なぜ中国の潜水艦は尖閣諸島に近づいたのか
2018/01/12
小谷哲男 (日本国際問題研究所主任研究員)
1月11日午前、中国海軍のものとみられる潜没潜水艦と中国海軍フリゲートが、尖閣諸島周辺の日本の接続水域に入域し、同日午後同海域から離れた。中国海軍の水上艦は2016年6月に一度同接続水域に入域しているが、中国海軍の潜水艦が、尖閣諸島沖の接続水域に入域するのが確認されたのは今回が初めてだ。この事案の発生を受けて、日本政府は事態を一方的にエスカレートする行為だと中国政府に抗議したが、中国政府は海自の護衛艦が先に接続水域に入ったためと自らの行動を正当化している。
今年は日中平和友好条約締結40周年で、昨年から両国は関係改善に向けた努力を続けている。にもかかわらず、その動きに水を差すような行動をなぜ中国海軍は取ったのであろうか。以下、防衛省の発表とメディアの報道から、中国側の意図を分析する。
(写真:ロイター/アフロ)
共産党中央の指示か、現場の指揮官の独断か
まず、今回の事案は共産党中央からの指示に基づいていたのだろうか、それとも現場の指揮官の独断によって偶発的に発生したのだろうか。前者の場合、何らかの政治的な意図に基づいて、潜水艦とフリゲートが連携して今回の動きを見せたことになる(潜没航行中の潜水艦が水上艦と通信を行う手段は限られているため、突発的に連携を行うことはまず考えられない)。現場の判断だったとすれば、潜水艦が何らかの理由で接続水域を潜没航行し、これを追尾する海自護衛艦が接続水域に入ったため、東シナ海中間線付近にいた中国海軍フリゲートも同海域に入域したのだろう。この場合、フリゲートは潜水艦の動きを把握していなかった可能性がある。
共産党中央からの指示があったとすれば、習近平指導部は、自らが進める一帯一路構想に日本が協力の姿勢を示すことを歓迎し、日中関係全体の改善は進めたいが、日本に対して尖閣諸島に関して一歩も引いていない姿勢を見せようとしたと考えられる。あるいは、中国側に、一帯一路への協力に引き続き日本側が条件を設けていることへの反発もあるのかもしれない。または、日中防衛当局間の海空連絡メカニズムの運用開始が近いと報道されているが、中国側は危機管理の必要性を示す事態を作る中で、その運用に関しても中国側の意向の尊重を求めているのかもしれない。中国共産党第19回全国代表大会で、習近平総書記は権力をさらに固めたと見られるが、日中関係は国内的に敏感な問題なので、その改善は慎重に行う必要がある。今月中に河野太郎外務大臣が、日中韓首脳会談の調整のために訪中する予定だが、その前に日本側に政治的なシグナルを送ろうとしたのではないか。
一方、現場の独断だった可能性はあるだろうか。中国海軍の潜水艦は2004年に一度石垣島東岸の領海を潜行したまま侵犯し、海上警備行動に基づいて海上自衛隊の追尾を受けている。その後、中国は領海侵犯を「技術上のミス」と釈明した。他に中国のものと思われる潜水艦が、2013年に3回、2014年に1回南西諸島沿いの接続水域で確認され、2016年2月には対馬沖の接続水域でも確認されている。しかし、習近平国家主席が人民解放軍の統制を強める中、日中間で最も機微な問題である尖閣諸島で、軍が独断で行動を起こすとは考えにくい。
中国側が、尖閣の接続水域に入った場合の日本側の出方を試した可能性も考えられなくもないが、当該潜水艦は尖閣諸島沖の接続水域に入る前に宮古島沖の接続水域を潜行しており、少なくともその頃から哨戒機から投下されるソノブイと、護衛艦の艦載ヘリが投下するディッピングソナーで逐一位置を特定され、(潜水艦映画でよくあるように)艦内にはソナーの不気味な音が響き渡っていたに違いない。そのような状況で自衛隊の出方を試す必要はない。むしろ、潜水艦の艦長は一刻も早く現場海域から立ち去ることを望んだだろう。
このため、今回の事案は共産党中央からの指示に基づいていた可能性が高い。なお、一部報道によれば、当該潜水艦の情報は米国「など」から日本に持たされたとされているが、実際の情報源は台湾である可能性が極めて高い(2004年の領海侵犯事案も、最初の情報は台湾からもたらされたとされる)。蔡英文政権が発足して以来、中国は台湾に対する圧力を強めているが、最近は中国の艦船や爆撃機が台湾を周回している。2018年に入って、中国の空母が台湾海峡も通航している。今回尖閣諸島の接続水域に入域した潜水艦が中国のどの艦隊に所属しているかは不明だが、南シナ海方面から、バシー海峡を抜けて太平洋に入り、宮古海峡から尖閣に向かったと思われる。そうであれば、習近平指導部は、海軍の作戦能力の向上とともに、台湾と日本に対する政治的圧力を目的としていたと考えられる。
日本政府が抗議よりもすべきこと