最近の「ジェンダー」や「トランスジェンダー」周りの政治運動に浸透しているイデオロギーが、その信奉者たちを心理的に追い込み、過激化しやすくさせているという。専門家らが指摘している。
単純化され、二極化された世界観を刷り込むこのイデオロギーが、偏見や怒りに閉じ込められた犠牲者を生み出しているとして問題視されている。
最近米国では、トランスジェンダーに関連するいくつかの大事件が世間を騒がせた。
3月27日、テネシー州ナッシュビル市内のキリスト教プロテスタント派の私立学校コヴェナント・スクールで、6人が射殺される事件が発生した。警察は、オードリー・ヘイル容疑者(28)がトランスジェンダーだと明かした。
その約1週間後、コロラド州で9歳の少年が殺人未遂容疑で逮捕された。警察は、彼の自宅から詳細な学校銃撃計画を複数発見した。地元ニュースによると、 彼は自分を女性と思っていたという。
また2019年には、同じくコロラド州のハイランズ・ランチの学校で銃撃事件が起きたが、殺人犯のうち1人、アレック・マッキニー(16)は、自身を男性と思っている女性だった。
これらの事件が一連のトレンドになっているとは言えないにしても、深刻な問題を反映しているとは言えるのではなかろうか
最近では、トランスジェンダーの人々の間で先鋭化の傾向が高まっていると指摘する調査も出てきている。
カナダの大学生を対象に2021年に行われた調査に基づくある論文は、「トランスジェンダーや多様な性を持つ青少年が、暴力的過激主義を支持するリスクが最も高い集団となっている」と指摘している。
調査によれば、トランスジェンダーの人々の約30%が自殺を試みるなど、彼らの精神的ストレスの兆候は異常な水準にあるという。
心に抱えた問題
専門家らは、「性別違和」を表明する人がいる場合、特に子供の場合は、慎重かつ個別的に対処すべきだと主張している。
マギル大学名誉教授(社会人類学)のフィリップ・カール・サルツマン氏は「身体感覚に問題を抱える人々の感情的・心理的課題に、医療に基づいた真剣な注目が集まってほしい」と述べている。
後半生のキャリアを通して、自由と平等をめぐる問題を研究してきたサルツマン氏だが、トランスジェンダーのケースにおいては個別的な対処はおろか、性急なアプローチが定式化してしまっていることは無責任だと指摘している。
「今では、トランスジェンダーの人々の多くが、非常に深刻な心理上の併存疾患を抱えている。自閉症や重度のうつ病を抱えている人がたくさんいる」とサルツマン氏は語った。
また、誰しも思春期には不安定な時期があるとサルツマン氏は指摘している。ある人にとってそれは自らの性を疑うことかもしれないが、体に違和感を覚える若者の大多数は、思春期を終えると同時にその主張から離れるという。
しかし現在では、多様な性のあり方を若者たちの間に広める取り組みが進んでおり、生まれ持った性別と異なる性別を選択するよう促す動きが大規模化している。
「彼らは教師たちから、あるいはソーシャルメディア上でそれを教え込まれる」とサルツマン氏は指摘する。
性同一性障害という医療的に正当な状態と、生来の性別への極度の違和感が混同され、それらが過激な政治的言説と一緒になった結果として、このような動きが浮上したと彼は見ている。
「私たち」vs「彼ら」
トランスジェンダーについての政治的言説は、多様な性を持つ人々に対し、生来の性別で生きる人々を「シスジェンダー」と呼ぶよう奨励し、両者の間に根本的な対立軸を生じさせている。
サルツマン氏は、「これは新マルクス主義モデルだ」と指摘している。「それは、社会を罪なき被害者と邪悪な抑圧者に分断することだ。それによって、自らを被害者と認識する人々が特定の人々を抑圧者と見なし嫌悪することが正当化される」。
この枠組みを階級に適用すればマルクス主義となり、人種に適用すれば批判的人種理論となり、性差に適用すればフェミニズムとなり、ジェンダーに適用すれば「クィア理論」になる。
「トランスジェンダーのイデオロギーを信奉する者にとって、異性愛者は自分たちを破壊しようとする敵となる」とサルツマン氏は述べる。この種の世界観は「怨恨、対立、憎悪、暴力を引き起こす可能性がある」という。
「すべてのトラブルは自分に対する他人の行為の結果であるという考え方は偏執的だ。彼らは自分の問題を他者から押し付けられた問題だと思い込んでしまっている」。
ジェンダーの変更を自己申告した子供を抱え苦労している親の多くは、子供たちが、特にトランスジェンダーの友人との間で、「シスジェンダー」に関して軽蔑的に、あるいは怒りを交えて会話していることを報告している。
