パルデンの会

チベット独立と支那共産党に物言う人々の声です 転載はご自由に  HPは http://palden.org

「クラ・ナゾ」初日>オーチャードホールとしては少し雰囲気が違った

公演開始14:00 当方が現場に到着したのは13:00過ぎ、すこし遅れてしまった。
 
しかし オーチャードホールの公演初日のはずが 全く晴れやかな雰囲気がない。
来る客さんが 年配であるので服装が明るくないのか? どうも違う
コンサートの雰囲気ではないのである。 午後の暇な時にという感じであるが、かなり顔の表情がほころんでいないのである。 
 
とにかく 敷地外の歩道で チベット国旗を
出して、「クラ・ナゾ」のビラを 『パンダはチベットの動物です』を掲げて 配るも10枚 くらいしかはけていない。 非常にすくない。
 イメージ 1    イメージ 2
このうち 明らかにチベット支援者は4人 他は通りすがりの人で 観劇者に興味をもってもらえなかったし、目もあわせることも無かった。

そして 中年のチベット支援者の男の方がはっきりと「たぶん ここにいる大部分人は チベット支援とは関係ないはず。だからビラやチベットと言っても全く興味を示さないよ!!(意味深だ・・・・)

とりあえず 立っていると 
突然 ガードマンが現れ 『立ち去れ』との指示
そして 『警察を呼ぶぞ』との脅し
    イメージ 3
「歩道は東急さんの物でもないし、私がなにをしたのだ?」
「威力業務妨害をしたわけもないし、公演を邪魔した覚えもない」
「早く 警察を呼べ」「出るところに出ようや! 」
 
ここで 10数分たって。。。。。。
 
『すみません、今までの事はなかったことに』・・・・・・・
『呼ばれて 言わされたんですが、上のものが問題ないとの事です』
 
「申し訳ですまんぞ! 歩道にいた人間を あんたは目障りだと言うのか、出るところに でて話をしようや! どこの警備保障か 会社名:名前:事務所の電話番号を控えさせてもらうよ!」
 
ALSAC Xxxx 03-xxxxxxx 』 しかしここで お互い笑ってお別れ!!(笑い パルデンの会は怒れません)
 
 そして公演開始時間:
突然 TBSか BUNNKAMURAらしき人間が偵察に来たようである
当方から「こんにちは、こちらのビラ見ますか? 公演に反対はしてませんが、中国人がチベット人に化けているのが 不愉快で此処にたってます。主役の ヤン・リーピンさんには52歳であの踊りは すばらしいので 非常に興味があります。」
 
『あーそうですか! ビラよく見せてもらいます。ヤンさんの写真もきれいに 写っていますね!! いろいろいじれますから・・・・・!
頑張ってください』
 そうそう 公安の黒塗りの車もじっと横に来てこちらを見てましたね。公安は我々の味方か 中国の味方か?(笑い)

入り口からは 開演の音楽が聞こえ始めてきたので 終了までいつもの東急本店前交差点でビラ配りに徹する



 
16:20 公演を終えた人の群れが東急本店前の歩道を渡ってくる
 
「クラナゾ、チベットのビラをお配りしています」と声を掛けるも止まってくれない。
とにかく 入り口で配った「TBSのマーク入りの袋が目印」
 
時たま 通り過ぎた後戻ってくれて ビラを持っていってくれた方もあった。
しかし 音楽会のあとの優雅さは余り無い。 たぶん Xxx学会あたりの 動員かな!
ほんとうにXxx学会あたりの土曜や日曜の集会の後の状況がぴったり。ひょっとして 初日は一杯にするために 招待客かも。

 
まあ5時を回って店じまい、突然チベット服の集団が目の前を群れを作って歩いている。
『クラナゾの 劇団員だ!!!』 まったくこちらに興味も示さず通り過ぎてくれて。
どこに行くのかな~~~~~~?
 
すこしいじけていたら お二人の老夫婦が<中国語で話しかけて来た>
「すみません 日本人です」 「英語でお話しますか?」
お二人は 北京の中国人と奥さん 中国と日本人のハーフご主人で すこしチベット/中国のお話をして 色々ビラとかシールを持っていってもらった。 
先ほどのチベットの一団の先導者が ここでチベットアピール
をしているなど全く説明していなかった事も話された。

初めはビラが出なくて どうなるかと思ったが いつものとおり 数百は配れたようです。
 
 
明日も 続く


こんなお気楽日本以外では
チベットNOW@ルンタより

ジェクンド(玉樹)の人々千人以上が泊まり込みで中国政府に抗議

http://livedoor.blogimg.jp/rftibet/imgs/1/d/1d55dd73-s.jpg今回の東日本大震災においても今なお救援活動が十分に行われていない地区もあり、現地の不満は高まっている。もっとも、日本では不満を現したり、政府を批判しても、逮捕されるということはなく、抗議のデモを行っても、殴られたり、逮捕されるということはない。家が流されても、土地の所有権が取り上げられるということもない。

同じ大震災に見舞われたチベットのジェクンドでは一年経った今もテント暮らしの人が大勢いる。土地や畑が取り上げられる。抗議の声を上げれば、殴られ、逮捕される。

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4月4日付けTibet Timesチベット語版より。
http://p.tl/kMEy

