【石平のChina Watch】見えてきた中国の戦略的弱点
2009.8.13 07:41 産経 去る7月8日、中国の胡錦濤国家主席は イタリア・ラクイラでの主要国首脳会議をドタキャンして急遽(きゅうきょ)帰国した。その理由について、私も翌日の産経新聞紙上で分析を試みたが、真相は 依然、謎のままである。唯一言えるのは、新疆で起きた暴動事件への対応のため、国家元首の胡主席が、中国の存在感の顕示に絶好の機会であるサミットへの参 加を断念して、急いで家路に就かなければならなかった、ということである。 そのことは逆に、新疆での出来事は、北京政府にとって大変な危機であったことを示唆している。実は去年の2008年にも、北京は同じような危機を経験した。チベット騒乱である。それが原因で、中国政府が自国のアピールのために画策した世界規模の「聖火リレー」が至るところでボイコットの嵐に遭遇し、北京五輪の開催すら一時、危うくなったのである。 2年連続で起きたこの2つの危機は、チベット人とウイグル人に対する中国の「植民地化政策」は失敗に終わったことを意味している。半世紀以上にわたってこの2つの民族を同化しようとしたが、相手がそれを不服として依然、反抗を試みるのであれば、北京の「民族政策」はすでに破綻(はたん)したと言わざるを得ない。 そして、「民族政策」の失敗は、北京政府に大きな戦略的難題をもたらしてくるであろう。つまり北京はこれから、かなりの長期間にわたって、チベット人やウイグル人の集団的反抗および独立運動の広がりに直面していかなければならないのである。 現在の中華人民共和国地図を開いてみれば、この難題が北京にとってどれほど深刻なものなのかが一目瞭然(りょうぜん)である。天然資源の豊富さもさることながら、チベットと新疆という2つの広大な地域は、ちょうど中国の背骨を支える「戦略的大後方」としての役割を担っている。そういうところで民族の反乱と独立運動が広がることは、北京にしてみれば、あたかも背中に短剣を突きつけられたかのような格好である。 周知のように、中国は近年、海軍の増強と活動展開に特に力を入れている。東と南の海に打って出ることは北京の世界戦略の重点であることは明らかだ。 しかしこれから、西の大後方で不穏な動きが広がっていれば、この戦略は狂ってくるかもしれない。背中に不安を感じた北京政府は、安心して海に出ることができないからである。そのことはもちろん、日本には大変都合が良い。日本にとっての戦略上の最大の脅威は、まさに東シナ海や台湾海峡に向かっての中国軍の進出であるから、中国の「海に出る」戦略の展開が何らかの障害で渋っていれば、その分だけ、日本の周辺の海は安全になる。 そういう意味では、本来なら、日本は国家的戦略としてチベット人とウイグル人の独立運動を大いに支援しても良いと思う。「自由と繁栄の弧」を中国の背中の方へ伸ばしていくことこそ、日本の究極の安全保障戦略となるからである。 残念ながら、今のわが日本国政府にはこのような戦略を考案して実施する意思と能力があるとはとても思えない。ならば、せめて民主主義国家の政府として、人道的な立場から、チベットやウイグルで起きている人権侵害に対する非難の声を上げてもらいたい。 そして日本は、アジアの民主主義先進国として、「自由」「人権」「民主」などの世界共通の価値観を掲げて、「道義的高み」に立って中国と渡り合っていけば、従来の「対中位(くらい)負け外交」からの脱出も可能となるのではないか。◇