中国の憲法改正で深まるチベットの憂鬱
編集委員 飯野克彦
- 2018/3/16 6:50
- 日本経済新聞 電子版
中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は11日、憲法改正案を採択した。広く報じられているように、習近平(シー・ジンピン)国家主席の名前を冠した「思想」を国の指針と位置付けて国家主席の任期制限をなくしたのが、最大の眼目だ。ただ、今回の改正はかつてない規模。習主席の「1強」体制を整えるだけでなく、一党独裁を強固にする思惑も鮮明だ。
共産党政権はこれまで、4回にわたって憲法を制定した。それぞれ1954年、75年、78年、82年のことで、激しい政治変動、具体的には文化大革命(66~76年)の発動と終息、改革・開放政策のスタートにともなって、つくり直してきたのである。82年憲法を今も維持しているのは、中国の政治がそれなりに安定してきたことを示している。
■一党独裁体制の法的基盤を整備
とはいえ、82年憲法も88年、93年、99年、2004年と改正を経てきた。全人代常務委員会の王晨・副委員長によれば、過去4回で改めたり追加したりした項目は合わせて31。うち最も多かったのは04年で、14項目だった。これに対し、今回は21項目に及ぶ。
とりわけ多いのは、監察委員会の新設にかかわる項目。習主席が進めてきた「反腐敗」の取り組みを制度化した形だ。同時に、国務院(政府)や最高人民法院(最高裁に相当)などの権限や地位を弱めた面もある。首相や最高人民法院長などの任期制限を残したことも踏まえるなら、習主席の地位を際立たせただけでなく、共産党の政府や司法に対する優位をいっそう強固にしたといえる。
一党独裁を強化する思惑が端的に表れたのは、憲法本文の第1条に「中国共産党の指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特性である」との一文を追加したことだろう。これまで「共産党の指導」は前文にしか登場していなかった。本文の第1条に明記したことで、一党独裁体制に確固とした法的な基盤を整えたのである。
目立たないものの深刻な意味を持ちそうなのは、民族政策や民族問題にかかわる条文の改正だ。前文に登場する「平等で団結していて互助的で調和のとれた社会主義民族関係はすでに確立された」との一文である。従来は「調和のとれた」という表現がなかった。たったひとことの追加だが、実情と照らし合わせると何とも不気味に響く。
■民族問題起きても力ずくで抑え込む恐れ
チベット仏教を信仰するチベット人たちはマルクス主義を信奉する共産党政権の下で苦難を強いられてきた。とりわけ10年前の08年3月14日にラサなど各地で大規模な騒乱が起きてから当局は高圧的な姿勢を強めたため、チベット人たちの抗議の焼身自殺事件が相次ぎ、今月7日で153件に達した。
そんな状況で、憲法は「調和のとれた民族関係がすでに確立された」と宣言したわけである。今後、当局者たちは問題が起きても表ざたにせず、ひそかに力ずくで抑え込む姿勢をますます強めるおそれが大きい。
実際、7日の焼身自殺を中国メディアはまったく伝えていない。8日にはチベット自治区トップの呉英傑・共産党委員会書記が「現在のチベットの情勢は安定しており宗教的には仲むつまじく人々の生活は調和がとれ民生はとてもいい」と語った。
こうみてくると、ラサ中心部にある世界遺産、ジョカン寺(大昭寺)で2月17日に起きた火事に関する当局の発表や官製メディアの報道にも疑念を抱かざるを得ない。「火災は迅速に消し止められ、死傷者はなく、文物も大丈夫」というのが公式発表だが、ネットで流れた映像では火勢は相当に激しかった。