パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

チベット地震情報ビラ配り

チラシたくさん残っています。配れる方、置ける方ご連絡を

http://blogs.yahoo.co.jp/yoshi2_99/25211040.html

チベット地震情報ビラ配りに関して

4月14日の被災日より10日あまりが経ち、中国政府の捜索打ち切りの報もあり、日本のマスコミも関連記事が少なくなりました。 渋谷の街頭でビラをくばる申請を聞きに言ったら、ハチ公前はビラ禁止また、20日に申請しても 許可が下りるのは26日以降との事なので ほかの団体に寄生して 拡散をはかる様によていしました。 

法輪功1万人デモ(恵比寿ー六本木) そして 拉致家族会集会(日比谷公会堂)

助っ人が 恵比寿ー六本木 および 日比谷公会堂でビラ拡散してくれました。
助っ人の皆様 ありがとうございました。

恥ずかしい話 日比谷の時間を間違えて 日比谷に着いたのが5時近く、しっかりと終わっておりました助っ人が撒いてくれたようで、非常に頭の下がる思いでした。
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恵比寿では「法輪功」の方から『チベットの地域でも 脱共産党の運動はどうなんだ』との話がありチベット国内でも 文化革命以来の 共産党批判があるものの、独立問題という形のなかで、共産党への運動がどうなっているのか、もうすこし勉強が必要かと思いました。 基本的には「仏教」と 「共産党」は相容れないわけですが、共産党を思想といわずに、独裁主義の言い逃れと考えると、脱共産党はすなわち 独裁者を倒すこととなりますが、ダライラマを頂点とする仏教のながれも上から下にいたる緩やかな流れなので、あえて「共産党解体」なる言葉も出てこないのでしょうか。チベットでの「共産党」はあくまでも征服者漢人への「便宜上の形」と考えていますが、すくなくとも 共産党=独裁 という言葉や概念が今の世の中に 必要がないことだけは確かです。



チベット NOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by中原一博(www.lung-ta.org)
から
中国当局は24日、救助活動を終了すると発表した。
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100424/chn1004242146007-n1.htm

地震から10日しかたっていない。
今も家族の誰かが、ガレキの下に埋もれていると分かってる人たちの気持ちを考えると早すぎはしないか?

昨日のRFAによれば、
http://www.rfa.org/tibetan/otherprograms/stringer/emergency-aid-did-not-reach-in-some-area-in-kyegudo-04232010121526.html
ジェクンド市内をすこし離れた村の住人は電話で、「まだ1張りのテントも届けられず、みんな寒さと強風に苦しめられている」と話し「村人が200人ほど亡くなったが中国の役人はだれも調べにも来ない」と続けた。

また、「被災地に支援物資を運ぼうとしても幹線道路を行けば、途中の検問で当局に取り上げられるというので、親戚などを助けに行こうとする人たちは、わざわざ山を徒歩で越えて行くというものが増えている」という報告もあった。

今日のRFAによれば、
http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/khamlaytsen/kham-stringer/more-than-10000-people-died-due-to-earth-quake-in-tibet-04242010115715.html

「これまでこの街では、ダライ・ラマ法王の写真を飾っていても逮捕されるということはなかったが、この地震の後、当局は法王の写真を持つことを厳しく取り締まるようになった」という。

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ところで、亡命チベット人の中にはジェクンド出身者が意外と多い。
全体の数は分からないが、このダラムサラだけでも学生を除いても数百人はいるらしい。
例えば、ダラムサラから2時間ほど離れたビールという所にある、TCVスジャ・スクールだけでも生徒の内66人がジェクンド出身者という。

彼らの家族・親戚で亡くなった者の数はこれまで判っているだけでも196人に上るという。

RFAで彼らの内3人が話していた。
彼らは14日の朝、学校が始まって最初の授業が終わったころ、ジェクンドで大きな地震があったらしいということを知った。

みんな家族がジェクンドや周辺にいる者たちは、一斉に現地に電話をかけ始めた。
回線は繋がりにくく、繋がってもすぐに切れる。それでも、みんな何度も掛け続ける。

次々にみんな親や兄弟が亡くなったという知らせを受ける。
中には家族全員を失ったと知り、茫然とするもの、泣き崩れるものもいたという。
ほとんどの者が現地の者から最初に聞かされた言葉は「すべて終わったよ、、、(ツァンマ・ツァーソン)」という言葉だったという。

こうして、集計された数が、この学校だけで196人だ。

18.4.2010 法王は家族を失ったジェクンド出身の生徒たちを招く法王は19日、家族を今回の地震で失った学校の生徒たちをパレスに招いた。

写真はその時のもの(dalailama.comより)。
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法王は、家族が亡くなっても、病院に収容されていても、帰ることもできない子どもたちを前に、再びカルマの話をされ、「これで今までの悪業の果が尽きたと思いなさい。 人の世の苦しみについて考え、黒い力を慈悲の心で白い力に変えなさい。勉強に集中しなさい」と話された。 ギャワ・カルマパもスジャ・スクールを訪れ生徒たちを慰められた。

法王様にお会いすることができたという話を、電話で子どもたちはすぐに現地に伝えたという。それを聞いて現地の生き残った親戚は「なんてお前は幸運な子であることか。インドに逃げてて地震にも遭わずに済んだ。法王にもお会いできたんだから、それはすごい幸運だ。法王が自分たちのために祈っていて下さるということは聞いている。本当に有難いことだ。うれしいことだ。ここのみんなも法王にいらして頂きたいと思ってるけどね、、、」とある生徒に話したという。