「1万人以上が瓦礫の下で死んでしまった。何世代もかけて蓄えた財産も耕作地もお堂も全て地震に奪われた。今はもう生きていようがいまいが変わりはない。今すぐ殺してくれ」と年寄りたちは叫んだ。



http://livedoor.blogimg.jp/rftibet/imgs/7/0/70980a36-s.jpg現地から送られて来た情報によれば、4月1日、ジェクンド(ユシュル、ケグドཡུལ་ཤུལ་སྐྱེ་རྒུ་མདོ、玉樹)のチベット人千人以上が政府庁舎と関係機関の事務所に押し掛け、苦境を訴えるためのデモを行った。夕方には町の中心にあるケサル広場に集まり、様々な横断幕を掲げ抗議の声を上げた。その日から70過ぎの年寄りや地震により障害者となった者百人以上も加わり、広場に寝泊まりし始めた。

しかし、4日(3日の間違いか?)の夜10時頃、皆が夕食を取っていた時、突然武装警官隊と軍隊が千人以上現れ、集まっていた人々に襲いかかり、激しく撲打した。多くの人たちがその場で拘束され、人々は蹴散らされた。

http://livedoor.blogimg.jp/rftibet/imgs/5/c/5c3485d7-s.jpg4日(或は3日)午後11時に現地からネットを介して送られて来た文章には「4月1日朝9時からケグドのチベット人老若男女千人以上がケサル広場に集まり、号泣と共に地区政府に抗議の叫びを高く上げた。この時70歳を越えるお年寄りは杖をつき、去年の地震により身体障害者となった者たちは車椅子に乗り、横断幕を握りしめていた。その横断幕には『自分たちの土地は自分たちが自由にする権利がある。公正な決定を要求する。公正な法律に基づくべきだ。現状に則した現実的計画を望む。』等と書かれていた。

http://livedoor.blogimg.jp/rftibet/imgs/9/7/973e95f4-s.jpg午後には地区の役人が現れ、人々を解散させるために、説教を垂れたが誰1人耳を貸す者はいなかった。次に北京から送られて来た再建委員会の役人が現れ「チベットのことを助けている共産党に感謝すべき事。特にジェクンドに対し政府が如何に膨大な援助をしているか。他の国で同様な災害が起こっても、政府は援助しないこと。他の国々と違って中国政府が如何に愛情深く被災者たちを扱っているか。等、長々と演説した。しかし、人々は、『災害の後、国に少しは期待したが、完全に裏切られた。』として耳貸さず、誰もそのような言葉を信じる者はいなかった。それどころか、年寄りたちは声をさらに高く上げ『1万人以上が瓦礫の下で死んでしまった。何世代もかけて蓄えた財産も耕作地もお堂も全て地震に奪われた。今はもう生きていようがいまいが変わりはない。今すぐ殺してくれ』と泣く者もいた」と書かれ、

http://livedoor.blogimg.jp/rftibet/imgs/2/4/2435e48d.jpg更に続けて「去年の4・14地震は自然災害であり、これに対し苦情を唱える者は誰もいない。しかし、新しく就任した責任者やその法規、さらに再建都市計画には大きな問題がある。か弱い人々がその命を掛け苦労して作り上げて来た、畑や家々を、政府のものだとして、勝手に取り上げ、家族を失った人々が援助を要求しても、全く聞き入れられず、それどころか警官は彼らを打ち据え、脅迫し、武装警官隊はその銃口の元に人々を黙らせる。」と書かれている。

その他、「この地震をいい機会と、チベット人の土地を中国人が占領しようとしている。」とも述べられている。

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後記:RFAによれば衝突があったのは4月3日となっている。
http://p.tl/5uJ7
http://livedoor.blogimg.jp/rftibet/imgs/7/f/7f940bc1-s.jpg2008年4月9日、外国メディアグループがアムド、ラプラン・タシキル僧院に来た時、勇敢にもカメラの前に躍り出てチベットの隠された真実を必死に訴えた僧侶グループ。その中の1人サンゲ・ギャツォ氏が2月末に亡くなったというニュースは先のブログでお知らせした。http://p.tl/akwA

今日また、その中の1人の僧侶が亡くなったというニュースが入った。

ジャミヤン・ジンパ(37)は4月3日、両親にみとられ静かに亡くなった。
外国メディアの前に出たグループの内、彼以外は全員逮捕を怖れその後すぐに山に逃げ逃亡生活に入った。1人僧院の自分の部屋に残っていた彼を逮捕するため、警官は部屋に押し入り、彼に激しい暴行を加えた。亡命政府のネットには「警官隊は部屋から引き出す前に、暴行により彼の手足を折った」とある。



ジャミヤン・ジンパが参加した2008年4月9日の訴え。

その後、拘置所で彼は激しい拷問を受け、死の一歩手前まで追いやられた。彼が拘置所内で死ぬのを避けるために10日後、警察は彼を両親の下に送り返した。

その時ジンパは既に虫の息で、視力はほとんど失われ、自分の家族を見分けることさえできなかったという。

そのときから年老いた両親は3年間、彼の回復を願いできる限りの治療を受けさせた。何時かまた自分の足で歩けるようになるよう身体を支え、あらゆる手を尽くした。しかし、その甲斐もなくジャミヤン・ジンパは4月3日、自宅で息を引き取った。彼のケースも拷問死である。

彼は1993年に一度インドに来てTCVスジャ・スクールで3年間学んでいる。
その後再び故郷に還り、仏教を勉強するためにラプラン・タシキル僧院に入った。僧院では英語が少しできるというので、僧院を訪問する外人のガイドもやっていたという。

ダラムサラでは今夕、彼を追悼するためのキャンドル・ライト・ビジルと集会が行われる。

参照:CTA Web News http://p.tl/irsB
The Tibet Post nlMxhttp://p.tl/nlMx
Phayul.com http://p.tl/_jGT

こういう状況に 
何も出来ない自分が日本にいる。

これを踏まえて 明日も渋谷でガンバロウ
明日は 2時と 7時だもんね~~~~