2018年のある調査の中で、ある親は次のように述べている。
「一般的にシスジェンダーの人々は、支援的でない邪悪な存在とされており、実際の彼らの見解は考慮されない。異性愛者であり、生来の性別に不自由がなく、少数派でなければ、彼らにとって最も邪悪なカテゴリーに属することになる。『邪悪なシスジェンダーの意見は病的かつ差別的で無知蒙昧だ』として無視される」
フェミニズムにおける過激なジェンダー・イデオロギーの専門家である、元オタワ大学教授のジャニス・ファメンゴ氏は、そうしたイデオロギーによって、信奉者らはバランスのとれた生活を送れなくなると指摘している。
彼女は「イデオロギー化された被害者意識によって、敵意が必然的に生み出される。それが主要な問題だと思う」とエポックタイムズに語った。
「苦しみは人生の一部であり、苦しみを受け入れてこそ健全な人間と言える。このことは世界のほとんどの哲学や宗教で受け継がれてきた知恵だが、イデオロギー化された被害者意識はそれを拒絶する」。
暴力の前触れ
映像作家のカート・ジャイマンガル氏は、ドキュメンタリー作品『Better Left Unsaid』の中で、抑圧する者と抑圧される者という構図は政治的暴力の前触れであり、それがここ100年で何度も世界各地を荒廃させたと指摘している。
活動家らは、トランスジェンダーの人々における高い自殺率を指摘しているほか、彼らが虐殺されているという裏付けに乏しい主張を行なっている。
それに対し、サルツマン氏は「トランスジェンダーの人々の殺害キャンペーンがあるというのは、完全に空想であり、被害妄想的だ」と述べた。
2021年、全米の約2/3の警察機関から得られたデータに基づけば、トランスジェンダーまたは「ジェンダー・ノンコンフォーミング」の人々に対するヘイトクライムに分類された殺人事件は1件だった。
米国のLGBTQ団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」によると、2022年には38人のトランスジェンダーが暴力事件で殺された。
ただし、トランスジェンダーが人口の0.6%を占めると推定されていることを踏まえれば、この殺害率は一般人口より約3〜4倍低いことになる。ただし同団体は、犠牲者のジェンダーに関する自己申告が全て報告されているわけではないため、データが不完全である可能性があると警告している。
保守系雑誌「フェデラリスト」のチャド・フェリックス・グリーン氏の分析によると、詳細まで報告された事件において最も顕著だったのは家庭内暴力と売春だったという。
さらにジャイマンガル氏は、「支配的なグループが権力維持を戦略としているため、集団間の平和的対話や理解は不可能だ」という主張もまた、暴力の前触れだと指摘している。
トランスジェンダー活動家たちは通常、「この問題は議論できない。なぜなら、このイデオロギーを批判すれば、トランスジェンダーの人々の経験は蔑ろにされ、彼らの心理的ストレスを増加させ、自殺リスクを高めることになるからだ」と主張する。
つまり、イデオロギーに従うことなく問題へのアプローチを試みれば、大げさな非難を引き起こすことになる。
サルツマン氏は「意見の相違はヘイトスピーチとなり、それは暴力と同等と見なされる」と要約している。
さらにジャイマンガル氏は、活動家らが「暴力の呼びかけ」を行っていることも指摘した。
例えば、独立系ジャーナリストのアンディ・ノー氏は、ここ数週間においてトランスジェンダー活動家が脅迫を行なった例や、暴力を推奨した例をいくつか記録している。
イスラム過激派との類似性
このような暴力沙汰は今のところ散発的だが、より広範なイデオロギー的背景を明らかにしているようにも見える。
宗教学の博士号を持ち、トロント大学で宗教や倫理、暴力について講義していたトーマス・ヨーク氏は、トランスジェンダーのコミュニティにおける過激派とイスラム過激派との間に見られる類似点を指摘している。
ヨーク氏によると、トランスジェンダーのイデオロギーは、その儀式性や独自の道徳観において「宗教の機能的定義」に合致しており、信奉者たちにとって宗教と同様の社会的機能や心理的機能を果たしていると述べた。
そこでは、課題解決のステップとして、対話が放棄された後に暴力がやって来るという。
「時間がかかると感じたり、うまく行かないと感じた場合、非常に悪化した事態に対して、古い世界秩序を暴力で浄化する必要性が生じる」とヨーク氏は説明した。
