、中国政府が主導して大規模な示威活動をした初めての行動であり、しかも、日本の警察は日本人が邪魔者であるかのごとく敵視し、協力したのであった。関岡氏は「わが国の体制は、中国政府の工作に加担するかのような対応に終始した」と難詰する。
当時の首相は「相手が嫌がることは言わない」という心情の持ち主の福田康夫氏で、何事もなかったかのように8月8日の北京オリンピック開会式に出席した。そのためにも、現地警察などはことを荒げるのを良しとしなかったのかもしれないが、法治国家を放擲したのも同然ではなかったか。
実は、これと全く同じ対応が現在の尖閣諸島においても行われている。日本人の上陸を警戒する海上保安庁は、日本の漁師に対しては島の2カイリ(約3.7キロ)以内で漁をすることを実力で徹底的に阻止している。
ところが、中国船には退去を呼びかけるだけのため、島ギリギリの遊弋を許してしまう倒錯した状況が続いているそうで、葛城奈海氏は「政府が中国の増長を手助けしているようなものだ」(「産経新聞」8月18日付)と、警告を含めて語っている。
おわりに
海外にいる華僑、華人は約2600万人とも言われ、世界的な連携も強力で、そうした中の約100万人が日本にいるとみていいだろう。
オーストラリアには既に100万人の中華系がおり、与党への個人や企業による献金も断トツで、中国に拠点があって共産党との関連が疑われる企業なども含まれて、政治に影響を及ぼしていると言われる。
少子高齢化の日本ではあるが、安易に外国人労働者に依存してはならない。一時、自民党の有力者が人件費の節減を目指す財界の要望もあって、1000万人移民計画を提唱し、党は「日本型移民国家への道」という政策提言をまとめたこともある。
しかし、「わが国の近隣で、これだけの規模の移民を日本に送り出せる国はもちろん中国しかない」し、これに「二重国籍や出生地主義(注:日本生まれには日本国籍を与えること)を認めたらいったいどうなるか?」と関岡氏は疑問を呈し、「中国への併呑の道、『六番目の自治区』への道だ」と断じる。
日本国内の中国人が日本社会に同化することはもとより歓迎である。しかし、広大な土地が秘密裏に購入され、日本の官憲も立ち入れず、何が行われているかを知ることもできない状況は不気味である。
中国はいざとなれば、在日中国大使館の指令で、血気あふれ身軽に行動できる技能実習者や留学生など、数十万人(何十個師団にも相当)を容易に動かせることを示した。
万一、彼らが日本の関与できない山林などで普段に訓練を受け、武器を蓄えているということにでもなれば、ことは簡単ではない。