さらに、その暴力は自己犠牲の行為として定義されるそうだ。「彼らは自分たちを殉教者とみなしており、周縁化された共同体を攻撃から守っていると思っている」という。
ただし、個人は通常、暴力が何かを達成していることや承認されていることを感じる必要があるという。
「暴力は自ら発生するのではない。自ら暴力行為に及ぶことの決してない多くの人々によって助長されて発生するのだ」とヨーク氏は述べる。
コミュニティとしては暴力を公然と否定するかもしれないが、内心ではそれを容認し共感するという。
「ほとんどのムスリムは自爆テロに賛成していないが、イスラム教の一定数の人たちはそれを支持している。実際、彼らはコミュニティ内の多くの人から神格化されており、そのことが自爆テロを促している」とヨーク氏は説明した。
テロ行為はそれ自体で多くを達成する必要はなく、悪の象徴を「浄化」すればよいという。
「自分たちだけでは古い世界秩序を根絶することができないので、注目を集めると分かっている象徴的な振る舞いを通してそれを実行する」。
運動から抜け出すために
ヨーク氏は、若い頃に急進的な動物愛護活動家や環境保護活動家だった自身の経験から「急進的な運動を去るには痛みが伴う」と語る。
「運動の一部であることは幸福感をもたらす。自己を喪失し集団の一員となることで、力を得たと感じる」。
「そうして幸福感を味わい、非常に熱心に取り組んでいると感じる。でも同時に、付いていけなかったり間違ったことを言った時に除け者にされ、追放されることを恐れている」。
特に、運動以外に人生に何もない人々にとって、大きなプレッシャーとなる可能性があるという。
「自分の存在理由や生きる目的を失ったと感じ、ほとんど自殺的な気分になる。そして、恐怖の裏返しからイデオロギーの狭までより従順になる。その中から『スーパー活動家』 となり、他者を凌駕する指導者として運動を次のレベルへと引き上げようとする者もいる」。
構成員らは目的意識や所属意識から運動団体に依存し、簡単には抜け出せなくなるという。
「そこから抜け出す唯一の方法は、実存的失望と呼ぶべきものに苦しむことだ」。
「運動の失敗が取り返しのつかないことになり、もう付いて行くこともできず、あるいは追放されることによって、心は破壊される」。
それが、ヨーク氏の経験だという。それでも彼はまだ動物の権利と環境問題に対する信念を持っていたが、もはや自身を活動家と位置付けることはできなかった。特に、マルクス主義的な考えを運動に持ち込む人々に嫌悪感を抱いていたという。
「私は彼らが運動に属しているとはあまり思っていなかったが、そう思っているのは私だけだった」。
最終的に、ヨーク氏は去らなくてはいけないと感じたそうだ。
「引っ込みがつかなくなった関係を壊すことが重要だ。時間が経てば乗り越えられる」。
実際、若者が物議を醸すような大義を追求することは普通のことだとヨーク氏は指摘する。
「少年の時は反抗し、異質なアイデンティティを身につけるが、やがて成長して克服するものだ。これは『個性化』の過程だ」。
そうしてトランスジェンダーの大義を背負うことで、生涯にわたる影響が残る可能性があることが問題だ。 性転換は、特に手術にまで進展する場合、心身両面の健康に非常に重い負荷をかける長期のプロセスとなる。
「これは単にパンクロッカーになることよりもずっと深刻だ」とヨーク氏は述べる。
しかしながら、運動自体は個性化の衝動をうまく取り入れて存在している。
「子供たちを確固たる信念を持つ運動の力に引き寄せる上で、運動を大々的に拡散するソーシャルメディアが大きな役割を果たしている」。
ある信念に合わせて行動すれば、賞賛や励ましを受けられるということは、特に思春期においては希少な経験だ。
「そのコミュニティでの体験が、完全に飛び込んでハードコアになるしかないと感じさせる。そうするだけの対価がそこにあるからだ」。
解決するには、既存のパラダイムと同じくらい強力な「代替パラダイム」を提供することが必要だとヨーク氏は指摘する。
「活動家として、究極の意味を与えてくれるものから日常へと戻ることは非常に困難だ」。
「なぜなら、日常生活に充実感がないからだ。つまらない仕事や学校、人生の問題があり、それでもどこに行っても解決していない問題を目にし続ける結果として、社会運動家であり続けなければならない」。
「その代替物はより深く、意義のあるものでなければならない」。
「まるで別の信仰のような、今の場所から引き離されるほど強力な何かが必要となる」。